2020年に読んだ新刊一部

※以下は、2021年2月におこなわれた『文化系トークラジオLife』のオンラインイベント「2020年のおすすめ本」のために書いたテキストです。

Life リスナーにはおなじみの、我らが佐々木敦さんと仲俣暁生さんが同時期に文芸時評本を出しました。佐々木敦『絶対絶命文芸時評』(書肆侃房)、仲俣暁生『失われた「文学」を求めて』(つかだま書房)はともに、2010 年代後半におこなっていた文芸時評をまとまったものです。ただ、そこで披歴される小説観は、当然のことながら異なっており、その対比が興味深く、また、現代の小説のゆたかさを示しています。強いて言えば、佐々木さんは小説の原理的な部分を問い続け、仲俣さんは小説の社会性を問い続けている、と言えます。『絶対絶命文芸時評』はジェフ・パーカー『Suite For Max Brown』を聴きながら、『失われた「文学」を求めて』はポール・マッカトニー『Ⅲ』を聴きながら、それぞれ読むことをおすすめします。このような時評仕事を補足するように現代の小説を文学史的なものとつなげた仕事が、福嶋亮大『らせん状想像力 平成デモクラシー文学論』(新潮社)です。これは現代文学に歴史的な視線を導入した意義深いものですが、そこでは、派閥的・党派的ではなく、「内向」「政治」「私」といったかたちで主題を前面に出して編まれていることが、現代的と言えるのかもしれません。Official 髭男 dism『エスカパレード』を聴きながら読むことをおすすめします。そういった状況で、文学的な流派がどこにあるかと言えば、実はサンキュータツオ『これやこの』(角川書店)にあるのかもしれません。というのも、この素晴らしい随筆集には、向井豊昭・平岡篤頼・江中直紀といった名前が一瞬登場するからです。向井は少し異なるかもしれないけど、いずれも早稲田ヌーヴォ・ロマン派とも言うべき人たちで、『これやこの』自体も明らかにその系譜から読めるものです。ブリジット・フォンテーヌ『ラジオのように』を聴きながら読むことをおすすめします。一方、サンキュータツオさんを芸人の系譜で捉えると、その近い源流にはビートたけしがいますが、北野武『浅草迄』(河出書房新社)はむしろ、正統的な私小説のラインにあると思いました。それは、自分のことを書くことで、同時代の文化や時代の雰囲気が感じ取れるという意味においてです。学生運動とジャズの季節である 1968 年前後のことが良い調子で書かれていました。山下洋輔トリオ『Dancing 古事記』を聴きながら読むことをおすすめします。それにしても、文学史というのは意義深くも罪深いもので、例えば中村光夫などが提示したような文学史は、大衆文学はもちろん、幻想文学的な系譜なども抑圧したうえで成立します。とは言え、個々の作家のいとなみはしゅくしゅくと続けられているもので、2020 年には、現代の幻想系の到達点とも言える高原英理『観念結晶大系』(書肆侃々房)が出されました。疎外論でもなくグノーシス主義とも少し違い単純に一元論でもなくロマン主義でもなく、そのなかで魔術と神秘と宇宙の領域に近づこうとしていて、とにかくすごいです。強いて言えば、運動的に一元化していくような世界というか。そこに鳴り響く「天界の音楽」を聴く人はどのような存在なのか。まだまだ読めた気がしません。カニエ・ウエスト『JESUS IS KING』を聴きながら読むことをおすすめします。中村光夫を受け継ぎつつ、その静的な批評のありかたを「運動」というかたちで批判したのは蓮實重彦でした。その蓮實が音楽と映画の運動に注目し語ったのが、瀬川久・蓮實重彦『アメリカから遠く離れて』(河出書房新社)です。アメリカでチャーリー・パーカーを生で観たという生きるレジェンドとも言える瀬川さんと蓮實さんの文化的な昔話は圧巻で、とくに戦前から戦中、リアルタイムで「近代の超克」の議論を見ていた瀬川さんの話から、蓮實さんが日本/ヨーロッパに対する第三極としてアメリカを見出すところはめちゃスリリングです。トミー・ドーシー楽団『Afrs One Night Stands』を聴きながら読むことをおすすめします。他方、国際政治の領域では、戦後日本を日米関係でのみ捉えることに批判的です。近隣には、韓国もあるし中国もあるしロシアもある。パク・サンヨン『大都会の夜』(亜紀書房)は、近年ますます勢いを増す韓国文学におけるクィア文学の筆頭です。村上春樹以降とも言える個人主義的なありかたと音楽をはじめとするポピュラー文化の導入が、作品をとても現代的なものにしています。とくに、カイリー・ミノーグのフィーチャーのされかたが素晴らしいです。しかも、韓国版の装丁はなんと永井博。フューチャーファンク以降のシティポップ流行を感じますね。カイリー・ミノーグ『DISCO』を聴きながら読むことをおすすめします。このように韓国とは文化的な交流はありつつも、一方、政治的にはなかなか融和的にはなっていません。中国との関係も含め、外交も難しいものになっています。そう考えると、冷戦崩壊以降後景化すると思われていた地政学は、ここ数年、新たなリアリティとともに復権してきました。そのような「新しい地政学」の動きを入門的に網羅したと言えるのが、北岡伸一・細谷雄一[編]『新しい地政学』(東洋経済)でしょう。思想系では抜け落ちがちなパワー・ポリティクス的な議論が、さまざまな角度から紹介されており勉強になりました。なかでも、保健外交が専門の詫摩佳代さんの論文は、コロナ禍の現在においては、『人類と病』(中公新書)とともに非常に示唆に富みます。NiziU『Step and a step』を聴きながら読むことをおすすめします。ということで、コロナ禍で読書をする機会も増えたかもしれませんが、個人的には、Life でもテーマになった〈臨場性〉が失われているのは寂しいところです。ピカソやアンドレ・ブルトン、藤田嗣治など歴史に残る「天才」が生まれるにあたって、いかに〈場〉が重要だったかということは、今年増補版が出た飯田美樹『カフェから時代は創られる』(クルミド出版)を読むとよくわかります。カフェという〈場〉が人と人とを出会わせアイディアを生み出すということが、群像劇的に書かれています。さらに言えば、この本が西国分寺を拠点とするクルミドコーヒーから再販されたことも、カフェを中心とする文化運動のひとつとして重要です。カルトーラ『愛するマンゲイラ』を聴きながら読むことをおすすめします。

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