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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第6話)

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【前回までのあらすじ】
 堤 孝晴は弘済会の資料から三姉妹の経歴を知る。エリカは孝晴に美香の仕事を見学する事を提案する。

 この日は美香さんの仕事を見学する日だ。僕とエリカさんは、出社する美香さんに同行して移動する。スミさんは寮から直接向かうそうだ。
 朝、僕とエリカさんが玄関を出ると、エントランスにリムジンが横付けされていた。
「美香姉のリムジンだよー。いつもこれで会社に行くんだー」
 エリカさんが僕に教えてくれた。
 リムジンは後部座席が対面で座れるもので、運転手さんが観音開きのドアを開けると、美香さんとエリカさんが乗り込んだ。僕も後に続く。
「リムジンなんて初めて乗りましたよ」
 僕はちょっと興奮気味だが、美香さんは事もなげだ。
「お祖父さまが使っていたのよ。一応、役員なら誰でも使って良いことになってるのだけど、他の役員は忖度して使わないの。ただ置いとくのも無駄だから、あたしが使ってる」
「社用車は他にいくらでもあるからねー」
 エリカさんも、あまり車に興味は無いらしい。この人たちは目的が果たせれば何でも良いのだろう。ある意味合理的だ。
 車は、滑らかに走り出した。
 美香さんはバッグからタブレットを取り出すと、送られてきた書類をチェックし始めた。少しの時間も無駄にはしないらしい。
「ん? この契約書、駄目じゃん。あのハゲ、いい加減な仕事しやがって」

◇◇◇

 刑部グループは、広大な敷地内に本社ビルと関連各社の建物が集まり、企業団地的な様相を呈している。その規模は一つの都市に匹敵する。敷地内には専用の発電所まである程だ。さらに、周辺地域には従業員や取引先の利用を当て込んだショッピングモールやホテルなどが立ち並んでいる。もちろん、ここの他にも各社の生産拠点や物流拠点が全国に点在している。本社ビルには生産や物流の機能は無く、管理業務が主体だ。本社ビル内にはいくつかの関連会社も入居している。
 本社に到着すると、スミさんが待っていた。四人で美香さんの会社があるフロアへ向かう。
 美香さんは関連会社の社長だ。美香さんは会社に着くなり、部長を呼び出した。先程の書類の件のようだ。
「この契約書、見積時と受注条件が違ってる。これではこちらが大きく不利になるわよ」
「申し訳ありません、すぐに訂正させます」
 部長はバーコード頭を掻きながら席に戻ろうとしたが、美香さんが止めた。
「これ、あんたの承認印が押されているわよね。何を見てヨシって言ったんだ。部下任せにせず、あんたが見直しなさい」
 部長は平謝りしながら自分の席に戻った。

◇◇◇

 美香さんは、僕らを応接室に待たせて、仕事の指示を一通り終えると戻ってきた。ソファに腰を沈める。
「初っ端から恥ずかしいところを見せちゃったね。最近どうにも士気が下がってて、万事がこのザマだから気が抜けないわ」
 美香さんはため息をつくと、足を組み直した。
「やはり会長さんが亡くなられたことの影響ですか」
「多分ね。この会社には古参の人間も多いから。それに、こんな物言いだから、あたしを良く思ってない奴も多いのよ」
「でも、言ってることは筋が通っています。あの言い方をされたら部長さんは部下に責任を転嫁出来ないでしょう。やり直す猶予も与えているし、必要以上に責めてもいません」
 僕は率直な感想を返したつもりだったが、美香さんにとっては意外だったらしく、驚いた様子で僕の顔を見ている。
「面白い見方をするのね。そんなこと言われたの初めてよ」
 照れ笑いをする美香さんを初めて見た。普段から必要以上に気を張っているのだろう。
「僕も、バイトに責任押し付ける上司を何人も見てきたので」
「ああ」
 美香さんは僕の返事に、心当たりがあるとでも言いたげに笑い、僕も釣られて苦笑した。

◇◇◇

 美香さんは、会議や来客対応、打ち合わせなど、ほとんど休む時間が無いほどの仕事をこなしていた。退社時間が近づいてきたが、それは一向に終わる様子が無い。
「溜まってる書類を片付けてから帰るから、みんなは先に帰ってて。スミさん、悪いけど二人を邸(うち)まで送ってあげて頂戴」
「承知しました」
 僕らはスミさんの車で邸に帰ることになった。
 スミさんの車は飾り気一つ無い白い営業用のライトバンだった。もちろん社用車だ。エリカさんは助手席、僕は後部座席に座り、なかなかパワフルなエンジン音を奏でながら快走する。
「スミちゃん、ちょっと寄り道、お願いー」
 運転するスミさんに、エリカさんが声を掛けた。
 エリカさんが指定したのは本社近くのショッピングモールだった。
「来たかったんだよー、こっちにはなかなか来られないからねー」
 そう言えば、本社へ行く話の発端は、エリカさんが遊びに行きたいって話からだったんだよな。
 車を駐車場に駐め、僕たちはエリカさんに付いてモールに入っていく。服でも買うのかと思っていたが、向かった先はコーヒーショップだった。
「あった。期間限定、今日までなんだよー」
 エリカさんは、はしゃぎながら店内に入って行き、スミさんも続いた。
 店の男性客たちは明らかに目線で二人を追っている。二人とも特に派手な格好や振る舞いをしている訳では無いが、美しさが際立っているから黙っていても目立つもんな。
 エリカさんは早速カウンターで注文している。
「パインフラペチーノ、エクストラパインアーモンドチップキャラメルソーストッピング。スミちゃんは何にするー?」
「私はバナナミルクフラペチーノ、ソイミルク、トッピングはチョコレートソースで」
 うーん、何を言っているのか、さっぱり分からないぞ。何の呪文だ。悪魔でも召喚するのか?
「チョコレートソースだなんて、スミちゃん、分かってるねー」
エリカさんはスミさんと女子トークを弾ませている。エリカさんはともかくスミさんがあんなに楽しそうなのは初めて見た。
「ところで孝晴は何にするのー?」
 ついに来たよ。メニューをチラ見したが、さっぱり分からなかった。分からずに変な物を頼むより、ここはひとつ無難に行こう。
「ぼ、僕はホットコーヒー、トールで。あ、会計は三人一緒でお願いします」
 ホットコーヒーを頼んだ僕に、二人は明らかに失望した表情になった。何でだよ、知らないんだから仕方ないだろ。僕には女子力なんて無いんだから。
 エリカさんは、謎の呪文で召喚した飲み物を嬉しそうに受け取ると、奥のテーブル席に着いて僕たちを手招きしている。
 同じく飲み物を受け取ったスミさんは、コーヒーを待っている僕の後ろにそっと回り込むと、息が掛かるぐらいまで顔を近づけた。コーヒーとは違う甘い香りを届かせながら、スミさんは僕の耳元でそっと囁く。
「さっきのレシートは捨てないでください。後で精算します」

【本編ここまで。次回に続きます】

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