スリー・ニンジャズ・アンド・ベビー #3
ワット・イズ・ デッド・アイズ・ウォッチド
ズダダダダダ! ギョワギョワギョワ!
「コ・ロ・セ! コ・ロ・セ!」ボーカルのヘルボーイが朱塗り顔を突き出し叫ぶ!
「「「「コ・ロ・セ! コ・ロ・セ!」」」」ステージを覆うのパンクスどもがコール!
「ブッダの首を、賭けろ!」
「「「「賭けろ!」」」」
ギョワーン!
その時!
SPAAAAK! ステージサイドの巨大スピーカーが火花を散らす!
「「「「アンタイセイ!」」」」沸き立つファンたち!
「ヘッ、またやッてら」
ライブハウスの壁にもたれたイグナイトはせせら笑う。アンタイ・ブディズム・パンクバンド『シット&ドージ』のギグはいつもこうだ。珍事を装う演出。それでも彼女は何度かこのバンドを目にしている。それなりに人気があるのだ。
「こういうンなら大歓迎なんだがな」つぶやくイグナイトの目に暗い陰り。手にしたミタラシ・サワーの缶を握りつぶし、トイレに向かう。その懐でBEEP音。薄汚れたトイレに入った彼女は通話を開始する。
『ドーモ、こちら、ウサギチャン託児所ですけれども』
いらついた女の声に聞き覚えがある。託児所の女だ。
「あア、なに?」
『本日お預かりしたお子さんのことなんですけれども……』
キンキンした声を耳から遠ざけ、
「チッ……なンだよ?」イグナイトは聞き返す。
女は書類の赤子の名前欄が空白だと言った。イグナイトの唇が歪む。当たり前だ、彼女は赤子の名前を知らぬ。知らぬ以上は書きようがない。勝手に名前をつけるのは、そう、彼女の主義に反した。それを伝えようとしたが、女の剣幕にその気も失せた。
「そンなことか。アー、そっちで適当につけといて」
その一言に、女の声がヒートアップ。
「アー、アー、うるせェな。わかッたわかッた、今から行くよ」
そう言って逃げるように通信を切った。
「チッ……」
吐き捨て、薄汚れた鏡を見る……咎めるような眼差しと目があった。「なに見てンだよ」
◆ ◆ ◆
トコシマ地区、カミオンナ・ストリート。午後十一時。
立ち並ぶ商業ビルの一つから黒い影が舞い降りる。二十メートルを超える高さからの墜落死必至の落下は、しかしその中ほどで赤い炎の輪に吸い込まれる。間を置かず路上に出現した炎の輪から現れたのはイグナイト。
その眉が顰められる。といっても、彼女の額に眉はない。かわりにあるのはイバラめかせたタトゥー。禍々しい刺を閃かせた凶暴なタトゥーは、しかし同時に古城のスリーピング・ビューティを囚えるとともに守る故事めいて、どこか儚げなアトモスフィア。
「……なんだこりゃア」
彼女のニンジャ野伏力が瘴気じみたニンジャソウルを感知する。冷え冷えとした洞穴にどろりとわだかまる、貪婪バイオナメクジの集団めいて不快。
「おいでなすッたか……」
つぶやき、首に巻いたマフラーを引き上げ、鼻から下をメンポめいて覆うと、赤い瞳の奥の魂に点火。戦闘態勢。
駆け出すイグナイト。向かう商業ビルの防弾ガラスドアがひび割れている。内側からだ。
イグナイトは突進! ボウ! 赤い炎の輪が生まれ、次の瞬間、彼女はガラスドアの向こうに転移!
「うおッ!」
足元の死体につまずきそうになるのを回転ジャンプ回避! 両手をV字に振り上げ着地し、振り返る。
仰向けに倒れた死体は昼間出会ったビル守衛のもの。ショットガンを手にした遺体の後頭部が天井を向いている。
「ヘッ」マフラーメンポの奥で吐き捨て、階段を一段飛ばしで駆け上がる。止まることなく四階まで駆け上がったニンジャ脚力のスゴイさよ!
さらに! 彼女のニンジャ聴力は静まり返ったビル内に不快な哄笑を聞きつける!
防火シャッターの下りたテナントを左右に一つずつ通りぬけ、四〇三号室に到達!
「イヤーッ!」気合一閃、両足でドアを蹴りつける!
KRASH! 防弾蝶番が吹き飛び、ドアはイグナイトを載せてサーフボードめいて室内へ!
「ヘル‐オー!」
勇ましいアイサツ!
