スリー・ニンジャズ・アンド・ベビー #6-1
スリー・ニンジャズ・アンド・ベビー
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
リヴィングディスパイア連続斬撃! 両腕の振動ブレードはさながらサミダレ・レインめいて付け入る隙なし!
しかし!
「フーンク! フーンク! フーンク!」
インペイルメント見事! 機動性で劣るザオ・ケンをニンジャ膂力で制御し、連続斬撃を完全防御! タツジン!
さらに!
「イヤーッ! いい加減死ね! イヤーッ!」
リヴィングディスパイアの頭上に、炎の輪が花火めいて点火! 怒りの炎が舞い降りる! マッポーの世を燃やし尽くす破壊天使のカトン・パンチが頭頂を襲う!
「イヤーッ!」リヴィングディスパイアはこれをバックフリップ回避! さらに連続バックフリップして距離をとった!
「チョコマカと!」イグナイト憤怒!
リヴィングディスパイアのヒット&アウェイ攻撃は実際難物。彼女とインペイルメント、軽重二者の攻撃の前に攻守を素早く切り替え対応するワザマエだ。その証拠に、致命傷こそ負わないまでも、イグナイトの装束はところどころ切り裂かれ、出血も見られる。
「貴様こそいい加減に覚悟を決めたらどうだ?」リヴィングディスパイアが爬虫類めいたメンポの奥でうそぶく。
「アァ? なンの覚悟だ⁉」
「我が弟の死を償う覚悟よ! イヤーッ!」
リヴィングディスパイアがその場でテクトニックめいたムーヴ! 彼我の距離はタタミ五枚ほど……だが、見よ! SHULALALALALALALA! リヴィングディスパイアの両腕から振動ブレード分離! 肘から鎖が展開し、二丁ヌンチャクめいてうち振るわれる!
「イヤーッ! イヤーッ!」
これぞサベージ・カラテの奥義、ヘルスラッシュ! タツマキめいた猛攻がイグナイトを襲う! 咄嗟のテレポートも間に合わぬ!
「グワーッ!」
「フーンク!」
目の前に出現した炎の輪から、ダメージイグナイトが飛び出るのへ手を伸ばすインペイルメント! ガントレット腕で受け止め抱きとめる!
そこへ襲いかかるヘルスラッシュ! SHULALALALALALALALA! インペイルメントの重装騎士アーマーを削る!
「フーンク! フーンク!」
その時だ!
「サヨナラ!」
ネオサイタマの曇天に響く末期の声! 中庭の方からだ!
リヴィングディスパイアが連続斬撃ヘルスラッシュの合間に目をやれば、彼らがイクサを繰り広げるアナマズマ総合病院屋上の縁に、美々しいトーガをまとったニンジャのエントリー! 尊大なアトモスフィア! プリンセプス!
「残るは貴様のみぞ、下郎ヌケニン」プリンセプスは抱えていたものを無造作に放る。「サベージ・カラテ、口ほどにもなし!」
リヴィングディスパイアはこれを視認、攻撃の手を止めざるを得ぬ!
何故か? 卓越したニンジャ視力をお持ちの読者は即座に気が付かれたことであろう!
「アアアアアアアーッ!」
リヴィングディスパイアは絶叫! 飛来した、父、タイラントの首を受け取りに走る!
そこへ!
「フーンク!」
大業物ザオ・ケンの横薙ぎ斬撃! 必殺の刃紋が迫るのを目にしたリヴィングディスパイアの脳内にニンジャアドレナリン噴出! イクサ現場がスローモーションめいて鈍化!
……あの日。
違法運送業を営むリクド一家を襲った悲劇は、彼らが請け負った新型ナイトロ燃料の振動爆発であった。
オムラ・インダストリの兵器開発部門が発注した新型ナイトロは、開発業者の杜撰な管理体制により、輸送梱包安全基準が規定より一レベル低く設定されていたのである。
結果、ドン・リクドと二人の息子、ゴン・リクド、ボン・リクドはキョート‐ネオサイタマ輸送路の半ばで、車両上部機銃座が撃ち漏らした暴走殺戮水牛の突進を受け、違法トレーラーもろとも爆死……するはずであった。
しかしいかなる運命の三女神のきまぐれか、彼らはニンジャとして甦った!
