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スリー・ニンジャズ・アンド・ベビー #6-2

スリー・ニンジャズ・アンド・ベビー(後編)

「ドーモ、ストーンコールド=サン」
 シルエットの片方……薄汚れた高級スーツに身を包んだニンジャが、トラディショナル意匠のメンポの奥からアイサツ。その瞳が冷徹なニンジャの怒りに燃える。
「アンバサダーです」
「ドーモ、ストーンコールドです。ホホ」
 ストーンコールドはアイサツを返し、もう一方のシルエットを睨みつけた。その瞳は再び狂気に塗りつぶされている。
「また、ホホ、邪魔しに、きた。ホホホ、返せ、私の、ホホ、アカチャン、返せ」
「こりゃテメェのじゃねェだろ」
 もう一方のシルエット……火炎のごとき真紅の髪をゆらめかせた、少年めく痩せぎすの女ニンジャが、胸に赤子を抱いて言った。原初の闇に閃く炎を思わせる双眸がストーンコールドを真っ向から睨み返す。
「ヘル‐オー、イグナイトです」
「ホギャー!」
 黄金ブッダ像しろしめす大聖堂に、三ニンジャと赤子は、ついに決着の時を迎えたのであった!

「ホホ「「イヤーッ!」」」
「ホギャー!」

 まず仕掛けたのはイグナイト! 炎の輪を潜り、ストーンコールド側面にテレポート出現するや、空いた片手を打ち振るう! カトン・ジツ! 超常の火球がストーンコールドめがけて飛ぶ!
「ホホ!」
 ストーンコールドはこれを防御! 何で? ニンジャ剛力で持ち上げた長椅子でだ! たちまち燃え上がる長椅子! それを、
「ホホイヤーッ!」
 ストーンコールドは投擲! どこへ? 正面に立つアンバサダーへ!
 アンバサダーは飛来する火炎長椅子に対し、無造作に片手を突き出すのみ! アブナイ!
 だが見よ! 渦巻きめく超常フィールド再出現! これはなんだ⁉ 読者はご存知か?
 ……ではお教えしよう。これは攻性ポータル! アンバサダーと、彼の双子の兄・ディプロマットが用いる特殊なジツであるポータル・ジツの応用だ!
 本来、ポータル・ジツは、双方向転移可能な超常の位相差空間ゲートを発生せしめるものである。それを今、アンバサダーは片側のみ開くことによって、ゲートに触れたものを行き先のない位相差空間へ転送する、絶対無敵の攻撃手段とした。なんたるコロンブスめいた発想の転換か!
 その一方通行ポータルへ火炎長椅子が消えるや、
「イヤーッ!」
 アンバサダーはすぐさまポータルを閉じ、攻撃に転ずる! 疾風となってストーンコールドに接近! 勢いそのまま繰り出す連続攻撃! 拳拳前進蹴蹴拳ジャンプ蹴拳! めまぐるしいカラテがストーンコールドを襲う!

 アンバサダー、そして兄ディプロマットは特殊なニンジャ。彼らが所属するザイバツ・シャドーギルドにおいて、その用途は超常転移ゲートを発生させること。これは双子のみに可能なジツであり、それを持ってザイバツに仕える彼らは可能な限りイクサを回避すべき立場。
 しかし、彼らには別の目的もある。……それは復讐! 十年ほど前、両親を事故に巻き込み殺したものを見つけ出して殺すこと!
 ザイバツ上層部に位置するグランドマスター位階、その中でも最強と謳われるイグゾーションの庇護の下、彼らはポータル・ジツの研鑽とともに、この復讐の牙をも研ぎ澄ました!
 首魁ロード・オブ・ザイバツの目指す、ニンジャ統治世界実現のための戦略機械ザイバツ・シャドーギルド。ポータル双子はその戦略の要であるが、それとても歯車の一つに過ぎぬ。個人的目的のために組織を動かすことなどもってのほか。
 ……であれば、ただ二人、自身のカラテによって成し遂げるのみ!
 そのために、兄とともに研鑽したカラテを今、同じ境遇といえなくもない赤子のために振るうとアンバサダーは決意!
 流されるまま、籠の鳥として生きてきた自身を! 戦略の要としてのみ行使してきたニンジャの力を! 己の意志のままに用いると、アンバサダーは決断した!
 その決意カラテのほどを御覧じろ!

