【連載小説・第七回】近くて遠い星の在処・7
中学三年生の「僕」は自らを煤けた石ころと呼び、特別な存在になることから逃げ回りながら生きている。
彼はある日、特別な存在である親友の手によって「星の王子様」と再会してしまった。しかし、僕が彼にキスをしてしまった事により、関係が崩れ、彼は抜け殻となって高校を卒業した僕の前に現れる。
「シュウ、14歳」編・「僕、18歳」編から成る二人の少年が「いつの間にか奪われてしまった自分の星」の在処を探す物語。
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近くて遠い星の在処
「僕・18歳――灰色の墓標②」
その週の土曜は遼たちとの集まりだった。
またくだらないことをして遊んで、最後は夜遅くまで望月の家でゲーム大会をする。
僕は昼前で集まりを中座し、重たいリュックを背負って片手を上げた。
「早いんだな」
遼がゲーム画面に目を離さぬまま言う。
いつも、僕は土曜の集まりだけは最後までいたからだ。知り合った大人に誘われても、土曜だけは絶対に応じなかった。
「まあ、色々あって」
「そっか」
彼は何も聞かないまま僕を送り出した。僕たちは相変わらず、余計な詮索をしない。
夕刻、俺はシュウと再会した駅に着くと、トイレに入って服を着替えて外に出る。
大人たちの視線を受けて穢れきった服――シュウの学校の制服だった。
なぜこの服を着ているかというと、シュウの抜け殻に着てほしいと言われたからだ。
待ち合わせ場所の駅前に到着すると、相変わらずシュウの抜け殻は銅像のままそこに立っていた。
曲がった背の先はぼさぼさな髪。
上下スウェットにダウンコートを羽織って両手をポケットに突っ込んでいる。
相変わらず酷い恰好だ。この間のに毛の生えた程度だ。
「ごめん、待った?」
「ううん」
「遼んとこ抜けるのにちょっと掛かって」
そっか、とシュウの抜け殻は過ぎる景色を眺めるかのように言った。
「……シュウも、遼たちとまた遊ばないの?」
抜け殻は黙って首を左右させた。
「遼のとこは眩しいから、あんなトコ行ったら生きてらんねーよ」
抜け殻の長いまつ毛の下は、相変わらず何も飼っていない空っぽの籠だった。
シュウだったものが何を抱えているのか、僕にはわからなかった。
あるのは嫌悪と呼ぶには複雑すぎる感情だけ。
シュウなら、そんな相手にどう立ち向かったのだろう。
今の僕ならシュウのようにできるんじゃないだろうか。なにせ、3年もシュウをしていたのだから。
「どこ、行く? 何しよっか」
僕はわざと明るく振舞った。『シュウ』をする時のように、なるべく目に光を貯めて目を細める。
「え、何それ……何でそんなテンション上げてんの?」
だが、抜け殻はよれた皮のような、彼なりの笑みを浮かべるだけで、意味などなかった。
僕は急に恥ずかしくなって、もう二度とやらないと拳を握った。
「嘘つかなくていいよ。おれといんの、つまんないでしょ」
そう言う抜け殻の言葉は、思いのほか僕の胸に氷柱のように突き刺さった。
つまらないなんて言葉で形容できるほど簡単なものじゃない。
僕は今すぐにでもこのシュウの形をした偽物にナイフを突き立てて殺してしまいたいと思っていた。
これ以上、シュウを汚さないでくれ。あの星に愛されたうつくしい少年を返してほしい。
「あれ、傷つけちゃった? ごめん」
「別に」
こんな時こそ、得意の興味ないふりだ。こんなガラクタに、僕のこの感情をわかられてたまるか。
コイツは金の発生しないオヤジだ。悪い客だ。そう思って処理をすれば平気だ。
コイツはシュウの名前をした、シュウとは違う存在だ。
「ねえねえ。その制服、似合ってんじゃん」
「……うざっ」
悔しくてぎりりと奥歯を噛んでぎゅっと拳を握る。
切ろうと思っていた爪が手のひらに深く深く食い込んで痛みを覚えた。
「ごめん、おれ、人じゃないから気持が全然わかんないんだ」
「人じゃないのは昔からだろ」
シュウは、元から人じゃなかった。独特の重力法則に則った星の王子様だ。
俺らのような石ころどもとは違う。
同じ人じゃないにしても、このシュウの抜け殻と以前のシュウはゴミ溜めと星程の距離がある。
「……そだね」
シュウの抜け殻は、何も映さない目で顔を上げる。
「お腹空いたし、ごはんでも行こ」
僕らが入ったのはセルフサービスの安いイタリアンだった。ごみごみしていて、店内は学生であふれ返っている。
