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ザ・マレフィセント・セブン #1

◆一人目◆

 茶室のショウジ戸を蹴破ったリフォーマーは素早く辺りを見回した。誰もいなかった。孤独が恐怖を増幅させ、気が狂いそうになってくる。耳の奥で、破裂寸前の心臓が熱い鼓動を繰り返しているのが感じられる。頭のなかでニューロンが、ついさっき知った秘密に耐えきれず、悲鳴を上げている。
 彼は、再び周りを見回す。やはり、誰もいない。だが、周りを見回すことをやめようとしなかった。自分は、今、独りなのだ、という現実を認めたくない気持ちが、リフォーマーを半ば狂った行動へと駆り立てていた。独りでかかえるには巨大で、恐ろしい秘密を、彼は目の当たりにしてしまったのだった。

 と、リフォーマーは冷水を浴びせられたように体を硬直させ、その狂気の行動を中止させた……彼の研ぎ澄まされたニンジャ聴力が、かすかな音を捉えたのだった。鋭く尖って硬いもの同士を打ち合わせる音……カチ、カチ、カチ。

 その音を、彼は知っていた。噛み音の主を、何度か見かけたことがあった。
 噛み音の主はワッチドッグ。ザイバツ・シャドーギルドの本拠地であるキョート城内を徘徊する狩人にして、偉大なるロード・オブ・ザイバツの護衛ニンジャ。かつて畏るべきロードの素顔を直視する禁忌を犯し、ワザマエを惜しまれ生かされるも、罰として思考能力を破壊されたと言われている……。

 その噂を思い出し、リフォーマーは総毛立った。思考能力を破壊され、四肢を武器に置き換えられ、けだもののごとくキョート場内を徘徊するおぞましい奇怪ニンジャの姿が、己のそう遠くない未来の姿と思ったのだ。いや、やつのように生かされるとは思えない。待つのは死、であろうと思われた。
 そう、彼は知ってしまったのである。暗黒ニンジャ組織「ザイバツ・シャドールギルド」秘中の秘、畏るべきロード・オブ・ザイバツの正体を!典雅な車椅子に乗って、自分たち一騎当千のニンジャを睥睨する、現代のショーグン・オーヴァーロード、そのヴェールつき王族帽の奥に隠された、素顔を!

◇ ◇ ◇

 ザイバツ・グランドマスターの一人パラゴンに仕えるアデプト位階であるリフォーマーは、ロード・オブ・ザイバツの食事を毒味する役割を与えられたニンジャの一人であった。偉大なるロードに対し、毒を盛るなどという暴挙に出るもののあろうとは思われなかった。彼らの役割は閑職と言えた。
 とはいえ、それとてもザイバツ・シャドーギルドという組織の欠けてはならぬ歯車の一つである。粛々と与えられた役割をこなすことに慣れていたリフォーマーは、役割の延長として命じられた、ロードへ御夕食をお届けする任務を、特に考えもなく承知した。前任者が配置換えになって、代役が求められたのだ。
 その日も、奴隷シェフが握ったスシは美味かった。一時間前に毒味した、舌の上でとろけるオーガニック・トロとそれを引き立てる絶妙な分量のワサビのあわせ技イポンをニューロンに反芻しながら、ロードが御夕食を召し上がる、天守閣の一室に控えていたリフォーマーは、主の御声に思わず顔を上げた。
 それは全くの偶然、反射的な行為だった。ロードの御口にオーガニック・スシを運ぶ奴隷オイランが、不手際にも王族帽のヴェールを跳ね上げてしまったのも。そのことにロードが御いらだちの御声を上げられたのも。その御声に反応し、リフォーマーが顔を上げ、そちらを向いてしまったのも。

 ややあって、ロードが厳かに呟かれた。

「ヤンナルネ」

 その御声を聞くが早いか、リフォーマーはブザマにタタミを蹴って駆け出した。逃げ出したのだ。天守閣を駆け抜け、ウルシ塗りの階段をまろぶように駆け下りて、暗い廊下に並ぶ「ニューワールドオダー」「格差社会」などの訓示ショドーをいくつも駆け過ぎた。恐怖が彼を駆り立てていた。そして……。