彼らに揃って憑依したのは、平安時代のフジサン密林地帯を縄張りとした、恐るべきキョウリュウ・ニンジャクランのニンジャソウルであった。彼らは融け合うソウルがもたらすサベージ・カラテを駆使し、バイオ水牛やバイオスズメを殺戮、その血肉を喰らってネオサイタマに帰還した。
ナイトロ業者を無残に殺してのけた三人は、すぐさま暗黒非合法組織ソウカイ・シンジケートの知る所となり、三位一体のサベージ・カラテで首魁ラオモト・カンに仕えた。サイバネ義肢によりさらなるカラテを開花させた三人は、恐るべきニンジャハンターの二丁拳銃を退けるるほどの強さを見せつけた。
しかしそのソウカイヤが、ネオサイタマ炎上とともに崩壊したあの夜、彼らがトコロザワ・ピラーを去ったのは、強固な家族意識によるものであった。マッポーの世に似つかわしくないその結ぼれを、ソウカイ・シックスゲイツは惰弱と嘲ったが、三人はそれこそ自分たちのカラテの強さの理由と知っていた。
その結ぼれも、もはや近未来都市の暗黒勢力趨勢の前に、重金属酸性雨水たまりのカエルめいて死に絶えた。弟が死に、父が死んだ今、残るリクド一家は、あの日機銃座を受け持ったゴン・リクドのみ。
生き延びてなんとする……一瞬の迷いが、リヴィングディスパイアの判断を鈍らせた。
クズユプールを泳ぐバイオエイめいて迫る、大業物の刃文に、片足を乗せるリヴィングディスパイア。高速エスカレーター搭乗の際の身体制御めいて、後方に流れるザオ・ケンの刀身にタツジン級ヘイキンテキを保つ彼は、しかし、敵の懐に抱かれた、憎むべき弟のカタキを、一瞬、忘れた。
彼は飛来する父の生首に手を伸ばした。サイバネ腕の鎖巻取りリールが逆回転、サイバネブレードを引き戻す。一秒の256分割された一刹那、リヴィングディスパイアのニューロンが一瞬きするその間に……タイラント生首の背後に、ぽつり、赤い蕾が現れた。
蕾はゆっくりと花開く。環境映像撮影写真の早回しめいて視界に閃く真紅は、めくれ上がるそばから燃え落ちる炎の花。四方八方に花弁を広げる大輪の花だ。
そして、その奥から現れたのは……バラの花芯。
真紅の頭髪をなびかせた炎の花芯だ。
『地獄お』とプリントされたマフラーがメンポめいて覆う鼻の上、バラめかせたタトゥーの下、怒りに燃える真紅の瞳が発光! 超自然の熱波にゆらめく頭髪の側、火花を散らす拳が突き出され……ゆっくりと、もどかしいほどゆっくりと、父タイラントの生首に触れる。頭髪が、鱗肌が、瞳が、メンポの紐が延焼破壊!
瞠目するリヴィングディスパイアの両目、そこに映るのは消し炭と化した父の生首、そしてそれを突き破りいよいよ花開く炎のバラ!
彼は引き戻した両手を持ち上げようとするが、ニューロンの閃きと同速度まで加速された認識と、現実の肉体の駆動にはいかんともしがたい遅延齟齬!
「死ね」
炎のバラ……イグナイトがつぶやき、リヴィングディスパイアの認識が現実の時間に引き戻される。
瞬間! その顔面にイグナイトのカトン・パンチがクリーンヒット! 両腕防御は間に合わず、ワイヤーアクションめいて吹き飛ばされるリヴィングディスパイアは……
「サヨナラ!」空中爆発四散!