店内のライトに当てられ、シュウの抜け殻の顔色がやけに悪い事に気づいた。
「何でそんなかけんの」
「え?」
シュウの抜け殻は、何度も何度もパスタにタバスコを振っている。
「あ、ごめん。これって普通じゃねーんだよな」
「うん、変だと思う」
だが、星を宿していた頃のシュウもそうだった。
牛丼を食べれば大量の紅ショウガと七味。カレーを頼めば一番辛いもの。
どうやら、この抜け殻はシュウに近い性質を持っているらしい。
「なんだよ。なんで笑ってんだよ」
「いや、お前がシュウなのかもしれないって」
「はぁ」
抜け殻は得心行ってない様子で激辛のパスタを頬張っている。だが、すぐに咳をして食事は中断される。
「大丈夫か?」
「平気……多分これ、伝染んねーやつだし」
抜け殻は、喉を鳴らして水をぐびぐびと飲む。僕は自分のたらこパスタに集中することにした。
シュウは先にパスタを食べ終えたようで、ぷちぷちとシートから薬を取り出し、それが手のひらで山になって二度に分けてごくごくと飲み込む。
風邪の時やアレルギーの薬ではないのか、見たことのない薬だった。
僕の視線に気づいたのか、抜け殻は唇の横の皮を寄せる。
「これはお守り。おれが暴れねぇための。……ねえ、きみ、違う学校だよね。何でその制服着てんの」
まだ食べ終わらないパスタを口に押し込めながら、僕は顔を上げる。
いつか聞かれるとわかっていたものの、ぎくりと後ろ暗い気持ちになるのは免れなかった。
「ウケがいいから」
「それだけ? 本当に?」
何も映さない瞳が、僕の心の痛いところを貫く。
パスタを一口食べ、咀嚼する。とにかく時間をかけようと思った。いくら抜け殻相手だろうと、これには覚悟を決めて白状する必要がある。
「供養のため」
「…………だれか、死んじゃったんだ」
その口調は抜け殻のおかしな言葉ではなく、煌めきを宿したシュウの物のように思えた。
そう、シュウの放つ言葉は綺麗で透明で、コロコロとした飴玉のようだったんだ。
「……大切な友達」
「そんなやつ居たんだ。もしかして、名前もそいつから借りてんの?」
「まぁな」
僕はまたパスタを一口食べる。味がしない。ゴムをくちゃくちゃと噛んでいるような心地だ。
その友達は、まさか本当に死んでしまうとは夢にも思っていなかった。
それが僕のせいなのではないかとずっとお腹の辺りで黒いものがぐるぐると渦巻いている。
「……そいつって、すっごく幸せだね」
シュウはごくごくと水を飲み干す。「どうして」と僕が聞く前に、シュウは水のお代わりを取りに行ってしまった。
だって、おれはその大切な友達の名を借りて、最低なことをしていたのだ。
この制服だって、大切に使っていたものの、大人たちの手垢や汗がびっしりと染みついている。
「なんでそんな顔すんだよ」
自分の分だけの水のおかわりをした抜け殻は、シュウと同じように涙袋で覆われた大きな目を見開く。
初めて表情が一致した気がした。今までの抜け殻は、通信の遅れたテレビ電話のようなちぐはぐな表情だったのに。
「おれなら、死んじゃっても忘れないでほしい」
「なんでそんなこと言うんだよ……」
といったところで、抜け殻が服の上から掻きむしって皺の寄って顕わになった手首に、赤い線がちらりと見えた。
僕は見てはいけないものを見てしまった気がして、もう一度視線をパスタに戻した。
まもなく食べ終わるパスタは、さっきからずっと味がしない。
「特に、きみに忘れられていないのは、すごく、すごく羨ましい」
そう言う抜け殻は、笑っていた。
光の宿っていない曇り空の夜の目を細め、心底羨ましそうに笑っていた。
だからといって、僕が真実を話すことなどできるわけがない。「実はあなたの名前でやってました」なんて言って互いがハッピーエンドになるほど、人生というのは甘くできていない。
「なあ――。どうしておれにこれ、着て欲しかったの?」
「だって、そうしてると、本当におれら、同じ高校で過ごしたみたいじゃん」
光はないが、シュウはたっぷりと蕩けた蜂蜜のように甘く笑ったような気がして目をこする。
頼りない火の粉が、抜け殻の瞳の奥の奥からちらりと見えた気がした。
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☆次回、僕は変わり果てたシュウの秘密を知ってしまい――。
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