「イヤーッ! イヤーッ!」
 アンバサダーの高速足技! 中段中段上段前進下段中段上段、そして小ジャンプからの縫い止めるがごときケリ!
 この猛攻の前にストーンコールドは防戦一方! スウェーバックによる回避を繰り返すのみ!
 そして……今!
「イヤーッ!」
 アンバサダー気合一閃! 高級ブランドストレートチップが半月弧を描き、ストーンコールドの顎を蹴り上げる! ゴウランガ! 伝説のカラテ技、サマーソルト・キックだ!
「グワーッ!」
 機雷爆発を食らったイルカめいて吹っ飛ぶストーンコールド! ……だが、その時だ!
「ホギャー!」赤子の叫び!
「ウオッ!」イグナイトが長椅子列に突っ込む!
 アンバサダーはニンジャ観察力を凝らし……イグナイトの足を掴む白い手を発見! 敵は回避一択と見せかけて、長椅子の下に赤子奪取の手を文字通り隠していたのだ! なんたる執念と狡猾さか!
 ストーンコールドの吹っ飛び動作に引きずられ、長椅子に叩きつけられるイグナイト!
「ンアーッ!」長椅子破損! KRASH! 次の長椅子が迫る!
「ンアーッ!」長椅子破損! KRASH! 次の長椅子!
「ンアーッ!」破壊! KRASH! 次!
「ンアーッ!」KRASH! 次!
「イヤーッ!」
 アンバサダーが黒い影めいて舞う! 必殺のトビ・ゲリが空を裂いてストーンコールドに突き刺さる……直前!
「ホホイヤーッ!」
 ストーンコールドはこれを後頭部ワンインチ距離で回避! なぜか⁉ 彼はイグナイトの抵抗に対して踏ん張ることをやめた! 同時に腕を伸縮し、自らイグナイトへ引き寄せられていく!
「クソッ!」
 長椅子列への連続叩きつけに対し、赤子を守って背を向けていたイグナイトが、敵の踏ん張りの途切れたところで振り返ろうとしたその時!
「ホホイヤーッ!」長椅子もろとも突っ込むストーンコールド!
「ンアーッ!」
 イグナイトの背中にKRASH! 二者の間で長椅子破損! ここでストーンコールドが手を離す!
 吹っ飛ぶイグナイトの手から赤子が離れた!
「ホギャー!」
「ホホ! アカチャン!」
 ストーンコールドの脂じみた蓬髪が翻り、歓喜の表情があらわになる……青白い痩せこけた中年男性の顔! 女めいてつるりとした頬を歪ませ、朱唇が禍々しい下弦の月を形作る!
 再びストーンコールドの手が伸びる……目標は空中の赤子! どこなりと掴まれれば致命傷となる! アブナイ!

 そして、これを見るアンバサダーの脳内にニンジャアドレナリンが瞬間噴出! 認識が拡大され、目に映るすべてがスローモーションめいて鈍化。彼はゆっくりと、もどかしいほどゆっくりと手をのばす。手を伸ばしながら息を吸う……吐く……吸う……吐く……そして念じる。超自然のポータルあれかし!
 果たして、彼の意志が、思い定めた空間にカラテを生じる! カラテは見えざる手となり、この物理世界と薄皮一枚で接しながら、けして交わらぬ別世界との境に手をかける! 爪を立てる! 道を通じる!
 彼は己の中にニンジャソウルの熱を感じる。熱は彼の意志とつながり、ソウルと融け合い、意志とカラテをつなぐ! そう、カラテだ! 超自然のポータル、絶対無敵の攻性フィールドを生み出すのもまた、カラテなのだ! そして今、そのカラテが、攻性ポータルが、ストーンコールドの腕を……切断!
「グワーッ!」ストーンコールドが絶叫!