「イグナイトです! どこだ、ストーンコールド=サン!」
同時に油断なくカラテ警戒。乱暴なエントリーで自分の存在は察知されていると踏んで、先んじてアイサツを行いアンブッシュを封じるタクティクス……いや、偶然か。
しかし……、
「ホホ?」開かれたフスマの向こうから甲高い声。
続いて脂染みた長髪の頭がひょいとのぞいた。「ドーモ、ストーンコールドです」小さくオジギ。「お前」肩甲骨を越える長さの長髪の間から見える赤い唇が歪んだ。「また、私の、アカチャン、盗りにきた」憎々しげに言う。
「おう……いや、違ェな」
イグナイトは戦闘カラテを構え、挑発的な逆キツネサインを叩きつける!
「テメエを殺しに来たのよ! イヤーッ!」
ボウ! テレポート・ジツの名残、炎の輪が戦闘開始の合図!
フスマの目の前に現れたイグナイトが空中からかかと落しを放つ!
「ホホ!」
ストーンコールドはスウェーバックでこれをかわし、着地イグナイトに剛力前ケリ・キック!
顔面に迫る足の裏を、イグナイトは首だけ動かす最小限の動きで回避! さらに! 引き戻される前ケリを掴んでその場でジャンプ! ロデオライダーめいて足にまたがる!
「ホホ?」
態勢を崩した相手の腹部に強烈なダブル・ケリ・キック! SMAAASH!
「ホホグワーッ!」
蹴り飛ばされるストーンコールド!
逆方向に飛んだイグナイトは、空中で振り返り相手を改めて観察!「チッ!」
イグナイトのニンジャ視力は見た……吹き飛ばされるストーンコールドの足元、首を一八〇度回転させられ死んでいる男を。ストーンコールドの背後、ベビーベッドに覆いかぶさるようにして倒れている女性を。
二人とも、このイクサに身動き一つせぬ。死んでいるのだ。すると、最後の命も、もはや……。
「テメエ!」
イグナイトは歯を剥きだした凶暴な顔で着地!
「ホホ!」相手は死んだ女の喉首に巻きつけていた手を離し、ベビーベッドもろとも死体を蹴って衝撃を殺す!
これを見てイグナイトは両腕にカラテ集中、超常の炎を発生! 真紅の前髪までもが彼女の高ぶりを表して炎めいて揺らめく!
もはや容赦の必要なし! この託児所もろとも、奇怪ニンジャを燃やし尽くす決意!
……だが、その時!
「ホギャアー!」
響き渡る赤子の鳴き声! ベビーベッドの中からだ!
「アカチャン!」
ストーンコールドが振り返るその絶好の隙に、しかしイグナイトは必殺攻撃カトン・ファイア投擲の姿勢のまま佇む! その目はわめきながら女の死体と格闘するストーンコールドを凝視!
「アカチャン! アカチャン!」
なぜか……突然だが、みなさんはニンジャについてどの程度の事実をご存知か。神話伝説の半神めいたニンジャの正体は、いまだ解かれざる謎が多いが、それでもその力が常人の及ばぬものであることはご存知だろう。
だからこそ、イグナイトの驚愕をご理解いただけようか。
「ホホ! ホホ! アカチャン! アカチャン!」
ストーンコールドはわめきながら女の死体にかじりつく。両肩を掴み揺さぶると、
「ホギャー! ホギャー!」
赤子の泣き声に混じってボキボキと関節の破砕音が響く!
しかし、ストーンコールドがどんなに力を込めようと、女の死体はベビーベッドから離れない!
「離せ! 離せ! それは、私の、アカチャン!」
ストーンコールドは髪振り乱し、ブザマにわめきながら女の死体を打擲する!
女の死体は跳ねるが、ベビーベッドを掴んだ両手は死してなお離れない!
その事実がストーンコールドを刺激したか、
「アカチャン! ビエー!」
しまいには泣き出す!
まるでイクサのことなど眼中にないこの有り様に、イグナイトはようやく自分が無視されていることに気づいた。
「テメエ! イヤーッ!」ダッシュトビ・ケリ!
SMAAASH! ストーンコールドが女の死体とベビーベッドにヒット!
「グワーッ!」
KRAAASH! ベビーベッド破壊!
「ホギャー!」破損ベビーベッドから赤子がポップ! カラフルなスポンジ製モザイク床に転がる!
「アカチャン!」ストーンコールドが抱き上げようと屈みこむが!
「無視すンなし!」イグナイトが臀部にケリ!
「グワーッ!」ブザマに倒れこむストーンコールド!
