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コロナ渦不染日記 #15

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五月二十三日(土)

 ○朝から好天。ただ、空気は涼しく、やはり五月というには寒い。

 ○昼食を食べたあと、中国の映画『見えない目撃者』(2015)を見る。

 韓国の映画『ブラインド』(2014)のリメイクで、自分の過失で盲目となった元警察学校生と、ひょんなことから彼女を取り逃がした連続女子大生誘拐犯、そして誘拐事件の手がかりをえてしまった少年を描いて、「大切なものを失ってしまった過去とどう向きあうか」を描いたサスペンス映画。特に、「失明してからの三年間で、視覚に頼らず生活してきたことで、他の感覚が発達した主人公が、その感覚を生かして犯人に迫る一方、社会に存在する『盲人への障害』によって行動の制限を余儀なくされる」という設定は、まさに利と不利が拮抗しながらそれぞれ物語を進める原動力になっているという点で、文字どおりの「サスペンス=宙づり状態」である。だからこそ、ラストの展開に逆転のロジックがあり、解放のカタルシスがしっかりしたものになる。傑作。

 ○夜。ししジニーさん、ゆんぺすさんと『日本のいちばん長い日』を見る。

 ししジニーさん曰く、「前半は日本のお役所的な手続きの煩雑さがサスペンスとなり、後半は前半で伏線として潜んでいた青年将校のクーデターが宮城に迫り、あわや戦争継続かというサスペンスが続くも、結果的には『日本のお役所的な手続きの煩雑さ』によってクーデターが瓦解する」という構造が素晴らしい。

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五月二十四日(日)

 ○前職の夢を見る。

 ○いい天気なので、イナバさんを誘って、浅草へゆく。この災禍によって、緊急事態宣言が発出されてから、浅草にゆくのは初めてである。
 まず、驚いたのはその人出の多さ。もちろん、往事の押しあいへしあいにはほど遠いが、それでも、雷門の大提灯の前になん組もの人々が群れをなして、たち止まり、写真を撮っている。門をくぐると、仲見世通りは店のほとんどが閉まっているためにぐっと人影は減るが、浅草寺の境内に入れば、雷門以外の方向からやってきた人々の姿が眼に入る。天たかく昇った初夏の太陽に照らされて、人々の影はみじかく、額には汗がにじんでいる。

 ○参拝を終えて、雷門へと戻ろうとしたところ、自転車を押しながら現れた老人が、誰にともなく、しかし誰かには聞こえるだろう音量で、
「観光客がのこのこ出てきやがって。おまえらのせいで感染が収まらねえんだぞ」
 とおっしゃる。
 下品ラビット(繰り返すが、彼はぼくの同居者で、サークル運営の相棒である)が耳をぴくぴくさせ、
「そういうおじさんはなにしに出ていらしたんですかア?」
 と、老人に聞こえるだろう音量で言った。
 老人はこちらを見ようともせず、自転車を押したまま、そそくさと歩み去った。われわれもそそくさと歩み去った。

 ○雷門を抜けたところの「亀十」で、どら焼きと薄かりんとうを買う。


 ○浅草橋へと移動して、「たいこ茶屋」で昼食。新鮮なまぐろの食べ放題ランチで有名な店で、以前にもなん度か来たことがあるが、この災禍によって、緊急事態宣言が発出されてからは初めてである。

 まず驚いたのは客の少なさ。往事は、開店時の整理券配布が必要なほどであったが、いまはふらっと向かってふらっと入れてしまう。
 しかし、そのサービスや味がかわったわけではない。まぐろ尾肉煮定食が、ごはん味噌汁おかわり自由で一二〇〇円と、たいへんリーズナブルであるし、この尾肉煮が、しっかりと味がしみているのにけしてしょっぱすぎず、絶妙な塩梅であった。さらに、ごはんのおかわりをお願いすると、マスクをしていてもわかる、からっとした笑顔の店員さんが、
「このごはん、炊きたてですよ」
 とさし出してくれたごはんは、やわらかすぎず、こころもち固めだがパサつきすぎず、刺身や煮魚にちょうどいい炊きかげんである。刺身定食を食べていたイナバさんは、ネギトロとの相性がばつぐんと、舌鼓を打っていた。

 ○その後、買い物があるというイナバさんにつき合って、銀座へと移動する。この災禍によって、緊急事態宣言が発出されてから、銀座にゆくのは初めてである。
 まず、驚いたのはそのひと出の少なさ。発出前の半分以下になっている。加えて、週末は歩行者天国となっていた車道に、平日同様、車が走っている。店舗の八割以上が休業しているのだから、当然といえばいえようが、それらの日常を彩る「音」もまた、往事に比べて静かなのであるから、一種異様な雰囲気がある。
 必要な買い物をしたあと、資生堂パーラーがやっていたので、軽くお茶をする。店員さんの上品で細やかな物腰に感服する。


 ○その後、森の古本屋でボッカッチョ『デカメロン』ちくま文庫版の中巻、下巻を手に入れる。上巻はすでに持っており、しかし平川祐弘氏による河出文庫の新訳版で読みはじめているので、これは純粋なコレクションになる。


 ○帰宅して、テレビのニュースを見る。
 内閣は、かつて五月三十一日までの延長をして緊急事態宣言を、明日、諮問機関に諮問してもらったうえで、二十五日以降の解除前倒しを決めた。曰く、新規感染者数の減少傾向が解除基準に達したことと、病床の確保ができたため。
 しかし、これは、「事態を緊急と認定しなくてもよくなったことが確認できたので解除する」というより、「今月中に解除することに決めたのでそのように諮問してもらう」というように受けとられる。
 政府は、緊急事態宣言下での外出と営業の自粛要請に対する補償を完了しておらず、それすら遅れが指摘されている現状で、経済が逼迫していること、そして、もはや政府の自粛要請に従っていられなくなった人々がいることを、無視できなくなっているのであろう。政府の、緊急事態宣言解除の方針の中核に「新規感染者数の減少」が据えられる一方で、その周辺にあるべき「新規感染者数以外の具体的な論証」が、病床の確保以外明示されないが、その証拠ではないかと考える(この「病床の確保」も、総理会見ではむにゃむにゃとしか語られていなかった印象である)。
 願わくば、二次的な感染拡大が起きたときに、病床が確保されていることはもとより、医療従事者に心身ともに健康が回復しているよう。少なくとも、ここがしっかりと、安心できるかたちで(それこそ数字でもインタビューでも)示されていれば、もう少し安心もできようが。

 ○釈然としない気持ちでチャンネルを回すと、『チャーリーズ・エンジェル:フルスロットル』をやっていた。ぼんやり最後まで見てしまう。

 やはりこの映画は、底抜けの明るさと、「どんな苦境に遭っても、知恵と勇気と友情で立ちむかう人の輝き」を見せて、最高である。

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→「#16 この日」



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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