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コロナ渦不染日記 #53

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九月十九日(土)

 ○秋の連休第一日である。
 この災禍のさなかではあるが、予定はたくさん詰まっている。

 ○午前中は日記を編集、午後は出かけて、来月開催予定の配信イベント、そのテストの手伝いをする。

 ○くだんの配信イベントは、グリーンバックの部屋で撮影され、背景を合成されて配信されることになる。その撮影スペースは、都内某所の商店街の一角、雑居ビルのなかにあって、隣は日本語教室、さらにその隣はマッサージ店となっていた。このマッサージ店のむかいが、ちょうどトイレになっていて、用をたして撮影スペースに戻ろうとすると、マッサージ店の、開け放たれた扉から、なかが見えるようになってしまっている。
 マッサージ店のなかを、見るともなしにのぞきこむ。マッサージスペースが一畳ずつ、カーテンで区切られていて、五室が長辺で接して奥へと連なっている。一番手前のスペースと、通路側の壁のあいだは、待合スペースのようになっていて、こちらに背をむけた、人間の女性がひとり、まるいちゃぶ台のうえにノートを広げて、なにか書きものをしていた。
 勉強だろうか。それとも、帳面でもつけているのだろうか。こちらに背をむけているから、彼女はぼくに気づかない。うなぎの寝床のマッサージ店は、日本語教室のお隣で、そこで勉強をしているとすれば、たとえば、それは日本語の読み書きであったりするだろうか。
 ……などと、想像をたくましくしても、それは想像でしかなく、真相を知ることはできないし、知ろうとしていいものであるとも思えない。ただ、女性のまるめた背中には、かつて沢木耕太郎のルポで読んだような、人生の孤独が貼りついている。

 ○機器トラブルや凡ミスがありはしたものの、とりあえず調査切り分けしたいことは、あらかた調べ終わった。十時過ぎ、飲み屋街へ繰り出して、遅い夕食をとりつつ、打ち上げとした。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、五百九十八人。
 そのうち、東京は、二百十人。

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九月二十日(日)

 ○連休の二日目は、ゆっくりと起き出して、浅草橋で開催されている「うさぎしんぼる展 2020」に行った。

 うさぎ写真の展示と、うさぎグッズの販売を行うこのイベントも、今年で五周年となる。毎回、人間社会で活躍する、すてきなうさぎ写真が見られるので、おなじうさぎとして眼福である。うさぎグッズも、人間とうさぎ双方のアパレルからアクセサリーまで、それぞれのクリエイターさんのセンスが光る、素敵なラインナップとなっていて、おもわず散財してしまった。

 ○その後、浅草橋周辺をぶらぶらする。このあたりは、昭和の風情がいまも残る、たいへんレトロな一角となっていて、きょろきょろしながらゆっくりと歩くだけでも楽しいのである。

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 ガラス扉の奥で客を待つ、「洋食」ののれんの白さがいい。そして、「三食ライス」が気になる。ハヤシライス、オムライスとくれば、三食目はカレーライスだろうか。

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 壁のレンガの組みあわせ、窓におりたカーテンの柄、すべてがたまらない雰囲気を漂わせている。年代物のスコッチのそれに匹敵する、昭和のかぐわしい香りだ。

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 特にすばらしいのが、この窓格子。枠が「S」の字になっているのは、屋号の頭文字か、スコッチの「S」か。さび具合も年代を感じさせて、いつまでも眺めていられる景色である。

 ○ぶらぶらと歩いていると、蔵前の駅前に出たところで、相棒の下品ラビットが「腹が減った」と言い出した。「そろそろ飯にしようぜ、なあ」
  時間を見れば、午後一時を過ぎている。うさぎ穴を出るまえに、軽く朝ご飯を食べたくらいだったから、おなかがすいていた。ちょうど、蔵前の駅前には、以前にも行ったことのある喫茶店がある。

 二回のカフェラウンジが、おなかにたまるものも食べられるし、お茶とお菓子でゆっくりすることもできる、ちょうどいい場所である。ソーセージの添えられた昼食ワッフルと、オレオクッキーを使ったチョコレートがけチーズケーキ、アイスコーヒーを注文した。

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 チョコも、チーズケーキも、甘さはひかえめで、たいへん上品である。下品ラビットがなにも言わずに食べきっていたから、彼の舌にもあったのだろう。

 ○甘味が脳に浸みてくると、もう少し歩きたくなる。墨田川添いを北上すると、浅草駅前に出た。右手、隅田川のむこうに、アサヒビールの黄色のオブジェが見える。
「あっち行ってみようぜ」と、下品ラビット。
「このまま行くと、ソラマチに行き当たるね」
「おっ、ひさびさだな、行ってみるか」
 川を渡り、そのまま東に進むと、果たして「東京スカイツリー」のふもと、「東京ソラマチ」にたどりつく。が、そこへ行くということの他に、特に目的があるわけでもない、ただの散歩である。
 が、そこであるものが、ぼくたちの目にとまった。

「いこうか」
「いこうぜ」
 そういうことになった。

 ○スカイツリーの展望台にあがるのは、これで二度目である。一度目は、開業から三年経ったころであったから、約五年ぶりだ。そのときと比べて、展望台の人出が減っているのは、いうまでもなく、新型コロナウィルスの流行が原因であろう。だが、禍福はあざなえる縄のごとし、ぼくたちうさぎとしては、人間よりも小柄なので、人波にもまれることなく、観光ができるのは願ってもないことである。
 地上三五〇メートルの高さから眺める東京は、うすく雲がかかって、あまり遠くまで見とおすことはできなかった。以前は晴天のときに訪れて、葛西臨海公園や、東京ディズニーリゾートのあたりまで見ることができたが、今日はお台場の観覧車がぼんやりと見える程度であった。とはいっても、五、六キロ圏内なら、くっきりと見ることができた。北側、荒川から隅田川が別れる鐘ヶ淵のあたりに、有名な「防壁団地」都営白髭東アパートを見ることができた。

 次はあそこに行こう、と防壁団地を眺めていると、下品ラビットが脇腹をつついてきた。
「おい、あのマンション、エッシャーのだまし絵みたいに見えるぜ」

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 ○本日の、全国の新規陽性者数は、四八〇人。
 そのうち、東京は、一六二人。



→「#53 連休後半」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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