 その瞬間、アンバサダーの認識が物理法則に引き戻される! 円盤めく攻性ポータル出現位置は……ストーンコールドの肘! アンバサダーのジツは、狙い過たず、赤子を狙う魔手の弱点を切断せしめた! これで敵の腕はもう伸びない! ワザマエ!
 ……だが! おお! 見よ! 切断された肘から鮮血を吹き出しのけぞるストーンコールドと、ポータルを挟んで反対側、切断された肘から先が……赤子をキャッチ!
「ホギャー!」
 そして空中を飛ぶ赤子の勢いに押され……超自然のポータルへ……
「ホギャー!」
 泣きわめく赤子もろとも……
「ホギ」
 ……消えた⁉

 その時! 一陣の風、いや閃火が走る!
 ライダースーツめくニンジャ装束が赤子を追ってポータルへ向かう! 真紅の頭髪が火炎めいて翻り、一瞬アンバサダーを振り向いた顔の中、決断的な光を宿した炎の瞳が彼を見た。
「頼んだぜ」そう呟いた。
 そして、たなびくマフラーの『地獄お』の文字が、ポータルに、消えた。

 アンバサダーは絶叫した。

◆ ◆ ◆

 ストーンコールドはよろめき、次に、自分の有り様に驚いた。左腕は肩のあたりで切断され、右腕は肘から先がなく、止めどなく血を流している。
 しかし……それよりも彼を驚嘆せしめたのは、それまで曖昧な、狂気のヴェール越しに見るしかなかった世界が、クリアなものとして現れたことだ!
 そう! 彼は正気を取り戻したのである!
 ……そして再びよろめいた。デフラグめいたニューロン内の記憶整理作業による失見当識、そして失血による失調。彼はそのニンジャ知覚で全身を走査。自分の命が実際危険な状態であることを知った。
 彼は深く息を吸い、吐き、そして辺りを見回した。
 黄金ブッダ像が目に入った。ブッダは瞑目したままだった。彼は鼻を鳴らした。
 次に剣呑な攻性ポータルを見た。そして近くに立つ男を……敵を見た。名前は確か、アンバサダー。ニンジャである。
「ドーモ、アンバサダー=サン。ウブメ・ニンジャ……いや、ストーンコールドです」
 ストーンコールドはソウルの命じるままアイサツ。
「……」
 アンバサダーは黙して語らぬ。じっと両手を付き出した姿勢で、目を閉じ、化石めく沈黙を続ける。
「アイサツせよ、アンバサダー=サン」
 ストーンコールドはよろよろと近づいた。
「……」
「アイサツせよ」
「……」
「何をしている」
「……」
「答えぬか」
「……」
 敵は瞑目したまま黙して語らぬ。なんらかのジツを行使しているのか。しかし……敵のジツは攻性ポータルのみ、そしてそれを展開している間は徒手のカラテを行うことが出来ぬことも、ストーンコールドは理解している。
「ならば」
 ストーンコールドは深く呼吸を始める……脱出前に敵を殺しておく! スゥーッ……ハァーッ! ストーンコールドの朱唇が吐息を吹き出す……そして!
「グウッ!」
 アンバサダーが呻いた! ビシビシビシ! その足元タイルに亀裂が走る!
 さらに! KKRRAASSHH! アンバサダー周囲に転がる長椅子が連続破砕! これは……いかなるジツか⁉
「いかがだ? 重かろう……」ストーンコールドはカラテ集中しながら言った。「これぞ私のジツ、オモイシよ!」
 ……おお! 読者はこのジツをご存知か? ストーンコールドに憑依したウブメ・ニンジャのユニーク・ジツは、任意の範囲に局所重力を発生せしめる! その重さ、最大なんとスモトリ666人分に及ぶ!
 狂気に囚われていたストーンコールドは、このジツを自身の移動と回避にのみ用いていた。彼の神出鬼没はこの局所重力制御のもたらす無音移動によるものであった……しかし、それは曖昧な狂気の狭間における無意識の使用でしかない。
 だが今! ジツはソウルとともに完全なる覚醒を果たした!
「グウッ……」
 アンバサダーが呻く。 ビシビシビシ! 足元の亀裂が更に広がる。彼の全身が局所重力に押さえつけられているのだ! ギシギシと軋む肩! ミシミシと鳴る足! そして、

 KKKRRRAAASSSHHH!