カトン・パンチを振りぬく勢いで空中回転したイグナイトは、アナマズマ総合病院屋上に着地、ザンシンを決める。彼女の瞳に映るのは、敵を倒してなお、超常の炎を宿す己の右拳のみ。
「ケッ……」左手でマフラーメンポを引き下げ、唾を吐いた。
「お見事、イグナイト=サン!」尊大なアトモスフィアで恐るべき古代ローマカラテ使いが賛辞を送る。
「フーンク!」中世重装騎士は大業物を背に収める。
この一帯のニンジャソウルは彼らを残すのみ。……つまり、イグナイトの求める敵はここにはいない。
「チッ、無駄足かよ」
イグナイトは懐に手をやる。……取り出したのはピルケース。違法薬物ZBRタブレットをザラザラと下に乗せ、バリバリと噛み砕く。
「ンーフ」満足気に鼻で呼吸。
それからIRC通信機を取り出した。
コール音に耳を預けるイグナイトに、
「では、我らは帰還する」プリンセプスが尊大に告げた。「我が古代ローマカラテにとって、肩慣らしにもならぬ相手であったが、インペイルメント=サンはいかがだ?」
「フーンク」
「それは重畳」
シッシと手を振るイグナイトを残し、彼らは去った。
BEEP……BEEP……コール音が続く。
「チッ、出ろよ」忌々しげに吐き捨てるイグナイトの足は、イライラとその場でストンピング。消し炭と化したタイラント生首と、サイバネメンポを踏みしだく……と、相手が出た。
「おう……そっちはどうだッたよ?」
◆ ◆ ◆
駆ける……駆ける……バンブー林を駆ける。
「ホギャー! ホギャー!」
腕に抱いた愛しい我が子が泣きわめく。
恐れることはない、そう言い聞かせる。
しかし、うまく言葉にならない。
「ホホ」
甲高い笑い声が口をつく。あの夜からだ。自分の口は不自由になってしまった。
「ホホ! ホホホ!」
不自由な口からほとばしる笑い声。
「アカチャン! アカチャン!」
胸いっぱいに赤子のにおいを吸い込むと、愛おしさがこみ上げる。ずっとこのにおいを求めてきた。一瞬たりとも忘れたことのない、このにおい。
もう放しはしない。しっかりこの腕に抱いていよう。一つしかない腕でもお前を抱くことはできる。だから泣き止んでおくれ。
でないと……。
頭を振る。脂まみれの蓬髪が頬を叩き、思わず涙が流れた。
……あの日。
子の容態が急変したと知らせを受け、息せき切って辿り着いた病院のロビーに担当医が現れた。原因不明。それだけ告げた医者に、クレジット素子を握らせた。金ならいくらでも出します。どうかあの子を助けて下さい。
そしてステンドグラスのジーザスと、病室のブッダに祈った。二人一緒に祈った。
夜が明け、昼が過ぎた。暮れなずむ曇天から雪が降りだす……呪われた重金属の雪。暗い空に雷鳴が轟き、いつしか時刻はウシミツ・アワー。
ブッダよ守り給え。ボディサットヴァよ生かし給え。我が子を。二人の愛しいアカチャンを!
……だが、その祈りは聞き届けられなかった。
その時は。
医者が告げる残酷な言葉を、耳が拒否した。心が拒否した。医者はクレジット返却を拒否した。
……二人は運命を、このマッポーの世を拒否した。憎んだ。恨んだ。呪った。……怒った。
しかし、それだけだった。
夫は愛し子のために大切な商談を蹴り、職を失った。妻は喪失に痩せ細った。
「アカチャン……アカチャン……」
病室に溢れかえった花々が枯れて散った日、二人はアナマズマ総合病院を跡にした。行く先は決まっていた。解約したハイライズ・マンションの一室ではない。
愛し子のいるところ。
ブッダの見下ろす園、ボディサットヴァの花の上……アノヨへ。
だが……気が付くと彼は病院の一室にいた。ベッドに眠る妻、腕には愛し子。あの破滅の夜が来る前、商談に向かう前、三人で写真を撮った朝に戻っていた。妻は柔和な笑みを浮かべていた。彼は愛し子をその腕に抱かせた。妻は柔和な笑みを浮かべていた。愛し子は泣きわめいた。泣き止まなかった。
そして……気が付くと彼は病院の一室にいた。ベッドに眠る妻、腕には愛し子。あの破滅の夜が来る前、商談に向かう前、三人で写真を撮った朝に戻っていた。妻は柔和な笑みを浮かべていた。彼は愛し子をその腕に抱かせた。妻は柔和な笑みを浮かべていた。愛し子は泣きわめいた。泣き止まなかった。
