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スリー・ニンジャズ・アンド・ベビー #1

プロローグ

 月。
 我らが地球の姉妹星。夜を照らす無慈悲な女王、神秘と隠秘の守護者。その白銀のオモテに浮かぶ模様は、かつてマツオ・バショ―がハイクに『ウサギがカメ殺しの魔剣を鍛える』と詠ったほどに、神話伝説めいてポエット。
 しかし、今、マッポーの近未来都市ネオサイタマの上空に輝くそれを、読者はなんと見る?……しかり、ドクロだ。ポエットとはほど遠いサツバツとしたレリーフ。いかにその模様が刻まれたか……遠く電子戦争以前の出来事を語る時は今ではない。
 では今は何を語る?
 読者のみなさんはご存知だろう……しかり、しかり! イグザクトリー!
 今は……ニンジャを語る時である。
 カメラを眼下に移そう。
 ボンボリめく月光が照らすまばらな雲を突き抜け、猥雑な光あふれる近未来都市へ。眠らない街の光と闇の狭間へ。ビルの谷間の静寂へ。
 そこに、いかにも確かにも灯る、紅の怒りの、命の輝きへ……この世の森羅万象をその身に宿し、命となす半神的存在のイクサへ!


エンカウンター・オン・ザ・ナイト・ストリート

 バチバチッ! ポップゴシックで『もっとしたい』と描かれた廃ネオンサインが弾ける。
 暗闇に、痩せたシルエットが浮かび上がった。少年じみた細い体は、ロウソクめいて頭頂に赤い炎を宿している……それは頭髪だ。短く刈り上げた側頭部から、長く残した右前髪が不可思議なゆらめきを伴って立ち上る。口元をメンポ(訳注:面頬か)めいて覆うマフラーが、超自然のゆらぎによって背後に流れ、はためきの中に『地獄お』の文字が見え隠れする。ワイルドなブーツが、ところどころ焦げて穴の空いたカーキ色のニンジャ装束を踏みつけ、押しこみ、今、
「グワーッ!」
 ボキリ、その背骨を踏み折った!
「ザマァねェな!」鼻まで覆うマフラーの上で、赤い瞳が邪悪な子鬼めいて細められた。「こういうのなんてンだ? モスキートがなんとかファイア……そういうンだろ?」
「ググッ……」踏みつけられたカーキ装束のニンジャがうめいた。「こんなことをして、ただで済むと思っ」
「イヤーッ!」ボキリ!
「グワーッ!」カーキ装束のニンジャ、コンプソグナトゥスは肘を踏み折られる痛みに呻く!
「アタシだって知ってるぜ……テメエらアマクダリと、アタシらザイバツの間に不戦条約があるッてのはな……でもな」
 そこで少年じみた体型のニンジャは一息つき、
「先に手ェ出したのはテメエだ」
「ククーッ!」
 コンプソグナトゥスは怒りと絶望に呻く。彼のニューロンが、ソーマト・リコールめいて一時間前の出来事を再生する……彼は、西はキョート独立国のニンジャ組織、ザイバツ・シャドーギルドからやってきた、この少年じみた体型のニンジャを監視するミッションについていた……。 

 それは実際安いミッションであった。
 ネオサイタマ常駐のザイバツニンジャは他にもいる。ラオモト・カンの死とソウカイヤ・ギルド崩壊の直接原因と目されるザイバツ電撃侵攻、それに深く関連すると目される一団だ。マルノウチ抗争の前後から都市に深く潜伏し、ネオサイタマ炎上の夜を期に行動を起こすまで、ソウカイヤの探索を逃れた恐るべきニンジャ隠密力を持つ集団。
 コンプソグナトゥスの所属するアマクダリ・セクトは、ソウカイヤ亡き後、その支配域を引き継ぐかたちでネオサイタマにナワバリを確立し、そのいくつかをザイバツと不戦条約を結ぶためのテウチに用いた。そうしてネオサイタマに橋頭堡を築いたのが、先の恐るべきニンジャ隠密集団だとすれば、アマクダリにとってこれは恐るべき獅子身中の虫だ。ゆえにその監視にはイサオシが期待できる。
 だが、この少年じみたニンジャは彼らとは無関係。ただのメッセンジャーと思われた。
 これでは手柄の立てようがない……苦々しく思いながら、彼は忠実に任務をこなした。先ほど少年じみたニンジャが言ったように、不戦条約が結ばれているので、公然と互いを監視することができる。ということは、互いにイクサだけは回避するという、ルールさえ守れれば、カラテのないサンシタにも可能だということだ。
 だが……彼は一時間前、監視対象の動向に疑問を抱いた。この少年じみたニンジャは、ネオサイタマに点在する歓楽街のライブハウスを、今日に限っていくつもハシゴした。何かある……手柄の臭いを嗅ぎつけた彼は、定期連絡『ホー・レン・ソ』をサボタージュし、接近を試みた。その結果……。

