失敗から学んだ、たった一つの「コンテストの落選対策」
はじめに
「なぜ私があそこまで落選が辛かったか」という話を書いても怒ったりはしませんでしょうか?
結局、私は託すものを間違えたという話です。
これは別に「矢御は傷ついた」という剣を振り回したいわけじゃなくて「みんなも気をつけようね」という話です
嵐が訪れた日
簡単に言うと教養のエチュード賞という賞に応募して落ちました。
落ちて荒れてめっちゃ迷惑をかけました。
そして、自分の感情が認められず、恥ずかしく、「3回も読んでくださったのにも関わらず」劣等感にさいなまれ、恨み言ばかり連発していました。
荒れた跡地は過去noteに書いているのですが、全文有料記事です。
お金を払っても特にいいことはないので見ない方がいいと思います。
嵐の核の正体
さて、なぜ落選して生死感が揺らぐまで傷ついたのか。
答えは、「応募したあの作品は私自身だったから」です。
既に中身がある彼には知らない世界かもしれないのですが、「何もない人間は自分そのものを作品にするしかない」のです。
正確に言えば、私は「自分には何もないと思っている人間」です。
応募作品は、ぶっちゃけると商業出版した作品(こちらと私の付き合い方も大いに問題があります)よりもずっとずっと「私そのもの」でした。
「これが選ばれなければ私という存在は終わる」ぐらいの大事件の気づきを記した作品だったのです。
そりゃぁ皆そうなんですけど、私にはひどく余裕がありませんでした。
なぜなら、あの当時は度重なる心労で自己への評価がゼロに限りなく近い状態だったからです。そして何より、以前より書けなくなっていたのです。
※安心して欲しいのは、これを書いている今はかなり元の状態に近く書けるようになっています。ただし、「根性」で押し切ることはできなくなりました。
とにかくまぁ、自分の傷を無視して「自分そのもの」の評価を他人に委ねようとしたのです。
必死でした。
今ならばわかるのですが、自分自身はその作品の評価を定められない(自己を肯定どころか否定しているから)のに、「他人に選ばれたならきっと私はまだ大丈夫だ、生きていていい」とまで思っていました。……それは選ぶ方だっていい迷惑でしょう。
でもまぁコンテストっていうのはそういう作品も紛れ込んでいるんだと思います。
そしてその結果は落選。ニ十選からも余裕で漏れていました。
とにかくその時の私は余裕がなかったのです。ちなみに色々あって窮地に立たされた状態でした。
まぁ、そういう状況ならばどうなったか。
知っている人はご存知の通り、とにかく人に迷惑をかけました。
知らない人は前章に戻ってください、という感じ。
教訓。自分の船のパーツは無暗に差し出さないこと
そんなわけで教訓です。
どうか、今一度自分を抱きしめられているか確認してください。
自分を抱きしめていない人は「自分自身のような」の文章の評価を他人に預けてはいけません。
じゃぁどうすりゃいいんだよ、と思うかもしれませんが、勉強した上澄みを預ければいいのです。
勉強は「好きなこと」も込みです。私で言ったらコメダ珈琲店でうまかったものとか、タロットカードの独自解釈の話です。
こちらが今回の教養のエチュード賞応募作品です。
ありがたいことに沢山の方にご好評いただいています。
これはれっきとした私の勉強の跡なので、確かに血は通っているのですが私自身とはまた違います。
そしてもう一つ、私もあなたも何もない人間ではないのです。
自分を瓶に例えたら何も入っていないように見えても、その道筋が必ずあります。
私は20代、必死に頑張ってきました。毎日泣いていました。
しかし、その頑張りが知識に結びつきませんでした。
それをひどく後悔しています。
だから知識人へのコンプレックスがすごく強いのです。
でも、多分もう一度あの20代を生きても知識人にはなれなかったでしょう。
そもそも、コンプレックスはあれど別になりたくないのです。
二十代の道筋には、私の苦悩がぎっしりと詰まっていました。
自己肯定感を埋めるためだけではない、「同じ思いをしている人を助けたい」という気持ちが沢山あったのです。
花開いたと確信したのは、商業出版ではなく、先日のnoハン会での占いでした。
沢山の方が傷ついていて、その傷を認められないことに気づかされたのです。
私は多分、読んだ人が真似したくなることを沢山書いていきたいんです。
これが私がエッセイストとして思いをはせる「あり方」なんだと思います。
読んだら自己否定している人が楽になれるような記事だって書きたい。
無暗に「傷ついた」と言って誰かに縋り、新たな傷を作るなんてことがないように抱きしめたい。
あたなの傷は、あなたが行動しなければ得なかったものだ。
だから、傷ついているあなたはその傷を抱きしめていい。
とにもかくにも、実践に限りなく近い記事を書く。
きっとそれは知識を蒐集するのが好きな人からは遠く離れた存在。
だから選ばれることはないでしょう。
でも、それでいいんです。
私の評価を最初に決めるのは私だから。
でも落選したらやっぱり落ち込むのでしょう。
その傷は正しいのです。頑張った証拠です。抱きしめていいのです。
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結びに
この記事の内容は、いまだに私が解放されていないことだ。いつも私は標本の中にいた。
もっと自由になりたい。本当は蝶じゃなくて人間だから、自分を抱きしめて生きたい。
そして嶋津さんまで「真似したい」と思うような作品を書こう。それが私の逆襲と償いだ。
それでも、私があなたを相手に戦いを挑んでいると思われていたことは、結構心外です。
そして「勝手にやっていてくださいね」的なことを言われたのも。(実際すごく寂しい訳だし)
でも、だとしたら今回の勝負は私の勝ちです。
だって、最初からこれは私が私に挑んだ戦いだったのですから。
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