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ママ友ってなに?

 疑問である。
 元々友達の少ない私には尚のこと疑問である。
 友がたまたま同時期に出産していたり、友がとっくに母親になっているのを知っていて子育てについて共有し笑う程度の事はあるが、それは元々「友」がママになっただけだから話しているのである。

 でもその実、私だってママ友が欲しいと思っている。
 公園で子供同士が自然とやり取りをするのを見るのは本当に楽しいし、娘だって小さいくせに、自分より小さな子が来れば何やら親切にしたりする素振りを見ていると「特に教えたわけじゃないのに立派だなあ」と感じる。
随分大きな子が娘に目線を合わせて遊んでくれたりすると「いやぁ、本当に立派だなあ」と思う。
 少し前の事だが、私から見ると随分お姉さんに見えた女の子達が遊んでいる後を娘がよちよち付きまとってしまった事があった。
 その女の子達はひととき娘に木登りを見せてくれたり、小さなポシェットに入ったキラキラした小物を見せてくれたり、ほっぺたにシールを貼ってくれたりした。
 一人の女の子が木から降りられなくなったので、私は
 「抱っこするから降りられるよ。大丈夫よ。」と声を掛けて手を差し伸べると、彼女は
 「私、重いよ?大丈夫?」と小声で言った。
 女子!!と思って感激していると、そのうち立つ鳥のように颯爽と遊び場を変えようと支度を始めたので、
 「ありがとね。お姉ちゃん達は小学2年生くらいなの?」と聞くと、彼女達は呆れたように少し笑い、
 「みんな5歳だよ。」と爽やかに言い放って走っていった。
 その後で呆然と彼女達の行先を見送ると、駐輪場のママ達の元へ帰って行ったので、帰りがけに「遊んでもらってしまって。ありがとうございます。」と声を掛け、なんとなく会釈をして別れたきりだったり。
そんな事はよくある。
 お相手もおチビだったりすると、てけてけするだけの子供同士を遠巻きに見ながら母親同士しばらく話したりもして穏やかな時間を過ごすのだが、特に名前も聞かないし、なんだかとにかく「穏やかな時間」しか過ぎない。素晴らしい事なのだが、
 え、これってどのタイミングでいつ友達になんの?といつも思う。
 世の中には「ママ友問題」と取り立たされたりしているが、どこにあるんだろう。
 主に「しつこいママ」「やたら質問してくるママ」「馴れ馴れしいママ」等々の投稿を目にする事がある。つまり人との距離をうまく取れないママさんに対する投稿者なりの苦しい思いといった所なのだろう。

 かくいう私は人との距離をうまく保つのがめちゃくちゃ下手だと思っている。
 愛想笑いは私の中で「嘘」であり、社交辞令も「嘘」 
 だから感じた事以外は顔にも言葉にも出さないのが正義と思っていた。
しかし大好きな歌手であるSIONさんの歌にこんな一節がある。

”気分のいい夜は外に出て 誰に会ってもニコニコ
いい加減なことを喋りまくり うなだれて帰って来やがる。 
わかってんのか 優しいってことは 機嫌のいいこととは違うぞ”
         -SION「だからこんな俺がきらいだ」
  

ああ、私完璧にこれだわ。と気付いたのは割と前だが、なかなか直すことなんか出来ずにしばらく生きて子育てをするうちに、
 「はー、みんな立派だよなあ。」と常々思う。
 自分の機嫌でなんか人と接してはいけないのだ。

 そして思い返せば、大したことではないが、多少辛くても娘の前で100%母親の面の皮を被り、平然と笑ったり、適当に叱ったりできるようになっている自分がいた。 
 これは娘の前で本心のままに接しているわけではないが、嘘つきとは違うだろう、とはっきりと思える。 

 こう、うまく大人になり、私にもいつか子供から繋がった「ママ友」ができればいいな、と密かに思っている。 
 

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アルトサックスプレイヤー/コンポーザー コラムや日記、短編小説を書きます。 演奏動画もアップしていきます♪ 機嫌の取りづらいヴィンテージ楽器の操作と幼児の育児に奮闘中!よろしくお願いします。

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