「傑作だッたなァ、あン時のテメエの面」
 ブザマに倒れるコンプソグナトゥスをブッダウォーリアめいて踏みつけ、相手はクックッと笑う。接近を試みた彼が、このニンジャを見失った瞬間、背後に現れた時のことを言っているのだ。
「慌ててくれちゃッてよォ……蹴りくれたッけなあ」
 コンプソグナトゥスは爬虫類めいた意匠のメンポの下で恥辱の歯ぎしり。突然のことに驚いた彼は、あろうことか、アンブッシュともとれる行動をとってしまったのである。必殺のカラテであるサベージ・カラテの一手、ダブル・バック・ケリが、少年じみたニンジャにヒットしてしまったのだ!そして……、
「そうか……あれは貴様が……!」
 コンプソグナトゥスの言葉に、
「アア、そうよ」少年じみたニンジャが笑う。「あンな手にまんまとひッかかりやがッて……ヒヒヒ、おかげで楽しませてもらッたぜ」
「クッ……」
「恨むンならテメエの不注意を恨むンだな……あと、アタシが退屈してたのをよォ!」
 背後で殺気が膨れ上がり、コンプソグナトゥスは相手が必殺の一撃を加えんとしていると知る! しかし背骨を砕かれ下半身の感覚がない! 肘を砕かれサベージ・カラテのヒサツ・ワザを繰り出すことも叶わぬ! 実際ジリー・プアー(徐々に不利)……いや、アドバンスド・ショーギでいうツミであった!
「待て! ハイクを……」 コンプソグナトゥスはブザマに懇願した。「カイシャクの前にハイ」「ダマラッシェー!」
 少年じみたニンジャはその頭めがけ無慈悲なストンピング! 頭蓋の砕ける感触を蹴って跳躍!
 一瞬遅れて「サヨナラ」の言葉もなく、コンプソグナトゥスは爆発四散した。