そして……気が付くと彼は新生児室にいた。ベビーベッドには妻、腕には愛し子。あの破滅の夜が来る前、商談に向かう前、三人で写真を撮った朝に戻っていた。妻は柔和な笑みを浮かべていた。彼は愛し子をその腕に抱かせた。妻は柔和な笑みを浮かべていた。愛し子は泣きわめいた。泣き止まなかった。
そして……彼は病院の新生児室に戻った。何度も、何度も。妻の柔和な笑みは次第に枯れていった。愛し子はいつも泣き止まなかった。そのことに気づく度、運命の日の朝は繰り返され、足元に白い花びらだけが増えていった。
花びらは枯れては増え、増えては枯れた。
病院がまともに機能していないこと、そこがどこなのか、自分がなにをしているのか、いつも愛し子が泣き止まないのはなぜなのか……わからなかった。
なにもかもが彼のニューロンを素通りしていった。
泣き止まぬ愛し子をくびり殺したことも、また攫ってきたことも、それらを繰り返すことも……。
「ホホ! ホホホ! ホホホホホ!」
バンブー林を駆ける哄笑は彼の喉より迸る。悦びも悲しみも怒りも、愛すらも、全てが哄笑になる。
哄笑にしかならぬ。
「ホホホホホホホホホホホ!」
終わることのない狂気の安寧に身を任せ、自身の狂気を決定づけた悲劇を他人の身に繰り返す……彼は、ニンジャであった。
「ホホホホホ! ホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ! ホホホホホホ! ホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ! アカチャン!」
◆ ◆ ◆
どれほどの時が経ったか……アンバサダーは足音に顔を上げた。それまで、接近には気づいていたが、どうすればいいのか判らず、うつむいていたのだった。
背後でフェイタルがため息を吐くのが聞こえ、顔を上げたところで、したたかに蹴り飛ばされた。
起き上がろうとした。しかし、それより早く、胸ぐらを掴んだ腕に、上半身が釣り上げられた。
ひざまずくような姿勢で見上げた彼を、太陽フレアのごとき二つの炎が睨んだ。
「オイ」二つの炎は火花を散らしながら問うた。「テメエ、なにしてやがる」
「……」
アンバサダーは答えられなかった。自分が恥ずかしかった。大切なものを奪われて、それを取り返せる力があるにも関わらず、どうしていいかわからない。自分は独りではなにもできない……無力感に膝を屈し、混乱に甘えていたところを、いちばん見られたくない相手に見られてしまった。いや、それも心のどこかで期待していた。甘えている。それがまた恥ずかしい。
「なにしてやがるッて聞いてンだ!」
炎が火花を散らす。真紅の頭髪が、訪れた夜の闇に激しい怒りに揺らめいた。
その濡れた瞳を見ていられず、アンバサダーは目をそらした。
「……奪われた……」
「だから⁉」
火花が彼の顔を打った。
「……」
彼は顔を打つ火花のぬくもりに悄然となった。
「だから! 黙ッて! 座ッてやがッたッてのか‼」
次に、アンバサダーの顔を打ったのは、涙でなく拳であった。彼はブザマに倒れこんだ。
「立て」涙の主が言った。「グズグズしてる暇があッたら立ちやがれ!」
彼は手を突き、ゆっくりと立ち上がった。
「行くぞ」
「どこへ」
「決まッてンだろ」イグナイトは背を向けた。
バンブー林に消える二者をフェイタルは見送り、それから立ち上がった。
ヤクザリムジン爆発の際、赤子をかばって負った足の傷は止血済み。動けない状態ではない。
しかし、赤子を奪われたことで自信喪失したアンバサダーを放ってはおけなかった。
そして……この件は彼女のビズではない。二人の、イグナイトとアンバサダーの問題だ。
赤子を見捨てるならばそれもよし。ストーンコールドを追うならば、二人が二人の理由で追うことだ。ニンジャにはその力がある。それを正当化する欲と、それを肯定する意志なくば、ニンジャではない。
◆ ◆ ◆
ストーンコールドの視界をうめつくすバンブー林が途切れる。
夜闇に現れたのは峨々たる尖塔を有した重厚なゴシック様式のテンプル。『マンナカ・テンプル』、ネオサイタマ北部に位置する、江戸時代から存在する由緒正しいテンプルである。
「ホギャー!」赤子が泣きわめく!
