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ライムスター『マニフェスト』は正統的なヒップホップである。

※本記事は、2010年2月7日に書かれたものです。

満を持してのライムスターの新作『マニフェスト』は、発売前からすでに、名盤になることが約束されていた。それは、メディアの戦略とかそんな類の話ではなく、活動休止中における、宇多丸師匠によるラジオ業界での躍進、マミーDによるマボロシその他の活動、DJジンのDJ業やプロデュース業などといった文脈が、すでに『マニフェスト』を名盤にさせる下地を準備していたということである。とくに個人的な記憶で言うと、宇多丸師匠がラジオで「ONCE AGAIN」の制作秘話を話したり、『マニフェスト』の進行状況を報告したりしたこと、さらに、それが昨今のtwitterブームにあいまったりしたことで、潜在的な購買層はどんどん広がっていたように思えた。名盤とは、単純に盤の内容だけでなく、盤をめぐるコミュニケーションのなかで決定されるという側面があるが、かつて宇多丸師匠自身がSEEDA『街風』の帯に「日本語ラップというものの歴史上、これほどあらかじめ「クラシック」となることが期待され、同時に、正しくそれに応えるべく制作されたアルバムがあっただろうか…」と書いていたが、『マニフェスト』は、まさにそういう性格を『街風』以上に持っていただろう。

そして、肝心の内容であるが、これがとにかく説得力にあふれている。活動休止を経たひさびさのアルバム、その全体を流れるテーマは、やはり、先行シングルにあらわされているように「ONCE AGAIN」ということになるのだが、重要なことは、これが「BACK TO BASIC」でも「CHANGE!」でもないということである。単純な先祖返りでも、かと言って、単純な新しさの希求でもなく、これまでの歴史性を包括したうえで、一周まわってさらに進んでいこうという姿勢こそが、『マニフェスト』全体を貫く「ONCE AGAIN」的態度だ。

このような態度は、アルバムにおいてさまざまなレヴェルで見ることができる。たとえば、楽曲のヴァラエティの多さはその一つのあらわれだろう。一方では、モンキー・シークエンス19を起用した「ライカライカ」のような、いままでのライムスターにはなかったルーツ・マヌーヴァ的ヒップホップへの挑戦があり、他方では、マキ・ザ・マジックのプロデュース「COME ON!!!!!!!」のような、アーリー90’sヒップホップへのオマージュがある。両者はまったく別のベクトルを向いており、新しい境地に驚くか、古き良き時代へのノスタルジーにむせび泣くかは、完全に個別のリスナーに委ねられている。このことは一見、アルバムとしての統一性に欠ける向きも感じさせるかもしれないが、それぞれの方向性は、どちらも「ONCE AGAIN」的な態度によっておおいなる必然性をもっている。「ONCE AGAIN」のなかで、宇多丸師匠は「オレは古着 だが洗い立てのブルージーンズ」と歌っているが、これまでの汚れが染みついた古着に、その汚れを完全に除去しないで、いかに「アップデートさせる」(「ミスターミステイク」マミーD)かというのが、『マニフェスト』以降におけるライムスターの問題意識にほかならない。そして、いちばん重要なことは、この、歴史性を包括したままなにかをアップデートさせるという問題意識こそ、ヒップホップ的なイズムにほかならないということである。ヒップホップが、その誕生から、過去のあらゆる文化を引用したうえで成立しているということはいまさら言うまでもないが、過去の自分たちの活動を包括しつつもさらなるイノヴェイションを探ろうとする現在のライムスターの姿勢は、ヒップホップのイズムと見事に一致しており、この点が、『マニフェスト』というアルバムの説得力を生んでいる。その意味で、『マニフェスト』とは、真に正統的なヒップホップのアルバムと言うことができるのだ。

ここまで思考を膨らませたとき、『マニフェスト』のなかで重要な意味を持っている曲は、実は「K.U.F.U」なのではないかという気がしてくる。この曲は、いかにもライムスター的なヒップホップ論として聴くことができるが、その中心にある価値観とは、「猛勉強とちょっとした発想の転換が本質的な才能といったものを越えるのだ」ということである。すなわち、「ご先祖たちの探求に一個付け足す独自のブランニュー」(宇多丸)によって、「あのダサいヤツが最後に勝った」(マミーD)という物語であり、さらに言うなら、それを目撃した後続世代が、「オレにも出来る!」(マミーD)となることで、さらに紡がれていく歴史である。おそらく「K.U.F.U」とは、ヒップホップの本質的な理念であるとともに、ライムスター自身の個別具体的な音楽に対する態度なのである。この、マクロな視点とミクロな視点両方を含意した「K.U.F.U」こそ、ライムスターの「マニフェスト」を象徴的に示している。

「ONCE AGAIN」的な姿勢をとることで、新たな意味でヒップホップの体現をする存在となったライムスター。今後の活躍が楽しみである。

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