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息子の旅

パスポート

 夫が亡くなり、片付けを終えた時に、多めに取得していた住民票などが余りました。せっかくなので何かに使えないかなと考えて、当時小学校4年生の息子のパスポートを申請してみようと思い立ちました。

 直筆サインは親の代筆でOKでした。じっとできないので、証明写真の撮影には苦労しましたが、なんとかパスポートは取得できました。こんな息子でも世界を見に行く希望が生まれたので、とても嬉しかったです。まったく当てのない夢ですが、以後5年おきに更新するという、無駄使いを繰り返してきました。

 正直、知的障害者を海外に連れていくとことは私にできるのか、半信半疑でした。同じ障害者でも、知能がしっかりしている身体障害者とは、明らかに違うからです。興味がないので知りませんが、パラリンピックに知的障害者が出る幕は、少ないのではないでしょうか。障害者雇用もそんなようなものだと思っています。

旅の始まり 

 息子のお年玉は律儀に貯金してきましたが、彼は自分でお金を使う機会がありませんでした。中学生になって、思い切って旅に出ることにしました。準備を考えると、とても面倒臭いことでしたが、私はもともと旅が好きなので、頑張って出かけることにしました。こうして息子との旅が始まりました。

 少しずつ遠出の距離を伸ばして、あちこちを旅して歩きました。基本は娘がいるので、日帰りです。出雲大社、名古屋、敦賀、小田原、熱海、呉と始発で出発する過酷な旅でした。

 息子は地図や路線図を広げて見るようになりました。iPadで白地図に地名を入れるパズルゲームも楽しみ出しました。世界地図でも遊び出しました。サッカーやラグビーの試合も見に連れていくと、「ここには、このサッカーチームがる、」とチームのある都道府県を、教えてくれるようになりました。

 そのうちに武者の兜や甲冑に興味を持ち出し、全国の博物館を検索して、「ここに行きたい」アピールするようになりました。鉄道や飛行機、船にも興味を示したので、自衛隊祭りに連れて行き、珍しい乗り物を見せました。

 2時間ドラマを見ては、その場所に興味を持つようなので、ロケ地をめぐることもありました。「小田原殺人事件」のワンシーンに小田原城内に武者甲冑が背景に映り込んでいたのを見つけて、「ここに行こう」となったこともありました。甲冑写真集にある加藤清正の武具を見たいと、東京国立博物館へ行ったりと、本の中の世界が現実にあることを教えていきました。

海外へ行く 

 興味あること、好きなことが、際限なく広がるようでした。それから数年過ぎ、満を辞して台湾に旅行に行く計画を立てました。バイクに興味を持っていた息子に台湾のバイクの大群を見せてみたくなったのです。

 出入国審査では障害者の付き添いはどうなるのかなど調べました。友人から「 disability(障害) 」と言う単語を教えてもらい挑みました。語学が得意な娘も同行してくれました。団体旅行でしたので、現地ガイドのBさんに、息子の障害については、伝えてはいませんでしたが、察して頂き、何かと心を配って頂きました。おかげで無事に、旅を完了することができました。彼女とは台北の空港で抱き合って別れました。

コロナ禍

 自粛生活ですが、息子は旅に出たくてウズウズしています。この情勢と私の体力的も、息子が海外に出る可能性は極めて低くなりました。

 それでも息子はテレビを見ては、本を開いては、あちこちに行きたいと楽しそうに、夢を見ています。希望を持って生きることは素敵なことです。せっかく生まれて来たのだから、生きていることを思いっきり楽しんでもらいたいです。ついでに私も、ちゃっかり旅を楽しませてもらいますので、息子には感謝をしています。

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