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文理選択

 「とりあえず理系にしとけば?最終的に文系に進むこともできるし。」と友達に言われるがまま、何も考えずに理系の欄に丸をつけて、そのまま前の人に紙を流しました。高校では10クラスのうち7クラスが理系だったのでおそらく大半の人がそんな理由で理系を選んだのだと思います。別に理数科目が好きなわけでもなく、飽き性だったので科目をくるくる変えながら勉強していた私は、得意科目も不得意科目もなく「バランス型」なんていう耳障りのいい言葉を盾にして自分を誤魔化すようになりました。

 高1の時は志望校の欄に居心地良さそうにAで統一されていた成績表も、高3になるころには見慣れなかったアルファベットに変わっていました。「医者」になりたいと言っていた友人が模試でA判定をとったという噂を聞かないふりをして、私は逃げるように部活に打ち込むようになりました。結局部活ではレギュラーになれず、目標にしていた関東大会の進出も叶いませんでした。なんとなく焦ってとりあえずスタディプラスで1日12時間勉強するという目標を宣言し、時間数だけは勉強したと思います。


 当然そんな中身のない勉強で成績が元に戻るはずもなく、そのままセンター試験で大失敗した私は、第一志望の国立だけでなく、併願していた私立も補欠不合格になりました。クラスではやれ誰が東大に合格しただの医学部に合格しただの噂が飛びかうなか、生暖かくなった教室で私は無心で予備校の申込書に個人情報を書きました。この前まで同じ教室で同じ木製の椅子で授業を受けていた友人が春から都会で華やかな生活を送るという事実に対して、正直なところあまり現実味を感じられませんでした。

 ほとんど写真を取らなかった卒業式を終えてから予備校に入るまで無味乾燥とした1ヶ月を過ごしたあと、通い始めた予備校の自習室でペン回しをしながら自分がなぜ勉強しているのかについて考えるようになりました。「世界は数学の言葉で記述することができるし、真理に到達すれば未来も予想することができる。」と言い放った癖の強い物理講師の言葉に何故かはわからないけど感銘を受けました。おそらく当時は何かに縋りたくて必死だったのだろうと思います。その講師は高校範囲を逸脱した微積物理を使って、わたしたちに物理を教えました。その中途半端に背伸びをした教え方は、幸か不幸か私に合っていました。今までは意味の感じられない公式の集合体だった物理が、急に意味を持って目の前に展開されるようになりました。私は夢中になって物理を勉強しました。何か真理が見つけられないか、未来が予測できないか落とし物を探すみたいに物理を勉強していました。完全に現実逃避でした。

 1年後の春、私は東工大に進学することになりました。あれから2年、すっかり課題製造マシーンと化した私はまた何を成し遂げるわけでもなく、自堕落な生活を送ってきてしまったなと後悔しています。あの頃、将来を適当に選択したことに苦しみながらも到達したかった「真理」とは一体何だったのか。理系を選択した経緯をなぞっていくうちになんとなく思い出せたような気がします。このレポートをかきながら次こそは立ち止まって進路について考えてみようという気になりました。

※実際の個人・団体とは一切関係ありません


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