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ザ・マレフィセント・セブン #3

◆三人目◆

 ショーグンになることを夢見るニンジャがいた。名は、フライングキラーという。

◇ ◇ ◇

 かつて、平安時代はカラテが支配する時代であった。だから、ニンジャに限っていうならば、誰もが栄達の機会を与えられているも同じだった。
 だが、現代にはそう簡単にゆかない。ニンジャは影の存在となり、世界は複雑になった。金、政治、ネットワーク……純粋なカラテ以外にあらゆる力が存在する。

 しかし、ここに希望がある。
 ロード・オブ・ザイバツしろしめすニンジャ千年王国を提唱するザイバツ・シャドーギルド、その目論見であるニンジャによるモータル完全支配が成功した暁には、再びカラテが支配する時代がやってくる。ニンジャに限って誰もが栄達の機会を与えられる時代が。
 そうなれば、ロードは名実ともに現代のショーグン・オーヴァーロードと御なり遊ばすだろう。そして、ロードの千年王国では、彼にカラテを認められたショーグンが、御力を実地に代行することとなる。
 そう、ショーグンとは、背負うものや存在価値がただのニンジャとは大きく異なってくるのである。

 ショーグン・オーヴァーロードに認められてこそ、ニンジャ支配千年王国からその称号を与えられてこそ、ショーグンとなることが可能なのだ。金をどれだけ持っているか、政をどれだけこなすかなどのことはショーグンには関係ない。いや、関係ないこともないが、それ以上に大切なものがあるのである。
 ショーグンとは軍団の長である。平安時代、そしてエド戦争時代にそうであったように、あるじのために闘い、あるじとその支配する世界を守り通す、栄誉ある戦士の長。当然、そのためのカラテを持つことがショーグンへの第一歩であろう。
 フライングキラーは己のそのカラテが宿っていると思っていた。ニンジャになって十四年、思い返してみても、彼のカラテは年月にふさわしい成長を遂げた。
 この自負が、今宵、フライングキラーをして、裏切り者の追跡へと駆り立てた。

◇ ◇ ◇

 そして今、フライングキラーの目の前で、ラパチーニの首から下が糸の切れたジョルリめいて敷砂に倒れ、爆発四散した。彼の「フライングキラー・ジツ」は今回も敵を一撃で倒した。
 二枚のシンバルの縁を刃物めいて研ぎ澄まし、血の滲むような修行となんらかのネンリキによって意のままに投擲するジツ。彼の仕えるグランドマスター・サラマンダーはこのカラテを高く評価した。
 これをありがたく受け取りつつ、フライングキラーは内心でサラマンダーを侮蔑した。

 なるほど、サラマンダーは政治、金、カラテの三本柱でグランドマスターと認められている。特にカラテは、類まれな観察力と実戦によって研ぎ澄まされてきた。
 しかし、ネンリキまでは真似られまい、盗まれまい。フライングキラーは己のジツがなんらかのネンリキも用いることを、上司にも隠していた。

 おれはいずれサラマンダー=サンを超える。ゲコクジョだ。もちろんロードの御支配によるニンジャ千年王国が立ち上がるまでは、彼の下にいよう。しかし、ひとたびニンジャ支配王国が立ち上がれば、東のソウカイ・シンジケートとイクサになる。いや、噂によればその時は近いという。
 そうなれば、おれのカラテは、フライングキラー・ジツは、文字通り戦場を駆けるキンボシとなる。いまでこそ一介のアデプト位階だが、戦功を挙げマスター位階に、いや、グランドマスターにもなろう。そしていずれ必ずショーグンに! ……イクサとはゲコクジョの場でもあるのだから。

 ……そのようなことを考えながら、飛び戻ったシンバルをその手に掴んだフライングキラーは、右の掌に焼けるような痛みを感じた。
 思わず取り落としたシンバルが敷砂にななめに突き刺さった。驚いて見た己の掌に、フライングキラーは蛍光緑のみみずばれが文字となっているのを発見した。