 周囲の長椅子は粉々に砕け、金属パーツがタイルに食い込む!
「グワーッ!」
 アンバサダー絶叫! 局所重力荷重が彼の全身を軋ませる!
 しかし、前かがみになったアンバサダーは、瞑目し、なんらかのカラテ集中を続ける。
「ククク……アイサツせよ、アンバサダー=サン。そして攻撃してこい。さもなくばオモイシ・ジツが貴様をノシ・スシにするぞ!」
「グウッ……」
 だが、アンバサダーはひたすらに瞑目し、構えを崩さぬ! がくがくと震える膝がゆっくりと曲がり、軋む背骨がエビめいて曲がっても、彼は堪えて、一向にイクサに転じようとせぬ……なぜ?
「……よかろう」
 ストーンコールドの瞳が銀色の光を放つ……ニンジャソウル全開! 全力のオモイシ・ジツが華奢な体に襲いかかる!
「グワーッ!」
 アンバサダー絶叫! その胸が膝に着き、苦悶の表情を浮かべる顔中に汗が吹き出し、平安時代風のトラディショナル意匠メンポから血が滴る。
「死ね! ノシ・スシとなって死ね!」
「……オイ」
「え?」
 振り返ろうとしたストーンコールドの頭が背後から押さえつけられた。
「死ぬのはテメエだ」
 ボウ! アイアンクローめいた手に超常の炎が発生。
「グワーッ!」
 頭全体を炎に包まれストーンコールドが絶叫。バタバタと身もがくが……イグナイトは彼の頭を放さない!
「サヨナラ!」爆発四散!

◆ ◆ ◆

 ……数分前!
『01兄10さ11ん!』
 キョート某所の静謐なドージョーにアグラする男のニューロンに、遠く離れた弟の絶叫がこだました。
『00兄さん!』
 数日前から弟が意図的にほどこしていた精神シールドが開放され、二人の間にこれまで通りのテレパス通信が回復!
『助けてくれ、兄さん‼』
 そして、決壊ダムのごとく流れこむ情報からアンバサダーの現状をあますところなく知り得たディプロマットは、すぐさまカラテ集中……即時双方向ポータル開通! 次の瞬間!
「ウオーッ!」
 ポータルを通過して現れたものは……真紅の火球! いや、炎のニンジャ、イグナイトだ!
「ウオーッ!」
 出現したイグナイトはドージョーのタタミに転がる! 時速八十八マイル疾走痕跡めいた青い炎が焼け焦げ轍を刻む! さらに!
「ゲエーッ!」
 片手でマフラーメンポを引き下げ、その場で嘔吐!
「ホギャー!」
 イグナイトの胸で赤子が泣いた!
「イグナイト=サン!」
 ディプロマットがその名を呼ぶと同時に、双方向ポータルがフィルム逆回転めいて消失。ポータル開通にはある程度の精神集中を要するのだ。
「ヘッ……ドーモ、ディプロマット=サン」
 上体を起こし、空いた手で口元の吐瀉物を拭ったイグナイトがアイサツ。
「ホギャー!」
 赤子が泣きわめいた。しかし、
「泣くンじゃねェ!」
 イグナイトが一喝すれば、
「……ダア!」
 涙まみれの顔が元気よくアイサツした。
「ヘッ」
 イグナイトが笑った。
 そして立ち上がった。
「もういっちょ行くぜ」
 赤子を抱いていない手で器用に首のマフラーを外すと、赤子の顔を優しく覆った。

「すぐ済む……ダイッジョブだ。アタシが絶対、守ってやる」
「ダア!」

 そして、ディプロマットに顎でポータル開通を指示する。
 ……読者はご存知だろうか。ディプロマットとアンバサダーのポータル通行は、いかなる理由かは判らねど、三割の可能性で落命、ないしは身体欠損級の傷を受ける。実際危険な方法だ。ミヤモト・マサシの『ウサギ穴にも咬まれる可能性』という格言を思い出さざるを得ない。
 だが……その危険を冒して赤子を救ったイグナイトは、さらに同じ危険を冒して……⁉
「イグナイト=サン」
「あン?」
「よくぞ……」ディプロマットは続く言葉を発しようとしたが、「クッ……」感極まって喉が詰まる。
「ケッ」片腕に赤子を抱いた女は、目に涙を浮かべながらにこちらを見る男へ、逆キツネサインを繰り出した。「メソメソしてンじゃねェ。辛気臭ェンだよ」
「頼むぞ」
 ディプロマットは再びポータル集中に入った。
「……ヘッ」
 プイと顔を逸らしたイグナイトは、三割死の危険潜む超自然ポータルへ……
「イヤーッ!」
 決断的なエントリー!