◇ ◇ ◇

 その恐怖がいま、かたちをとったことをリフォーマーは知った。カチ、カチ、カチ……ロード・オブ・ザイバツの護衛にして狩人であるニンジャ、ワッチドッグの噛み音は、彼がザイバツ・シャドーギルドにとって、排除すべき「厄介者[マレフィセント]」となったことの証明だった。
 リフォーマーは気力を振り絞り、破滅の音に背を向けると、常人の三倍近いニンジャ脚力で走り出した。フスマをスライドし、ショウジ戸を蹴破り、訓示ショドーを翻して走った。秘密を誰かに打ち明けたい気持ちと、そんなことをしては殺されるという予感が、彼を孤独にさせ、絶望へと駆り立てていた。
 だが、その孤独と絶望の逃走も終わる……幾つかの茶室とカラテルームを抜け、回廊の左手の薄暗がりに下階への階段を発見したリフォーマーは、同時に自分の正面でフスマがスライドするのを見た。

「カチカチカチ……」

 開いたフスマの奥から、噛み音が近づいてきた。

「ドーモ、リフォーマー=サン。ワッチドッグです」

 四肢を四角錐状の刃物に置換され、けだものめいて四足歩行するニンジャが現れ、フルフェイスめいたメンポ(訳注:面頬か)の奥からアイサツした。
 思考能力を破壊されても、ニンジャの掟は忘れぬとみえた。先回りする知性も残っていた。けだものじみてはいても、やはり相手はニンジャであった。
 秘密の重さと恐怖にリフォーマーのニューロンがきしむ。ニンジャアドレナリンが瞬間噴出し、引き伸ばされた主観の中で、彼は己の両手が合わされるのを感じた。

「ドーモ、ワッチドッグ=サン。リフォーマーです」

 彼はアイサツを返しながら、この奇怪ニンジャから逃れる手段を考えた……「あれ」しかない。
 アイサツの終了、すなわちニンジャの闘争の開始を悟ったワッチドッグが飛びかかってきた。同時に、リフォーマーは対手めがけて突っ込んだ。両の掌をワッチドッグの胸に当てる。懐の獲物めがけ、ワッチドッグが両手足の四角錐状刃物をトラバサミめいて閉じるより早く、彼はおのれのジツを使った。

 ワッチドッグは硬直した。彼は奇怪な感覚に捕われていた。いや、感覚そのものが奇怪な変容を遂げたというべきか。自慢の嗅覚が消失し、代わり視覚に強烈な光を感じた。ワッチドッグは混乱した。これでは獲物の位置をとらえることが出来ぬ。彼は体勢を立て直すべく、体を捻って獲物から離れた。

 リフォーマーの目の前で、廊下に降り立ったワッチドッグが糸の切れたジョルリめいて倒れ込んだ。そのブザマな姿にリフォーマーはメンポの奥で安堵した。上司のパラゴンにすら秘密にしていた「トリケ・バヤ・ジツ」が、接触した相手の嗅覚と視覚を、皮膚感覚と平衡感覚を首尾よく入れ替えたのだ。
 だが、逃亡者には救命の感慨に浸る余裕などなかった。再び暗い回廊に一人きりになったリフォーマーのニューロンに、増幅された恐怖が甦った。彼はワッチドッグにトドメを刺すよりも、下階への階段を目指した。次なる追手が迫ってくることが察せられもした。
 リフォーマーは慎重な足取りで階段を降りた。奴隷相手に試して、おのれのジツは時間とともに効果が薄れるとわかったのだ。ワッチドッグが感覚を取り戻し、恐るべきニンジャ嗅覚で追跡を再開する前に、距離を稼いでおかねばならぬ。下階に降り立ったリフォーマーは、ニンジャ野伏力をフルに活用した。
 ウルシ塗りの回廊を進み、ショウジ戸やフスマを開けて茶室やカラテルームに入る。果たせるかな、部屋はことごとく無人であった。そのたびに、リフォーマーはニンジャズキンの奥で、血走った目をぎょろつかせた。またぞろ恐怖が膨らんできた。彼は誰かに会いたかった。同時に捕まりたくなかった。
 孤独に膨らんだ恐怖が、狂気へと変わりつつあった。リフォーマーは次第にニンジャ野伏力を手放し、常人の三倍近い脚力の足音も高らかに次の階段を目指した。そしていくつかの部屋を抜けたところで、彼は第二のニンジャに出会ったのであった。

#2へつづく


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"Ninjaslayer"
Written by Bradley Bond & Philip "Ninj@" Mozez
Translated by 本兌有 & 杉ライカ
Twitter:@NJSLYR
日本語版公式URL:https://diehardtales.com/m/m03ec1ae13650
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