【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第33話)
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【前回までのあらすじ】
堤 孝晴は四人の候補から後継者を決めかねていた。白石スミは再び孝晴に手製の弁当を渡した。
スミさんは普段自炊しないのでフライヤーは持ってないはずだが。
「スミさん、これ、どうやって作ったの」
「レシピサイトを見て、フライパンで作りました」
揚げ焼きか。あれは慣れないと意外に難しい。フライパンだと油の量が少なくなるので、具材を入れたときに油の温度が一気に下がってしまうのだ。スミさんはそれに気付かず、レシピサイトの調理時間通りに作ったのだろう。
スミさんは僕の微妙な表情を読み取ったようだ。聡明な人には、こんな時に誤魔化しが利かない。たちまち表情が曇っていく。スミさんもエビフライを恐る恐る口に入れた。
「あっ」
スミさんは手で口を押さえた。
「ごめんなさい」
「初めてなんだし、こんな事もありますよ」
僕はスミさんをなだめながら、ご飯を一口頬張った。
「うぐっ」
ご飯が固い……と言うか炊けていない。米粒の中心は完全に生だ。
スミさんは僕の異変を完全に悟っている。もはやフォローしきれない。
「スミさん……このご飯……」
「ごめんなさい。炊飯器が無いので、お鍋で炊いてみたんですけど……」
もうスミさんは泣き出しそうだ。鍋でご飯を炊くのは何も問題ない。水の量と加熱時間を守れば鍋でもご飯は炊ける。このご飯にはどちらも足りていない。この感じだと無洗米を使ったのか。あれは水を多めにして長めに浸け置かないと固いご飯になってしまう。僕は脂汗を流しながら、この場を切り抜ける方法を考え続けた。そしてある結論を導き出した。
「スミさん。電子レンジを借りましょう」
「えっ」
「エビフライもご飯も加熱が足らないだけだから、電子レンジで加熱すれば大丈夫ですよ」
僕の言葉にスミさんの表情が少し明るくなった。
早速二人で、お弁当を持ってダイニングルームへ向かった。スミさんは邸のダイニングルームを見るのが初めてのようで、あまりの豪華さに辺りをキョロキョロと見回している。そこでは丁度、エリカさんが食事中だった。
「食事中にごめん。電子レンジを借りたいんだけど」
「厨房にあるよー。でも、どうしたのー」
「お弁当を温めたくて」
「お弁当かー。ふーん。へぇー」
エリカさんがニヤニヤしながら僕らを見ている。
「何だよ」
「二人はいつの間にそんな関係になったのかなー」
「違います。そんなのじゃありません。孝晴さんの食事がインスタント食品ばかりだから、たまにはちゃんと食べないといけないと思って」
スミさんはいつになく早口でまくし立てた。
「それなら外食でもデリバリーでも良くないー?」
「ぐっ……それは……」
エリカさんの正論でスミさんは沈黙した。
「まあいいやー、電子レンジはそこねー」
エリカさんは勝者の余裕を見せながら僕に電子レンジの位置を示した。見るとオーブン機能のある高級機種だ。さすがはお金持ち。
硬直しているスミさんは置いといて、先ずはご飯だ。米を炊くには一〇〇℃で二十分加熱する必要があるが、これは生煮えなので五分ほどで大丈夫だろう。ご飯を耐熱容器に移し、水を少し入れて加熱をスタートさせる。スミさんは不安げに、エリカさんは興味深そうに様子を見ている。
「孝晴、何でそんなこと知ってるのー?」
「孝晴さんは飲食店でアルバイトの経験があるそうですよ」
スミさんはエリカさんに説明しているが、どうしてあなたがそんなに自慢げなんですか。
そうしている内に電子レンジのブザーが鳴った。取り出して味見をしてみると、上手く炊けているようだ。
続いてエビフライだ。これも耐熱容器に移して一分ほど加熱する。その後、アルミ箔を敷いてエビフライを並べ、オーブンで数分間加熱する。こうすると染み出た水分が乾燥してサクサクした食感になるのだ。
「ねえ孝晴ー、せっかくだから、一緒にご飯食べないー?」
そうだな。時間も随分経っているし、執務室へ持って行く間に、せっかく温めたエビフライが冷めてしまう。
「あの、私……」
「じゃあスミさんも一緒に」
遠慮するスミさんを強引に承諾させ、僕たちはダイニングルームでエリカさんと昼食を摂ることにした。
僕は早速エビフライを口にした。サクサクになったエビフライは抜群に美味しかった。エビにはちゃんと下処理されているし、下味も付けてある。丁寧な仕事ぶりだ。
「うん、旨い」
エリカさんは僕の弁当箱から肉じゃがをつまんで食べている。
「これ、美味しいねー」
「あ、それまだ食べてないのに」
「じゃあ、こっちを貰うねー」
一本残しておいたエビフライをエリカさんに持って行かれてしまった。
「おおー、これ、美味しいよー」
目を丸くしているエリカさんを見て、僕もちょっと嬉しくなった。
「そうだろう」
「何で孝晴が自慢げなんだよー」
エリカさんのツッコミにスミさんが笑っている。良かった。機嫌が戻ったようだ。
「でもスミちゃん、なかなかやるねー、火加減を間違わなければ、どれも美味しく出来てたってことだよねー」
「その火加減が難しいから困ってるんじゃないですか」
「さっきみたいに電子レンジでやれば簡単じゃないー」
「それじゃ手抜きみたいで」
「結果が出せるなら良いじゃない。やり方なんて何でもー」
「そうでしょうか」
エリカさんの説に、スミさんは納得していない様子だ。真面目だからレシピ通りの作り方にこだわっているのだろう。エリカさんはさらに続ける。
「だって、おかずのひとつが飛び抜けて美味しくても、他が美味しくなかったら、お弁当としては美味しくないって評価にならないー?」
「それは……そうかも知れませんが」
「だったら、ひとつひとつはそこそこでも、全体として美味しいほうが嬉しいと思うなー」
スミさんはやっと納得したのか、はにかんだ顔で静かに頷いた。
「まあ、孝晴だったら何でも旨い旨いって食べちゃうだろうけどねー」
「そうですね」
「何だよそれ」
僕はエリカさんを睨んだが、二人は楽しそうに笑っていた。
【本編ここまで。次回に続きます】
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