 ……静謐なドージョーに残された男は、ポータルを維持しながら、弟のテレパスを待った。
 彼の背後にひっそりと寄り添う、声なき侍従オイランが手を伸ばし、そっと、その肩に触れた。

◆ ◆ ◆

「ハァーッ! ハァーッ!」
 マンナカ・テンプル大聖堂に横臥したアンバサダーは、軋む手でメンポをむしり取り、荒い息を吐いた。ポータル維持のためのカラテ集中に加え、オモイシ・ジツの攻撃に耐えた彼のニンジャ耐久力は実際限界に近い。
 ……その視界に、不健康に痩せた脚が現れた。
「よお」
「……おお」
「立てるか」
「……」
 アンバサダーはジョルリめく自分の体を叱咤し、無理やり立ち上がらせた。
「できンじゃねェか」
「……舐めるな」
「ヘッ」
 イグナイトの腕の中で、『地獄お』とプリントされたマフラーが動いた。赤子が顔を出し、
「ダア!」
 笑った。
 アンバサダーは、思わず足元を見下ろしていた。そうしないと、なにかが溢れてしまいそうだった。自分の胸からこみ上げてくるものがいったいなんなのか、若い彼にはわからなかった。
 うつむく彼の足元に、ネギトロめいて爆発四散したストーンコールドの亡骸。ネオサイタマの……いや、マッポーの世の理不尽と、憑依したニンジャソウルにより、狂気に囚われた男。子を殺す男。子を得るために、かつての自分のような親を殺戮した男。
 ……アンバサダーは顔を上げた。
 イグナイトと赤子がいた。戦闘の余韻……超自然の熱波を全身から立ち上らせる女。その腕に抱かれ、微笑む赤子。
「オーヨチヨチ」イグナイトがモージョーを唱える。
「ダア!」赤子が笑う。
 背後に二重写しになって見える、ブッダ生誕の図めいて、それは母子像と見えた。
 もちろん本物の親子ではない。むしろ親のない子同士が寄り添っている……それはアンバサダーも同じだった。
 ……ふと、彼のニューロンに閃くものがあった。
 子を奪うため、親を殺すニンジャ。
 そして、親を殺された子。
 そのシチュエーションの偏差が彼のニューロンにダブめいて重層化し……ある像を結んだ。
((……兄さん))
『ああ』
((僕たちの仇敵は……まさか))
『わからない……だが……ない話ではない』
 兄がテレパスにそう答えながら、ニューロンに同じ疑念を根付かせたと気づいた瞬間……アンバサダーの脚が、体がよろめいた。
「アッ」
 倒れこむ先は……赤子を抱いたイグナイト!
「ウオッ!」
「ダア!」
 三者はひび割れタイルにドミノめいて倒れこむ!
「すまん」
 そう詫びたアンバサダーの目の前に……目を閉じたイグナイトの顔。
「イテテ」
 小ぶりな鼻の下、小さく開いたくちびるが、実際、可憐。
「重いよ」
 吐息混じりの声が艶めかしく……。
「イグナイト=サン」
 アンバサダーはそっと……女の顔に……己の顔を近づけ……目を閉じた。