 その文字が、断末魔の瞬間、ラパチーニが自分の首を乗せて飛ぶシンバルに、舌で書きつけた毒血の転写と気づいたかどうか。
 ともかく、死せるニンジャのノロイめいて、みみずばれは恐るべき秘密を語り、秘密はフライングキラーのニューロンに焼きついた。

 彼は四肢が末端から冷えていき、うらはらに胸の中心が赤熱するのを感じた。
 耳の奥で、破裂寸前の心臓が熱い鼓動を繰り返しているのが感じられる。頭のなかで、ニューロンがついさっき知った秘密に耐えきれず、悲鳴を上げているのが感じられる。

 ……彼は素早く辺りを見回した。
 追跡の相棒であるスクライルと目があった。

「おい、どうした」

 ドクロめいたメンポのニンジャは近づいてきた。

「やや、その手はどうした。何か書かれているぞ」

 フライングキラーの目が恐怖に見開かれた。彼はすばやくネンリキを働かせ、敷砂に刺さったシンバルを操作した。

 SLASH! スクライルの首が宙を舞った。

「アバッ」

 同時に、漆黒ステルスニンジャ装束を着た体がジョルリめいて敷砂に倒れ込んだ。
 遅れて落下し敷砂をざわつかせたスクライルの首が「サヨナラ!」断末魔を叫ぶのを背に聞きながら、フライングキラーは恐怖に駆られた足取りで枯山水トコノマを後にした。ショウジ戸に遮られ、爆発四散はくぐもって聞こえた。

 フライングキラーは気力を振り絞り、フスマをスライドさせ、ショウジ戸を蹴破り、訓示ショドーを翻して走った。自分の運命がねじまがってしまったことの絶望が彼を孤独にさせ、狂気へと駆り立てていた。

どうしてこうなった……どこで間違えたのだ……これでは、これでは……おれはショーグンになれないではないか!それどころか「厄介者[マレフィセント]」になってしまっているではないか!

 幾つかの茶室とカラテルームを抜けたフライングキラーは、ウルシ塗りの回廊で立ち止まった。彼の目に、カケジク型モニタと、その冷たい光い照らされた階段が映った。カケジク型モニタは「マピロ・マハマ・ディロマト」の古代ニンジャ言語をモージョーめいて映し出していた。

 そのモージョーの示すところを理解したフライングキラーは、メンポの奥で安堵した。

 そうだ、まだおれの運命は決まりきってはいない。こんなくだらないことでつまずくのはまっぴらだ。逃げ切ってみせる。そして……そして、どうする?

 彼は自問しながらカケジク型モニタに近寄った。
 もはやキョート城にはいられぬ。まずはこのシュートを用いて脱出だ。そしてビジター区を、一般公開エリアを抜け、キョート市街に潜伏する。

 追手はおれのジツの正体に気づくまい。何人きても殺してやる。そして……おお、そうだ、そのキンボシを手土産に、新たな希望へ……ソウカイヤへ!

 彼は血走った目をぎょろつかせ、再び己の運命を見た。それはねじまがってなどおらず、よしやこの先ねじまがることがあったとしても、彼のネンリキとカラテで軌道を変えることができそうだった。

 おれはショーグンになる。そういうカラテを持ってニンジャとなったのだ。けして厄介者などではない、断じて!

 カケジク型モニタの裏に隠された、緊急脱出用シュートの入り口へ両手をかけたフライングキラーは、すでに己の運命を恐れていなかった。かえってショーグンになれる機会が早まっただけだ、と思っただけだ。
 大きく息を吸い込むと、数階層を貫くシュートに身を躍らせた。

 だが、彼は己の狂気に気づいていなかった。
 また、彼の滑り落ちる狭いシュートが己のジツを封じる最悪のロケーションであることにも、そして、裏切り者の逃走経路を察知した追手が潜んでいるであろうことにも……彼はここで第四のニンジャに出会ったのであった。

◇ ◇ ◇

 ショーグンになることを夢見るニンジャがいた。名は、フライングキラーという。
 夢は夢にして終わった。

#4へつづく


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"Ninjaslayer"
Written by Bradley Bond & Philip "Ninj@" Mozez
Translated by 本兌有 & 杉ライカ
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