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目の前のことに全力を尽くす?

2021年8月16日、日本の総理大臣である菅首相のコロナ対策に対する記者会見での発言の一コマである。
目の前のことに全力を尽くすとは非常に良い言葉であり、かつそれは絶対に必要なことであり、そうしてもらわないことには国民はたまらないことになる。
この言葉自体にはそれほどの違和感を感じない・・・・であろうか・・

仕事ってなんだ

私たちはお店に行くときは消費者(=お客)であり、会社にいるときは仕事人(=業者)の立場である。
このことは考えると当たり前のことなんだけども、自分が消費者であるときに目の前にいる人は仕事をしてくれる人で有り、その人に対して思うことがある。それが良い印象でも悪い印象でも。
でも、不思議なことに自分が仕事をする時にお客が自分を仕事をしてくれている人とみているという意識がどうしても薄くなってしまうことがあると思う。
仕事をすることに対する価値観を明確に持っている人はこの様なことはないと思うが、自分がお客の立場になったことを明確に意識したり、仕事人としての立場を明確に意識していない場合にはその感覚はずれてしまうことがよくあると思う。
世の中の経済は基本的にこのお客と業者という立場があることで成立しているものであり、ほぼ全ての人は両方の立場に日常的になっているので、その目線で考えると仕事ってもしかしたら非常に簡単に理解できるものなのかもしれない。
これは国民の立場と為政者の立場の違いに置き換えると、今の政治家が何を考えるべきかがはっきりすると思う。

新人君がよく眠たそうにしていること

最近の新人に限らず、昔から仕事をしている時に眠たそうにしている人、もしくは居眠りしている人が良くいる。打合せの時に、「フガッ」といういびきに周りの目が集まる人がいたりする。
特に、指示待ち族の感覚が抜けていない新人君は、それが会社であろうと、お客様先であっても、居眠りしたりする輩がそこそこにいるんだよね。
で、そのことはおいらの所には当然ながら報告が上がってくるんだよね。
まぁ仕方ない状況もあるのかもしれないけど、お客様先で居眠りしているという感覚はどこから来るのだろうかと考えてみることしきりなんだよね。
その若者と会話する機会があり、おいらはこんな風に説明するんだよね。
「君がもし携帯電話を修理に出した時の事を考えてみて。その金額が自分のお財布の中身からするとかなり高くて痛いなと思っていたとするでしょ」「はい」「そんな時にその修理している人とかその仕事場にいる人達が居眠りしたり、ウトウトしていたらどう思う。そんな会社に高いお金を払いたいと思う」と聞くと当然の事ながら「気分悪いです。」「別の業者に頼みたいです」と答えてくるわけだ。
それを逆の立場として考えて見てと説明するんだけど、当然のことながらお話としては理解して「そうですね。注意します」と回答はあるけど、叉居眠りするんだよね。
頭でルールとかの認識はしていると思うし、そのことに対する条件反射的な回答などはするのだろうけど、それが自分の物になっていないんだよね~
その人の本質的な問題なのか、後天的に教えてもらっていないのかは知らないけどさ。
これも、相手の立場に立って考えて見ることが必要となる仕事として必要な要素だと思う。

問題解決に向かって

会社では色々なことで問題が生じてそれを解決するために色々と議論したり考えたりするわけだ。それが利害関係が不一致していたり、過去の慣例を改めたりする場合には、調整が難しかったり、論理的にものごとを整理したりして神経を使うわけだ。
その結果、色々と話をして良い結論が出た時は良かったという事になるんだけど、それと同じような問題が少し違う観点で生じた時に以前に話をしたことをすっかり忘れている人達が本当に多いんだよね。
これは記憶する能力がないとか、頭が悪いとかいうことでは無いと思う。
目の前にある問題を条件反射的な対応として片付けるという姿勢で臨んでいる人によく現れる現象だと思う。
特に管理監督責任者で、ものごとを調整する人とか、自分の感情感覚のみで解決仕様とする人達によく見える現象なんだよね。
とにかく目の前にある問題を解消することが最大目的であり、将来的に見て問題が内在しているのであれば本質的な解決策を見つけて、例え遠回りであっても本質的な解決を考えるということをしなくなってきている人達に起こる現象だと思う。
一定の年齢を重ねて、複雑なものごとを丁寧にならべ、比較し、検討し、やり直し、はたまた最初から全てをクラッシュ&ビルドするような手間がかかることに対する忍耐力がない管理者はこの傾向が酷くなるんだよね。
「そんなこと言ったっけ?」とか「覚えていないな~」とか言われると絶望的な気持ちになることがよくあります(笑)
今の政治家は過去に解決した問題に対するアプローチとかその時の反省を生かすという考え方が不足していることになっていることと同じようなことが起こっている気がして仕方が無いと思う。