「ダア!」

 顔が小さな手に押し返される! 赤子の手だ!
「……!」
 刮目するアンバサダーが見たものは……怒りに燃える炎の双眸!
「テメエ」
「……すまん」
「兄貴と違ッて寂しいからッてよ、手近で済ませようッてのか!」
「ダア!」
「違うのだ、これは……」
 その時!
「「「「「マンナカ!」」」」」
 テンプル大聖堂に響く複数の声!
 イグナイトとアンバサダーが声のする方を見れば、そこにはバトルボンズ一個中隊! 手に手にボー、サスマタ、サブマシンガン、ショットガンといった完全武装!
「神聖なテンプルに忍び込む賊め!」後方に控えるジジューチョが絶叫!
 B‐RATATATATATATATA! BLAM! BLAM! BLAM!
 バトルボンズ火器一斉射撃! 飛来した無数の重金属弾頭がイグナイト、アンバサダー、そして赤子を襲うが……、
「イヤーッ!」
 赤子をアンバサダーに押し付け立ち上がったイグナイトが両手を打ち振るう!
 BOOM! 宙を流れる炎の帯が瞬時に銃弾を融かし尽くす!
「「「「「「ニンジャ⁉ ニンジャナンデ⁉」」」」」」
 超常の存在・ニンジャを認識したバトルボンズ一個中隊と指揮官ジジューチョが一斉にニンジャリアリティ・ショック発症!
「切り抜けるぞ!」アンバサダーが叫ぶ!
「おう!」イグナイトが応える!
「ダア!」赤子が続いた!
「イィィィヤアアアアアアーッ!」
 イグナイトがカラテ集中! 突き出した両手の直前に、太陽めく火球発生! みるみる巨大化!
「「「「「「アイエエエエエエエエ!」」」」」
 慌てふためくボンズたち!
「やれ」
 ステンドグラスに飛び上がるシルエットのうち、赤子を抱いた男が言った。
「ハァーッハッハッ!」
 炎の如き女が邪悪な笑みを爆発させ……
「イヤーッ!」

 KA‐BOOOOOOOOM‼

◆ ◆ ◆

『日刊コレワ』総合面より。

昨夜、由緒正しきブッダの孤児院として知られる『マンナカ・テンプル孤児院』で原因不明の爆発事故。駆けつけた消防機動部隊により火事は最小限に抑えられたが、警察の捜査により孤児院が違法略取、人身売買を行っていた非人道的事実が明らかになった。この事実を知ったタダオ大僧正のコメントは以下の通り。『教えを曲解し、私腹を肥やさんと悪用したジジューチョ僧正に正しきブッダの裁きが下ったものでしょう。誠に遺憾なことですが正義は行われたのです』しかしこんな暗黒非合法行為を看過した現政権には決断的政権交代が必要だ。