その側で女の死体が仰向けになり……その顔がイグナイトの目に飛び込む。
その時だ!
「「ウオーッ!」」
響くカラテシャウト二重奏!
そしてKRAAAAASH! 建造物破壊鉄球めいた塊が、『ウサギチャン託児所』の街路に面した壁面を破壊し、室内へエントリー!
さらに! 巨大な塊は大、中、二つにパーツに分離! 鮮やかな着地をきめる!
一体何? それはニンジャ!
「ドーモ、タイラントです!」巨大なニンジャがアイサツ!
「ドーモ、リヴィングディスパイアです!」長身痩躯のニンジャがアイサツ!
闖入二者に向き直るストーンコールドとイグナイト。
「ドーモ、ストーンコールドです」
「ドーモ、イグナイトです。……なンだテメェら」
「見つけたぞ、イグナイト=サン!」長身痩躯のリヴィングディスパイアが前腕に置換されたサイバネブレードをイグナイトに突きつける。
「我が息子、コンプソグナトゥスの仇敵!」スモトリめいた異常発達両足とサイバネ尾で床を踏みしめてタイラントが叫ぶ! サベージ・カラテ!
「コン……なンだッて?」
イグナイトのきょとんとした表情に、
「忘れたとは言わさぬぞ! イヤーッ!」
リヴィングディスパイアは激昂! ダッキング接近! 振動する剣呑サイバネブレードが横薙ぎ斬撃!
「ウオッ!」
イグナイトはこれをブリッジ回避! 若く精悍なバイオシカめいた足が一四〇度開脚!
ぶつかり合うブレードとケリ・キック!
「チイーッ!」
素早く飛び離れたのはイグナイト! 鮮やかな側転で距離を取ろうとする! 見よ、その足先、ケリを繰り出したワイルドなブーツの先が切り落とされ、真紅のペディキュアが施された五指がむき出しだ!
「俺の振動ブレードにケリで敵うと思うてか!」勝ち誇るリヴィングディスパイア!
さらに!
「ウオーッ!」タイラントがドスドスと両足を踏み鳴らし、サイバネ尾でバランスを取って突進! 異常収縮した両腕の上、突き出す爬虫類じみたメンポがバカリと開く! ダガーめいた振動ブレード牙がウォンと鳴り、側転中のイグナイトに迫る! アブナイ!
「喰らえ! イヤーッ!」
「イヤーッ!」
ボウ! 炎の輪が生じ、イグナイトの姿が消える! 空を噛む振動ブレード!
「どこだ!」叫びながらタイラントは託児所の壁に突進! 巨体は急には止まれぬのだ! BOOOM! 壁にめり込むニンジャ頭突き!
「父者、外だ!」
リヴィングディスパイアは目ざとくイグナイトを発見! 彼女は……窓の外にいる!
KRAAASH! かろうじて残る『ウサギチヤン』の七色カワイイポップゴシック体を窓ガラスごと突き破り、イグナイトの再エントリー!
「イヤーッ!」
待ち構えるリヴィングディスパイアが振動ブレード斬撃!
しかし! ボウ! イグナイトの痩身は再び炎の輪に消える!
そして出現したのは……壁際! タイラントの真上!
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
ストンピングがタイラントの巨大臀部にヒット! さらに!
「イヤーッ!」敵を踏み台に跳躍したイグナイトは鮮やかな連続回転ジャンプのち着地! 肩幅に開いた両足の間に赤子!「ホギャー!」
「アカチャン!」復帰したストーンコールドが鳴き声めがけ両腕を伸ばす!
「イヤーッ!」イグナイトはダンスステップめいたムーヴ! 白い腕をストンピング迎撃!
「アカチャン!」ストーンコールドの十指がいったん引き戻され、再び伸びた時にはレザーめいた鉤爪が閃く!
だが! 見よ!
「イヤーッ!」イグナイトは襲い来る両腕をワイルドなブーツで正確に踏み止める! タツジン! さらに!
「うッとおしいンだ!」
両手を左右に開き、右掌にようやく壁から頭を引き抜いたタイラント、左掌にテクトニックめいたムーヴで振動ブレードを振り迫るリヴィングディスパイアを捉え!
「ィィィィィイィ……」
赤い頭髪が火炎めいて揺らぎ!
「ヤアァァァァ……」
周囲が陽炎めいて霞む!
ボボウ! 両腕に再び火球発生! ……そして!
「アアアアアアアーッ!」
BBLLAAMM! 二発同時発射!