他に選択肢がないことについて

仕事って一生懸命やる必要があると思うかと聞かれたら、ほとんどの人はそうだよと答えると思います。まぁ当たり前だよね。
でも、これを逆の観点から見た場合、仕事を一生懸命やらないという選択肢ってあるのかな?
その選択肢はないというのが答だと思う。
ということは一生懸命やるのは、それをやること自体が仕事であり、一生懸命やるという意識を持つこと自体が仕事に対する姿勢としては不足していると思うだよね。
よく、会社の若者達に向かって「選択肢がないものは選んでいることにはならない」という説明をするんだけど、それしか選択肢がないものは、それを選ぶのではなくやらなければその仕事自体が成立しなくなる訳なんだよね。
それをやるという選択があるということは、その裏にはそれをやらないという選択肢があり、それを比較した時に「やる」事になる。
または「それをやる以外には選択肢がない」という他に選択肢がないZEROという選択肢があるという考え方なんだけどね。
いずれにせよ、ZERO(NULL、ない)という選択肢も含めて何をするのかを考えることが非常に重要なんだよね~
今目の前にあることを全力でやるのはそれしか選択肢がないんだよね。
このことを本当に考えて欲しいなあ~。

総理大臣として

国民のことを考えること、一生懸命頑張ること、目の前にある問題を解決すること、必死な思いで何かを決めること。
これは総理大臣としてやらなければ総理大臣としてそこに存在してはダメだと思う。
そんな当たり前のことを総理大臣その人の口から「目の前のことに全力を尽くす」という発言を聞いた時に、かなり絶望的な気持ちになってしまいました。
あなたは「目の前にあることに全力を尽くさないことがあるの?」と思います。それをやることは当たり前です。
例え、今は大変でも近い将来に必ず目標を達成することができる手段を提示するのがリーダとしての役割でしょうに。
目の前にあることに全力を尽くすのは政治家ではなく、官僚のやる仕事です。職業としての官僚がやることを政治を行う一国の総理大臣が真剣な顔をして記者会見で発言するという、現実的に目の前にサラされている日本国民達はどうしたら良いのだろうか。
こんな価値観で動いている人達がコロナ禍を解決するための対策を考えることはできないと思います。
これまでの発想としてワクチンを打てばコロナ禍は収まるというある時点では正解だったことだけを盲進して、それの例外が発生するリスクを考えずに目の前にあることだけを対処するというやり方しかできない人達には退場していただく布かないと思う。
とても難しいことを要求していのか?いや、仮にも日本という先進国(最近は先進国ではないような気がしているけど)の代表として世界にも影響力を持っているはずである総理大臣とか第1政党がこのレベルであることに非常に強い危機感を持っています。

自助共助公助とは

今の総理大臣の所信表明演説で話題となった自助共助公助というスローガンがあります。
コロナ禍については、最初から最後まで現在に至るものとしては、自助以外のお願いしかされていないと思うんだけどさ。
まぁ次にある共助まではみんなで頑張るとか、病院にお願いするといかいうことで実現しているとは思うけど、それは政府がお願いしているのではなく、そこにいる私たち及び医療従事者のモラルにより実現していることで、政治家に共助ということを言われなくてもやるものであるんだよね。
その様な中で政治としての責任を果たす公助で一体何をするのかということが非常に重要になるはずなんだけどね。
何かの事情なり、何かできないことがあるんだとは思うけど、予算も何十挑円も繰り越しをしているような状況のままで公助をしてもらえなく、自分の身は自分で守るようにというアナウンスが聞こえてくることに背筋がぞっとします。
最近出たゾッとする話として、自宅療養する人に対する対策として「在宅診療の診療報酬額を上げる」という政策があったんだけど、もはや終わっているよね。お金を高くすればやるんでしょう。ということでしょ。これはお金を払うから共助で何かしてということでしょ。だって、そのお金は税金だし、我々の診療費がそれに充てられるだけなんだけど。
医療従事者を馬鹿しているというようなことになっていることに気づいて欲しい。問題の本質が診療報酬が安いから実施しておらず、その結果自宅療養する人が増えているというエビデンスがあれば別だけど、絶対に違うもんね。

最後に

本当にこのまま行くと飛んでもない未来が待っているような気がします。
気候変動も凄いことになっているし、これに対する政策は今のニカイさんが言っている国土強靱化計画でしょ。未だに公共事業を基に考えていることという発想は古すぎるよね。そんなスピードで時代は流れていません。何十年に一度の災害が毎年、今週に至っては毎日続いています。どうすれば良いのでしょうか、ニカイさん。
でも、この話をすると「ではあんたなら何をするんだ」って言われるとは思うけど、それは議論のすり替えです。過去の成功体験に引きずられて何かをする人は必ずどこかで失敗します。成功は偶然であることの可能性が高いからね。問題が無いときに問題が発生したことを考えるのが政治家です。問題が発生したことを解決するのは政治家の仕事ではあるけど、本質的な仕事ではありません。国家百年の計と今日この日の問題を同時に解決するのが政治家です。
また、もし万一このコロナが致死率が数十%の病気だったした場合に、今の状況では何万人もの人がバタバタ死んでいくようなことになっているんだけどね。
でも、今以上の政策などが実施できたのかと思うとあまり変わらなかったような気もするのは気のせいでは無いと思う。
フクイチの時に、何号炉か忘れたけど、爆発しなかったので結果として今の日本があるという状況任せの結果オーライで積極的なことを国民にコミュニケーションを取らないという政治をいつまでおこなっているのだろうかね。当時の民主党の問題ではなく、今の自民党でも同じです。
本当に何かを変えないと近い将来に予測できないことが起こってしまいそうな嫌な予感がします。
あんまり政治家の個人に対して変なことを書く様なことはしてこなかったけど、ここのところの動きはあまりにも酷すぎるので書いてみました。


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