「フン」
 少年じみたニンジャは飛び散ったコンプソグナトゥスの亡骸に侮蔑の逆キツネサインを繰り出すと、ライダースーツめいたニンジャ装束からピルケースを取り出し、違法薬物シャカリキ・タブレットをピアシングした舌に載せた。マフラーメンポを戻し、バリバリと噛み砕く。
「退屈しのぎにはなッたな」
 吐き捨て、歩き出す。
 彼女にとって、このイクサは実際サイオー・ホースであった。護衛任務に飽きた彼女が、無聊を慰めるべく向かったライブハウスはことごとく趣味に合わぬギグばかり。苛つきを抑えるためのケンカののち、ウォームアップされたカラテの前に獲物が現れた。
……その顛末は、みなさんの御存知の通り。ノコノコとやってきた監視者にまんまと手を出させることに成功し、大義名分を得た彼女はこれを弄び、殺した。
 幼い外見に似合わぬ残酷さ……しかし、それも無理からぬこと。彼女もまた、その身に邪悪なニンジャソウルを宿すニンジャであったれば!
「あーア、面白ェことねェかなァ」
 ぶつぶつと呟きながら、彼女はサツバツの路地を抜けだし、別の通りへと出た。ヤガネ・ストリート。ここもまた剣呑なアトモスフィアが漂うサツバツ・プレイスである。静まり返った街路には何人もの浮浪者がバイオスズメめいてスズナリ態勢でうずくまっているが、そのうち何人が生きていよう。
「ヒートリー、コマキタネー……」
 鼻歌を歌いながら彼女は歩く。周囲には目もくれない。
 静かな街路、アスファルトにワイルドなブーツがコツコツと鳴る。薄い雲間から差す月光が、その少年じみた全身を照らし出す。上空と違って、ストリートに風はない。だのに、その髪はまるで太陽フレアめいてゆらめき、原初の炎めいた美しさを彼女に与えている……恐ろしく、美しい……神話的なアトモスフィア。
「ミスージノ、イトニー……」
 彼女が鼻歌の続きを口ずさんだ時……
「アーッ!」
 遠くで女の声。
 彼女の足が止まった。暗い街路に目を、耳を、ニンジャ観察力を凝らす。
「アーッ! アーッ!」
 女の声が近づいてくる。
 マフラーメンポの下で、赤いルージュをひいた唇が釣り上がる……
 「アーッ! アーッ!」
 女の声が近づき、
「ホホ! ホホホ!」
 別の声が混ざる……そして!
「アーッ!?」
 細い路地の一つから声の主が姿を現した!
 オイランだろうか? 汚れた髪をなびかせて駆けてくるダークキモノ姿の女。恐怖に引きつった顔と、美しいユリ柄キモノのグランギニョルめいた美しさ。乱れた胸元から豊満なバストがのぞくが、守るように抱いた布の包みが大切な部分を隠す。
「アーッ!?」
 こけつまろびつ逃げてくる女の視線が、少年じみたニンジャのそれと交差した。
「助けて!」
 女が叫んだ瞬間!
「ホホホ! イヤーッ!」
 女の飛び出してきた路地から白い腕が延び、女の髪を掴んだ!
「アーッ! アーッ!」
 女が叫ぶが……、
「イヤーッ!」
 ゴキリ! 乾いた音とともに女の顔が一八〇度のけぞり、口から泡状の血が吐き出された!
 なんたること! 読者はおわかりか? 追撃者は、女の髪が抜けぬよう、首が千切れぬよう、精妙なパワーコントロールを行った上で、一撃に女の首を引き折ったのである! まるで平安時代のユーレイ・ウォーターフォール伝説めいて! コワイ!
「へェ……」
 少年じみたニンジャは目を丸くしてこの事態を見守る。
 布包みを抱いた女の体がゆっくりと崩れる……しかしその腕は胸の包みを離そうとはしない。と、死体が動き出した。頭から、背泳ぎめいてずるずると路地の暗がりへ這いずっていく……先ほど女の髪を引き、首を折った白い腕が、仰向けになった体を引き寄せているのだ。
 死んだふりを決め込んでいた浮浪者の何人かが目を開く。
「ホホ! ホホホ!」
 白い腕の主が暗い路地から甲高い笑い声を響かせる……そこへ!
「よォ!」少年じみた体型のニンジャが路地に向けてあごをしゃくった。
「ホホ?」
「面白そうなことしてンじゃねェか……」路地の暗がりに話しかける。「アタシも混ぜてくれよ……」
「ホホ?」
「あンたもさ……ニンジャなんだろ?」
「ホホ?」
 死んだ女のつま先が路地に消える。
「アマクダリの、じゃねェよな」
「ホホ……」
「だッたらよ……全力でやッていいよなァ……」
「邪魔、ホホ、しない、で」
「ヘッ、喋れンじゃねェか……イヤーッ!」
 ボウ! 突然出現した炎の輪が路地を花火めいて一瞬明るく照らす!
 さらに! ボウ! 死んだ女の足元に新たな炎の輪が生まれ! 路地に潜む、長髪に白装束のユーレイめいたニンジャを照らし出す!
 そして!
「イヨォー!」
 ユーレイめくニンジャを照らす炎の輪から、突如出現する少年じみたニンジャ!
「ドーモ、イグナイトです!」
 少年じみたニンジャ……イグナイトのアイサツに、
「ドーモ、ストーンコールドです」
 ユーレイめいたニンジャがアイサツ。その胸に、死んだ女から奪った布包みを掻き抱く。
「ダメ、これは、ホホ、渡さない」
「アァ?」
「私の、カワイイな、ホホ! アカチャン!」
 その時!
「ホギャー!」
 布包みが甲高い声を上げる! 一つの音に己の全存在を載せ、自己を主張する命の声だ!
「ホホ!?」ストーンコールドが布包みを開く。
「ホギャー!」泣き声が夜のしじまに響き渡る。
「ホホ! アカチャン!」ストーンコールドが泣き声に顔を寄せた。
「ウェー」イグナイトが顔をしかめた。
「泣かないで、アカチャン、わたしの、カワイイな」「ホギャー!」
「ケッ、そりゃテメェのじゃねェだろ」
「何、言ってる、の。これ、私の、アカチャン」
「ホギャー!」
「イヤーッ!」
 イグナイトがケリを放つ! 若く精悍なバイオシカめいた足が一四〇度開脚! ストーンコールドの手から布包みを跳ね上げる!
「ホギャー!」 泣き声が宙を舞う!
「アカチャン!」
 ストーンコールド狂乱! 素早くレザーめいた鈎爪を振り回すが、ボウ! イグナイトの姿は炎の輪に消える!
 見たか! これぞイグナイトのテレポート・ジツ! 超自然の炎が点火する度に、舞い散る火花めいて彼女は空間を跳躍する!
 そして再び炎の輪がボウ! と生まれたのは……ストーンコールドの頭上!「ホギャー!」泣き喚く布包みの真横!
「イタダキーッ!」
「ウオーッ!」イグナイトの挙動を目で追ったストーンコールドが叫ぶ!「アカチャン! 私の! アカチャン!」
 イグナイトは空中で布包みをひったくると、
「アーハ!」嘲り笑いを投げ、壁を蹴って夜空へ逃れる!「欲しかッたら追ッかけて……」
 その時!
 「イヤーッ!」
 ビョウ! 恐るべき速度でイグナイトめがけ突っ込んでくる白い物体あり! いったい何?
 ……おお! 読者よ見よ! それは腕だ! ストーンコールドの腕がバイオ蛇めいて伸び、イグナイトを襲う!
「アカチャン! 返せ! 私の、アカチャン! 返せ!」
 レザーめいた鉤爪が飛び逃れるイグナイトの足に到達! これを薙ぐ! アブナイ!
「イヤーッ!」
 ボウ! 再びのテレポート・ジツ!
 オバケじみた白い腕の先、鉤爪が炎の輪を引き裂いた……そのはるか頭上に、月光を遮る黒い影が出現!
「アハ!」痩せた影は、光る瞳と牙のチェシャ猫めいた笑みを眼下の白装束に投げ……「イヤーッ!」再び炎の輪に消えた。