「フーン」
 記事から顔を上げたのは、身の丈七フィートになんなんとする長身。美しいマニキュアの施された指で几帳面に紙面をたたみ、カウンターに置くと、店の奥から顔を出した少女に声をかけた。
「言ってくるわ。開店までには戻るけど、一人でダイッジョブね?」
「ウン」
『絵馴染』と書かれたノーレンを、深紫ラメのコートを着た長身がくぐる。
 午前中のネオカブキチョ、ニチョーム・ストリートは、闇落ちて後の退廃的なきらめきを微塵も思わせぬ質素なたたずまい。そのアスファルトに、コートの裾からのぞく、均整のとれた網タイツ脚の先、ピンヒールがコツコツと音を立てる。
 やがて……ピンヒールの足音が途絶える。場所はニチョーム・ストリート入り口、曇天にその異様をそびやかすエロチックブッダ像の前。
「ドーモ、ネザークィーン=サン。フェイタルです」
 ピンヒールの主を待ち受けていた、豊満な肢体を奥ゆかしいキモノに包んだ金髪の女がアイサツ。
「ドーモ、フェイタル=サン。……ザクロでいいわ。今は、ね」
 ニチョーム・ストリートの用心棒ニンジャ・ネザークィーンにして、バー『絵馴染』の主人・ザクロはそうアイサツを返した。
「そうだったな」
「ドーモ、ザクロ=サン。アンバサダーです」
 フェイタルの隣に立つ、高級耐酸性コートの男……アンバサダーが奥ゆかしくアイサツ。
「アーラ、アナタがフェイタル=サンの上司ね。……いい目してるじゃない」
 ザクロは微笑んで、
「でも、ちょっと遅かったわね」
「……何が?」
「ちょっとね」
「ダア!」
 アンバサダーの胸で声がする。
 ザクロは声の主……アンバサダーの胸に抱かれた赤子を見た。
 その目が輝いた。
「ンマ! カワイイなアカチャン!……この子ね、フェイタル=サン、アータが預けたいって言ってたのは」
「そうだ」とフェイタル。
「是非お願いしたい」とアンバサダー。「フェイタル=サンから聞いたのだ。貴方とここ、ニチョーム・ストリートであれば信頼できる、と」
「聞いただけで判断したってワケ?」
 ザクロはあえてそう訊ねた。
「調べもした」アンバサダーは毅然とした態度を崩さない。
「……アラ、じゃあ、ここしばらくうろついてたのはアナタだったの?」
「違う」
 アンバサダーはしばし口をつぐみ、
「……だが、信頼できる者だ」
「フーン」ザクロはその割れたアゴに美しい指を当てた。「でも……いいのかしら。ニチョームはアナタたちザイバツの傘下じゃない。自治区よ。アマクダリとも取引してる。……言わずもがな、ってところね。アタシたちが裏切る可能性も」
「考慮した上での決定だ」アンバサダーの声が真剣味を帯びる。
「……秘密取引。そうね?」
 ザクロは念を押した。
「そうだ」
 アンバサダーが視線を外さず小さく頷いた。
「貸し借りなし?」
「そうだ。この子はネオサイタマのモータル……人間だ。我らザイバツとともにあるべきものではない」
「ここがどんなところだかわかってるわね? この子がどうなってもいいのね?」
「我らの関知するところではない……だが」
「だが?」
「子とは、そういうものだろう」
 そう言ったアンバサダーの目に、ザクロは、決断的な光を見た。
 ザクロは再び赤子に視線を向けた。赤子の目、頬、口、手、服に瞬時に目を光らせ……そして、赤子が彼らにどのように扱われたかを知った。
「……フーン」
 ザクロは目を閉じ、
「いいわ!」
 パンと手を打つ。
「この子は、このザクロが預かったわ。幸い、こういう子はここにたくさんいるし。育てたいってコたちも、ね」
「……ありがたい」
 アンバサダーは深々とオジギした。そして、赤子を見た。
 じっと、見つめた。
 ……顔を上げ、アンバサダーは進み出た。ザクロも応じた。
 エロチックブッダ像の下、赤子は腕から腕へ渡された。
「フニュ?」
 ザクロの胸に抱かれた赤子が、頑是ない顔をザクロに向け……
「ダア!」
 笑った。
「……フゥー」アンバサダーが息を吐いた。
「カワイイ」ザクロが呟いた。

 ……これらの光景を、ニチョーム・ストリートに林立するエロチック雑居ビルの一つ、その屋上から見ているものがいた。
 彼女はビルの縁に立ち、腕組みし、じっと見下ろしていた。彼女が見守る中、赤子を受け取ったザクロに、アンバサダーとフェイタルが深々とオジギした。そして決然と身をひるがえし、ニチョームを出て行った。
 ……それでも、彼女はそこにいた。残されたザクロを……いや、その腕に抱かれた赤子を、じっと見つめていた。

 二人のニンジャが姿を消し、そこで初めて、ザクロはずっと感じていた、刺すような視線の主を振り返った。
 エロチック雑居ビルの一つ、その屋上に立つシルエット。近未来メガロシティの……マッポーの世の、けして晴れることのない曇天を背に、原初の炎めいてゆらめく姿。
 その、生ける炎が手を突き出した。
 キツネサイン。
 そのサインに、ザクロが気を取られ、表情を見定めることができぬうちに、
 ボウ!
 炎の輪が閃き、女は姿を消した。
 ザクロは、腕の赤子を見下ろした。
 赤子の瞳には、宙に消える火花が……確かに、映っていた。

エピローグへ続く


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"Ninjaslayer"
Written by Bradley Bond & Philip "Ninj@" Mozez
Translated by 本兌有 & 杉ライカ
Twitter:@NJSLYR
日本語版公式URL:https://diehardtales.com/m/m03ec1ae13650
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いただきましたサポートは、サークル活動の資金にさせていただきます。