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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第4話)

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【前回までのあらすじ】
 堤 孝晴は会長の遺言により、刑部グループ後継者を選定する事になった。刑部三姉妹は孝晴が、行方不明の窪川陶弥ではないかと疑う。

 今日から三十日間、僕は後継者の選定をおこなうことになっている。しかし、具体的に何をしたら良いのか全く分からない。
 時間は午前九時になろうとしていた頃、入口のドアを叩く音がした。スミさんだった。
「おはようございます。刑部共済会の白石スミです。本日から後継者選定のお手伝いをさせて頂きます」
「あ、おはようございます。宜しくお願いします」
「理事長からお聞きになっていると思いますが、堤さんが後継者選定をおこなう間に必要となる全てのものは弘済会が用意します。食費以外の滞在費、交通費も弘済会が負担します。期間内の日当もお支払いします。堤さんが立て替えられた必要経費については領収書と引き換えに都度精算します」
 スミさんは半ば一方的に、僕に費用などの決めごとを説明した。
「ですので、邸内の備品は勝手に使用しないでください。会計が異なりますので」
「はあ、わかりました」
 何だか、取り付く島もない、と言う感じだ。見た目は超絶美人なのだが、硬い表情を崩さず、やたらと事務的な対応だった。まるでマネキン人形が喋っているみたいだ。
「本日から私も、この部屋で選定作業のお手伝いをさせて頂きます。机はそちらに置いても宜しいでしょうか」
 スミさんは執務机の隣の空間を指して言った。
「どうぞ」
 僕が答えると、スミさんは一旦部屋を出て、しばらくすると簡単な組み立て式机を持って戻ってきた。
「あの、スミさん……白石さんは」
「スミで良いですよ。皆さんそう呼ばれますので」
 思わず名前で呼んでしまったが、良いんだ。馴れ馴れしいと怒られるかと思ったが、これは意外だった。
「はあ……ではスミさんで」
「何でしょうか」
 机を組み立てているスミさんに、僕は取り敢えず当たり障りのない質問をする。
「スミさんも期間内はこの邸に泊まるんですか」
「いいえ、私は会社の寮からここへ通います。車だと一時間弱で着きますので」
「そうですか」
 やはりこの人との会話は間が持たない。この後三十日もこんな状況が続くのだろうか。胃が痛くなりそうだ。
 机を組み立て終わったスミさんは、また部屋を出て行き、今度は何往復もして段ボール箱を幾つも運び込んだ。
「これらは選定の為の資料です。堤さんは自由に閲覧して頂けますが、本来は社外秘ですので、この部屋からは持ち出さないでください。特殊な紙ですのでコピーは出来ません。資料は選定作業終了後に邸内で焼却処分します」
「はあ」
 ずいぶん徹底してるんだな。コンプライアンス的には正しいのだろう。
「私は一旦会社に戻ります。午後からまた来ます」
 そう言ってスミさんが部屋が出ようとしたところ、やって来た美香さんと鉢合わせになった。
「あら、スミさん、こんにちは。今日からこっちなの」
「はい、しばらくお世話になります」
 スミさんは美香さんに形式的に会釈すると足早に出て行った。

◇◇◇

「エースを投入してきたか」
 美香さんは入口のドアにもたれて腕組みしながらつぶやいた。どうやら美香さんはスミさんの様子を見に来たようだ。
「エース?」
「そう。あの子、若いけど相当の切れ者よ。お祖父様もよく気に掛けていたわ」
「仕事は出来そうですよね」
 率直な感想を口にした僕に、美香さんは頷いて、こう続けた。
「きっと自分の部下にしたかったのよ。お祖父様はガチガチの能力主義者だったから」
 僕は、スミさんは仕事は出来るかも知れないが、あの性格では周りは息が詰まってしまうだろうと感じていた。しかし美香さんの見立ては違っていた。
「でもね、あの子、ずいぶん無理をしているように、あたしには見えるけどね」
「無理、ですか」
「あの子、ウチがやってる大学の奨学生だったのよ。高校生の時にお父様が亡くなったらしくて、在学中から弘済会で働いてたわ」
「そうだったんですか。苦労してたんですね、あの人」
 スミさんの意外な一面を聞いた。それを知るとスミさんへの見方も多少は変わってくる。
「あたしも立場上、無理して見栄を張らないといけないこともあるから、あの子が背伸びしてるのが何となく分かるのよね。今の理事長とも上手く行ってないみたいだし」
「そうなんですか。スミさんは理事長のお気に入りだと聞いたけど」
「今の理事長は二代目でね。かなりのやり手だけど手段を選ばないところがあって、あまり良い評判を聞かないのよ。例えば、自治体に圧力掛けて会社までの道路を整備させたりとかさ」
「ああ」
 なるほど、あの綺麗な道路はそうやって作られたものだったのか。スミさんはそんな理事長のやり方が気に入らないと。いかにも真面目そうだもんな、あの人。スミさんを邸に常駐させるのも、案外、理事長の厄介払いなのかも知れないな。
「道路整備ぐらい、必要ならいくらでも払うっつーの。つまんないところで権力誇示してさ。前からあのオッサン気に入らないんだ」
 美香さんは理事長の悪口を散々並べてからこう言った。
「あ、今言った事はスミさんには内緒にしといて。あたしの愚痴だから」
 そう言って後ろ向きのまま手を振ると、美香さんは部屋を出て行った。
 何だ、美香さん、もっと怖い人かと思ったけど、意外と良い人っぽいじゃないか。
 僕は、ちょっと安心した。

【本編ここまで。次回に続きます】

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