◆ ◆ ◆

 一時間後……ネオサイタマ某所。
 奥ゆかしいボンボリ・ライトに『不如帰』のショドーが浮かび上がる、薄暗いドージョーにアグラ姿勢の男が一人。彼の名はアンバサダー。キョート・リパブリックに居を構える暗黒ニンジャ組織『ザイバツ・シャドーギルド』から派遣された常駐ニンジャの一人である。
 閉じた瞳がゆっくりと開き、彼は現実に帰還した。遠く故郷キョート・リパブリックにいる兄、ディプロマットとの定期通信を終了。音もなく立ち上がり、ドージョーを出る。キッチンでチャを淹れた。
 乾いた喉を潤した彼が、再びドージョーへ足を向けた時……アジトの入り口から乱暴な開閉音。アンバサダーの眉間にシワが刻まれる。
 そして、
「ホギャー!」
 次いで響いた泣き声に、アンバサダーの眉根のシワが一層深くなった。平安時代風のトラディショナル・メンポの奥で唇を歪めたアンバサダーは、奥ゆかしい足取りで入り口へ向かう。
「おう、帰ッたよ」
 やってくる彼の姿を見もせず、相手はスポンスポンとワイルドなブーツを脱ぎ捨てながら言った。
 その背後では、畳に放り出された布包みが、
「ホギャー! ホギャー!」
 泣き声を立てている。
「……それはなんだ、イグナイト=サン」
「へへへ、見て驚くなよ」イグナイトはニカッと歯をむき出しにして笑い、布包みを素足でひっかけ、器用に放って寄越した。「拾ったんだぜ」
 おっかなびっくりアンバサダーが受け取ると、布包みが解け、頑是ない赤子がモンキーめいた泣き顔をあらわにした。
「ホギャー!」 

#2へつづく


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"Ninjaslayer"
Written by Bradley Bond & Philip "Ninj@" Mozez
Translated by 本兌有 & 杉ライカ
Twitter:@NJSLYR
日本語版公式URL:https://diehardtales.com/m/m03ec1ae13650
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