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その場で感じること

昔から好奇心は強い方で、マニアックな場所に足を向けてきました。

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東大安田講堂


テレビ番組で見た東大紛争の時の放水シーンが目に焼き付いていました。東京に行った際に見に行きました。念願の安田講堂は想像よりちっぽけでボロい建物でした。学生と機動隊がぎゅーぎゅーになって揉めていた場面と、私が見ている誰もいない安田講堂が同じ場所であることが不思議な感覚に陥りました。そのあと学生の手記や放水を指揮した佐々淳行の手記などを読みました。見にいく前に読んでおけばよかったです。

この旅行の際、三島由紀夫が割腹した防衛省のバルコニーにも行きたいと、あちこちに問い合わせをしましたが、結局見学日とは合わず断念しました。

築地周辺

次に東京を訪れた時、知り合いが聖路加病院に連れて行ってくれました。

当時聖路加病院で治療した医師の手記「緊急招集」を読んでいたので、現場を確かめに行きました。廊下やチャペルで酸吸入できる仕組みがあったので、多くの患者に対応できたと本で読みましたが、病院の中は思うより手狭に感じました。一般人が見に行けるのは外来ぐらいで、私が見たのはごく一部分なのですが。

地下鉄築地駅を利用しました。地下鉄の中でも古くに作られたので狭くて小ぶりな駅でした。地上への階段も狭く感じました。多くの悪条件が重なり重大な状況になったのだと思いました。

この後、村上春樹の「アンダーグランド」門田隆将「オウム死刑囚 魂の遍歴 井上嘉浩 すべての罪はわが身にあり」アンソニー・トゥー「毒 サリン、VX、生物兵器」いろいろな方向から事件の本を読みました。

戦争遺跡

あるとき硫黄島へ行ってみたいと調べましたが、遺族や遺骨収集でしか民間人は立ち入れないそうです。

梯 久美子「散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道」ジェームズ・ブラッドレー「父親たちの星条旗」どちらも名著です。

沖縄で旧海軍司令部壕を見学しました。おそらくここまでの規模ではないと思いますが、硫黄島の地下壕をイメージしました。

戦争はつい最近の歴史なんだけど、地下壕にはあまりにも乖離した世界が広がっていました。

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私は勤務中、阪神・淡路の震災の揺れに遭遇しました。その後、災害看護の研修に参加したり、佐々淳行の危機管理の本など読みました。パニックや恐怖からどう脱出するかが知りたかったのです。

事件現場や戦争遺跡を訪れるのは、物見遊山だと思われても仕方がありません、しかし、この場で何が起きたのかを知りたいのです。テレビの映像や報道の写真では伝わらないものは現地に行かねば伝わりません。

そしてその先には、「私が生き延びるにはどうすればいいのか」「その場に居合わせたのなら、どう行動すべきか」をを自問自答している私がいるのす。

でもどこへ行っても答えなどは見つかりません。わかるはずもない。私はその時、その場には居なかったから、だからこそ今ここに存在しているのです。


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