「ウオーッ!」迫る火球に振動ブレードを振るリヴィングディスパイア!
「ウオーッ!」迫る火球にその場で背を見せるタイラント!
「アカチャン!」喚くストーンコールド!
「死ね!」叫ぶイグナイト!
KRA‐TOOOOOMM‼
◆ ◆ ◆
……火災報知機がけたたましい警告音を発する。
タノシイを強調する壁紙が剥がれたそばから燃え落ちる。ナーサリーモビールは燃えながら回る。
しかし、今の『ウサギチャン託児所』にそれを気にするものはいない。
驚愕に目を見開いたジン・フォトダの死体はただ、ぼんやりと背後の天井を見上げていた。
全身を死後に砕かれたヤツハシ・ミゴワの亡骸は……それら夢の潰える瞬間を、穏やかな笑顔で眺めていた。愛子を優しく包み込むボディサットヴァの笑顔。
彼女の目が、死に臨んででなにを見たか。それを知るものは誰もいない……彼女の生前を知る、二人のニンジャを除いて。
やがてガスコンロが誘爆、すべては炎に包まれた。
◆ ◆ ◆
『それで、どうしたんだ』
((託児所探しを思いついた……僕達には面倒見きれないから))
『違いない……まして相手がイグナイト=サンではな』
((まったくだ))
『それで、見つかったんだな』
((うん。しかもキョート出身の女性。それで彼女を送り出した。僕はここを離れるわけにいかないから))
相手のテレパスに変化が生じる。いたたまれなさ、居心地の悪さ、そういった感情が、事態をおかしむ余裕を塗りつぶしていく。きっとそれは自分も同じだ。どうしても考えてしまう……自分たちの境遇を。
『そうだな、それが最善だ』
((うん))
『師父の後ろ盾があるとはいえ、油断はできない』
再び相手のテレパスに変化が生じる。静寂を、暖かい沈黙を求める気持ちが混じる。
((……そろそろ、イグナイト=サンが帰ってくるかもしれない))
彼はそう切り出した。
『そうだな……なにか、俺にできることがあれば知らせてくれ』
((ありがとう。それじゃ、また))
『ああ。また』……。
…………。
……。
……アンバサダーは静寂に帰還した。
ボンボリライトが奥ゆかしく灯るドージョー。シシマイ型UNIXも、トリイも、『不如帰』のショドーも、黙して語らぬ。
……ふと、彼は孤独を感じた。兄との断絶。あの騒がしい赤子と、赤子のように騒がしい仲間の不在。
彼は、せわしない前夜の記憶をたどる。
前夜。
泣きわめく赤子に合成ミルクをやりながら、アンバサダーはキッチンで思いついた案を早速検索にかけた。ベビーシッター。保育施設。孤児院。そういうキーワードを検索し、経験的にも実際的にも、子供を育てることのできない自分たちに代わり、赤子の面倒をみてくれるアテを探したのだ。
……なぜここまでするのか? アンバサダーは自問した。イグナイトも、哺乳瓶の中身を一心不乱に嚥下する赤子を足でつつきながら、こちらは声に出して尋ねた。
「我らではどうにもならぬからな」
アンバサダーはそう答えたが、それだけが答えでないことは知っていた。
だが……ではなんだというのだろうか。幼くして両親を亡くし、兄と二人、暗黒ニンジャ組織『ザイバツ・シャドーギルド』に身を寄せた己の境遇を重ねたか。ニンジャでなくば、キョートのいずこかで餓死していたかもしれない兄弟を想起してか。
ニンジャがモータルなぞに同情した、とでも?
