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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第14話)

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【前回までのあらすじ】
 小林弁護士の調査により美香と刑部会長に血縁が無い事が判明し、美香を後継者に考えていた堤 孝晴は意気消沈する。

 正午になり、スミさんは外出した。
 いつもスミさんはお昼に出掛けるが、どこかに食事に行ってるんだろうか。駅前まで行かないと、この辺りに食事が出来そうなところは無かったと思うのだが。
 僕は、いつものように棚から買い置きのカップ麺を一つ取り出した。お湯を入れて三分待つ。たったこれだけの手間で一食食べられるのだから、先人の知恵に感謝したい。
 今日は新製品のエスニックラーメンを試してみる。蓋を開けるとパクチーの強烈な匂いが部屋に充満する。定番も良いが、たまにはこう言う強烈なのも無性に食べたくなる時がある。
 匂いだけではなく、酸っぱ辛いスープと麺の相性も良い。なかなかの味だった。リピート決定だ。また次の休みにスーパーで仕入れて来よう。
 お腹も膨れて眠気に襲われた僕は、吸い込まれるようにソファに転がり込んだ。

◇◇◇

「うわっ。何です、この匂い」
 うたた寝していた僕は、その声で目が覚めた。スミさんだった。いつもより少し早く戻って来たのだ。スミさんは窓を開けてパタパタ扇いでいる。
「ああ、さっき食べたラーメンの匂いだな。スミさんは、パクチーは苦手?」
 伸びをしながら僕はスミさんに問うた。
「少しぐらいなら食べますけど、これはあまりに酷くないですか」
 鼻と口を手で押さえる仕草をしながら、スミさんが問い返した。
「この強烈なのが良いんじゃないか」
「堤さんとは分かり合えそうにありませんね」
 あきれ顔のスミさんは、匂いが薄くなってきたところで窓を閉めた。
「たまにはちゃんとした食事を摂らないと、身体を壊しますよ」
「スミさんがお弁当を作ってくれたら嬉しいんだけどな」
「お断りします」
 即却下されてしまった。そりゃそうなるわな。最初から期待はしていなかったけれど。まあ、僕はこれから毎日刑部家で夕食をごちそうになる訳だし、その上、スミさんの手作り弁当なんて贅沢すぎる。
「体調はいかがですか」
「体調?」
「今朝から何か変だったので」
「僕が何か違うように思いますか」
「思います。元気が無いと言うか」
 何だかんだで、スミさんは僕に気を遣ってくれているのか。ちょっと嬉しい。
「もし体調が良くないなら、午後からはお休みにしますが」
「大丈夫です。期間も半分を過ぎましたし、あまり悠長にはしていられません」
 スミさんは無言で頷いた。
 そうは言ったものの、午後からも仕事は捗らなかった。スミさんはその間にも大量の資料の中から三姉妹に関連する内容をピックアップしていく。
「スミさん」
「はい」
 スミさんの手が止まった。
「春樹氏に関する資料をまとめて貰えますか」
「春樹……社長ですか。分かりました」
 それは僕の思い付きでしかなかったが、春樹氏の事を調べれば、美香さんの問題の解決策が見えるのではないかと考えたのだ。前に専務と話した事も影響しているだろう。
「春樹社長が在籍したのはかなり前ですので資料は限られますね。あとは電子データの内容を調べてみないと」
 スミさんは鮮やかな手並みで資料を分類していく。僕はひたすら資料をを眺める時間が続いた。

◇◇◇

「お大事に」
 午後五時になり、スミさんは去り際にそう言って帰って行った。
 やっぱり体調不良だと思われていたようだ。何か悪い事したな。明日はちゃんと仕事しよう。
 夕食の時間になった。今日もダイニングルームに四人で席に着く。
 いつもはすぐに話しかけてくるエリカさんが、今日は静かだ。きっと彼女も僕に気を遣ってくれているのだろう。
 料理は白身魚のムニエルだ。当然、今まで食べた事のない旨さ……のはずなのだが、今朝の事を引きずっている僕には、この素晴らしい食事を楽しむ事が出来ない。
「堤くん、元気ないね。具合悪いの?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
 そうは言ったものの、僕は声を掛けてくれた美香さんを直視出来なかった。
 食事を終えて、僕は寝室に戻って来たが、なかなか寝付く事は出来なかった。
 美香さんが後継者になれないとなると、未だ消息の掴めない窪川氏を除いては、柚香さんが後継者筆頭となる。テレビ局での事もあるし、柚香さんは爪を隠すタイプなのかも知れない。だが、どうにも引っ掛かるものを感じる。事が上手く運びすぎている気がするのだ。僕は何か大きな見落としをしてるんじゃないだろうか。
 ベッドにノートパソコンを持ち込んで、以前に専務がくれたデータを漠然と眺める。
 専務がくれたデータはスミさんが用意した物と同じらしい。しかし専務がくれたものは春樹氏が関わったプロジェクトを中心に整理されていた。恐らく専務は窪川氏について調べるために、このデータを使ったのだ。
「窪川氏か……彼の消息も調べないといけないんだよな」
 ますます気が滅入ってくる。もし窪川氏の消息が分かれば、当然、彼も後継者候補になる。その時、僕はフェアに後継者を決める事が出来るのだろうか。
 そんな事を考えながらデータを眺めていた僕は、その中である資料に目が留まった。

【本編ここまで。次回に続きます】

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