テンプル外周の、刑務所じみた壁の上を歩哨するバトルボンズがその声を聞きつけた。
「脱走か⁉」
建物を振り返った彼の後頭部に、
「ホホイヤーッ!」
甲高い哄笑とともにワイヤーアクションめいて飛び上がったストーンコールドがトビ・ゲリ! バトルボンズはサスマタを構える暇もなく即死!
歩哨のバイタルサイン消失をモニタした防御システムが起動! ブガー! ブガー! 鳴り響くアラート音! テンプル尖塔のカンジサーチライトが光条を発し、自動ミニガン出現! 非人道的教育機関にして人身売買組織であるマンナカ・テンプル孤児院には、当然のごとく非合法防備が施されている!
カンジサーチライトが中庭を走るストーンコールドを捕捉しB‐RATATATATATATATA! 重金属高速弾一斉射撃! カンジ光と着弾土煙が疾走するストーンコールドに近づく!
「ホホホホホホホホホホホホホホホホ!」
ストーンコールドは速度を上げる! 迫る土埃を従えながら建物を迂回、正面入口へ向かう!
「ホホイヤーッ!」
KRAAAAAASH! ステンドグラスを貫き、ユーレイじみた姿が大聖堂へエントリー!
「「「「何事!」」」」
手に手にサスマタやサブマシンガンを構えたバトルボンズが大聖堂左右の扉から現れるが……
「「「「ニンジャ⁉ ニンジャナンデ⁉」」」」
卒倒! ニンジャリアリティ・ショック!
「ホギャー!」
泣きわめく赤子をストーンコールドが投げ上げ、
「ホホイヤーッ!」
……再び抱きとめた時には、四人のバトルボンズは喉から鮮血を吹き上げ死亡!
左右に切り裂かれたニンジャ装束の下、痩せた胸に泣きやまぬ赤子を抱き、ストーンコールドは大聖堂最奥に座す黄金ブッダ像を見上げる。
おお! 読者よ御覧なさい! その光景は実際ブッダ聖書に描かれる聖母マーヤーと幼きブッダの姿に酷似! ブッダ学に詳しい方がおられれば、この偶然の一致に驚嘆隠し得ぬはずである!
ただ……聖母が血まみれの悪鬼であり、その胸は明らかに男のものであり……無垢なるとはいえ、幼子がただの赤子であることを除いては!
「ホギャー! ホギャー!」
赤子の泣き声が響く大聖堂に、ストーンコールドは立ち尽くす……彼の狂った精神は赤子の泣き声に困惑する。
「ホギャー!」
なぜ泣く。なぜ泣き止まない。
父と母がここにいる。ブッダもだ。泣く必要などない。マッポーの世は終わった。ここには平穏があるではないか。
「ホギャー!」
「アカチャン」彼は赤子に笑いかけた。「泣かないで、私の、アカチャン」
狂った精神が無意識に妻の口調を真似る。
「ホギャー!」
しかし赤子は泣き止まず、小さな手を振り回しむずがるのみ。
「カワイイな、アカチャン」顔を寄せ、愛し子の頬を濡らす涙を舌で拭おうとするストーンコールド。
だが……その時!
「ホギャー!」
SMASH!
赤子の両手がストーンコールドの顔を打った!
右手が頬を!
左手が鼻を!
原始的本能に根ざす恐怖と、それを与えるものへの動物的怒りが小さな手を動かしたのか? それとも、芽生えた理性が敵を認識したか? 神ならぬ身には定かでない。しかし、その小さな体に発しうる力の限りを込めたであろうこと明白な……それは、拒絶の一撃!
ストーンコールドは刮目した。「アカチャン……!」
同時に、狂った精神の奥底から、彼の正気が静かに鎌首をもたげる……だが、その正気は悲しみと怒りに満ちている!
理不尽な世界、我が子と、妻と、彼自身を無慈悲に押しつぶした現実への怒り! 彼の望みのすべてを拒絶する世界に対する……身勝手な怒り!