……UNIXのキーボードをタイプしながら、彼はとりとめのない思考を繰り返した。
やがて候補が絞り込めた。トコシマ地区カミオンナ・ストリートの一角の託児施設。キョートはアッパーガイオン出身の女が経営している、という点がアンバサダーを惹きつけた。キョート生まれキョート育ちのアンバサダーには、ネオサイタマの猥雑さは信用ならないものだった。
その女に数日預け、その間にイグナイトの持ち込んだ面倒事……ストーンコールドなる野良ニンジャを倒す。同時に、赤子の未来を託せる施設も探す。この計画に、イグナイトもおざなりに同意した。すると、時間はあまりない。彼はこの面倒事を組織には報告しないと決めた。ならば、通常任務に支障を来さないようASAPに処理しなければならない。
それからの動きはこうだ……上司にしてニンジャの師であるイグゾーションに、秘匿回線を通じて非公式の許可を取り付けた後、託児所にメッセージ。そして客間にイグナイトを泊まらせた。帰りたいとわめくのを、面倒事を持ち込んだ事実と、赤子から離れると敵と遭遇しづらいだろうという推測を用いてなんとか説得。
しかし、結果は散々、彼は一睡もできず朝を迎えた……午前四時の寝入りばなに響き渡る赤子の喧しい泣き声。不満を爆発させるイグナイトの罵声。またも空腹を訴えてのことかと作ったミルクは無駄になった。紙オムツを換え、排泄物に汚れた尻を拭った時のなんともいえないニオイが鼻に残る。
朝を迎えれば、ネオサイタマ常駐戦力との情報交換、作戦会議などの通常任務が待っていた。彼はその特異なジツのために、組織内で一定の地位を与えられている。当然、その地位に相応の業務もある。
しかし、実際には彼を監視する意味合いのほうが強い。彼と、彼の兄のジツはムーホンの武器ともなるからだ。それはなにか……読者にお教えしよう。アンバサダー、そして彼の双子の兄・ディプロマットは、超常の双方向転移空間ゲートを発生せしめる、特殊なジツを持っているのだ。
キョートに身を置く兄と、密かにネオサイタマに潜伏していた彼が同時にゲートを開き、時空を超越し兵隊を送るポータルとなる。このジツなくして、先の電撃侵攻作戦はありえなかった。
だからこそ、彼らの存在は危険視される。彼らが敵対勢力……かつてはソウカイ・シンジケート、そして今は新興のアマクダリ・セクトに察知されれば、逆の電撃侵攻が起こりうる。
さらに……ザイバツ・シャドーギルドも一枚岩ではない。首魁ロード・オブ・ザイバツの絶対支配の下、厳格な位階制とタテワリ規律で、キョート城のごとく鉄壁強固な組織と見えるザイバツ・シャドーギルドは、その内情は虚々実々の権謀術数渦巻く万魔殿でもある。特にグランドマスターと呼ばれる支配階級の暗闘は名状しがたい禍々しさ。
彼の師にして後見人である、グランドマスター・イグゾーションへの報告を秘匿回線としたのもそのためだ。兄弟には、複数の組織内派閥からの非公式な監視が付いている。そして、その目をくらます工作は彼の手には余る。イグゾーションは政治力の高いニンジャであるから、その部下であるアンバサダーが足をすくわれることも避けねばならない。
そのイグゾーションの工作が動き出したことは、先の兄・ディプロマットとのテレパス通信で報された。『俺にできることがあれば知らせてくれ』と言ってくれた兄の気持ちがありがたい。骨肉相食むコブラ穴めいたザイバツ社会で、アンバサダーが唯一心を許せるのは、この兄だけだ。
彼らのジツは、ポータル・ジツだけではない。いかなる運命の三女神のいたずらか、兄弟は物質のみならず、その精神を時空を超越し送り合うことができる。これは師イグゾーションすら知らぬ秘密……万魔殿ザイバツの恐怖を知る彼らがなぜそんな隠匿行為に及んでいるか、これは今語るべきではない。
ともかく……夜。
満足とは言えない睡眠をとったのち、残りの仕事を片付け、再びの兄とのテレパス連絡に及んだアンバサダーは、こうしてつかの間の静寂に身を置く。
……彼は立ち上がった。キッチンでチャを淹れる。ドージョーに戻り、作法に則り奥ゆかしく一服。常ならぬ濃さに顔をしかめた。
と……その時!
「ホギャー!」
「シット! シット! ブッダシット!」
鳴き声と罵声!
「オイ、アンバサダー=サン! どうにかしろ!」
玄関から響く声に、アンバサダーの目が見開かれる。立ち上がる彼は、その足が江戸時代のアンティーク高級チャ・カップを蹴飛ばしたことに気づきもせぬ。
慌てて廊下に出たアンバサダーは見た! ズダボロ耐酸性コート姿のイグナイトを! そして彼女の腕に抱かれ、垂れた赤い前髪を握りしめて泣く赤子を!
「それは……」
「とにかく! どうにか! しろ!」イグナイトが吠える!
「ホギャー!」赤子が再び絶叫!
……アンバサダーはため息を吐いた。安堵のため息を。
(#4につづく)
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"Ninjaslayer"
Written by Bradley Bond & Philip "Ninj@" Mozez
Translated by 本兌有 & 杉ライカ
Twitter:@NJSLYR
日本語版公式URL:https://diehardtales.com/m/m03ec1ae13650
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いただきましたサポートは、サークル活動の資金にさせていただきます。