「……死ね」低い声がその唇から漏れた。
「……」赤子が黙り込んだ。
「死ね」ストーンコールドがつぶやいた。
赤子が彼を見上げた。
二人の目が合った。
狂気の曇りなき、怒りと悲しみに満ちたニンジャの瞳と……向けられた怒りと悲しみの理不尽に恐怖しながらも、退くことが出来ぬと知り、真っ向からそれを受け止める決断的な瞳が!
「死ね、アカチャン、死ね」
赤子の体が放られた。最新モードの高級ベビー服に包まれた幼い体が、黄金ブッダ像の顔の高さまで上昇した。ブッダはアグラし瞑目するのみ。赤子を見ようともせぬ。 おお、おお、ブッダよ目覚めたまえ! 今こそマッポーの世に散るさだめの命を救うときではないか⁉
だが! 赤子の体が上昇の頂点に達しても、黄金ブッダ像の重きまぶたは閉じられたまま! 赤子の体が落下を始めても……その下から掬い上げるように白いヘビめく右腕が迫っても……その先端に、再び血まみれのレザー鉤爪が閃いても……ブッダ目覚める時は、未だ至らぬというのか!
「ホギャー!」赤子が泣き出す!
迫る鉤爪! 彼我の距離、タタミにして約三枚!
「死ね」ストーンコールドがつぶやく。
迫る赤子! 彼我の距離、タタミにして約二枚!
彼我の距離がタタミ一枚に迫った……、
その時!
「「イヤーッ!」」
ボウ! 赤子とレザー鉤爪の間に出現する炎の輪!
そこから出現したシルエットが上下に手をのばす!
オレンジのマニキュアが塗られた手が、落下途中で赤子をキャッチ!
同時に、もう一対の両手が、迫るストーンコールドの右腕に向けられ……両者の中間に虚無の渦巻きが瞬間出現!
「ホホイヤーッ?」
ストーンコールドのニンジャ感知力が危険を感知! 右腕を引き戻す!
その隙にアンブッシュシルエットが上下に分割!
渦巻きが現れた時と同じく瞬間消失、そこへ両手をかざしていたシルエットがストーンコールドめがけ落下! その背を蹴ってもう一つのシルエットが跳躍! 赤子を胸に抱きしめる!
「ホホイヤーッ!」
ストーンコールドは横っ飛び回避! 左の長椅子列に突っ込む! KRASH!
突如アンブッシュしたシルエット二つは、暴走鏖殺バイオ水牛群の突進を受けたシンカンセンめいて吹き飛ぶ長椅子列を睨み、油断なくカラテ警戒!
……果たして、白いユーレイじみた姿が立ち上がった。ストーンコールド無傷!
「ドーモ、ストーンコールド=サン」
シルエットの片方……薄汚れた高級スーツに身を包んだニンジャが、トラディショナル意匠のメンポの奥からアイサツ。その瞳が冷徹なニンジャの怒りに燃える。
「アンバサダーです」
「ドーモ、ストーンコールドです。ホホ」
ストーンコールドはアイサツを返し、もう一方のシルエットを睨みつけた。その瞳は再び狂気に塗りつぶされている。
「また、ホホ、邪魔しに、きた。ホホホ、返せ、私の、ホホ、アカチャン、返せ」
「こりゃテメェのじゃねェだろ」
もう一方のシルエット……火炎のごとき真紅の髪をゆらめかせた、少年めく痩せぎすの女ニンジャが、胸に赤子を抱いて言った。原初の闇に閃く炎を思わせる双眸がストーンコールドを真っ向から睨み返す。
「ヘル‐オー、イグナイトです」
「ホギャー!」
黄金ブッダ像しろしめす大聖堂に、三ニンジャと赤子は、ついに決着の時を迎えたのであった!
「ホホ「「イヤーッ!」」」
「ホギャー!」
(#6-2につづく)
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"Ninjaslayer"
Written by Bradley Bond & Philip "Ninj@" Mozez
Translated by 本兌有 & 杉ライカ
Twitter:@NJSLYR
日本語版公式URL:https://diehardtales.com/m/m03ec1ae13650
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いただきましたサポートは、サークル活動の資金にさせていただきます。