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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第36話)

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【前回までのあらすじ】
 堤 孝晴は刑部邸での最後の夕食後、三姉妹にひとつの依頼をした。孝晴は刑部邸を去る準備を済ませ、翌日の後継者発表に挑む。

 邸一階の会議室。遺言状の公開に使用された部屋だ。今日、ここには刑部三姉妹とスミさん、小林さんに集まって貰っている。三姉妹に普段と変わった様子は見られない。美香さんは腕組みし、柚香さんは微笑を浮かべ、エリカさんは興味深そうに僕を見ている。スミさんは少し緊張しているのか表情が硬い。小林さんは皆の様子を静かに見守っている。それぞれは席に着き、僕の発表を待っている状態だ。
 全員の視線が僕に集まる。僕は書類ケースから、昨日作った証書が入った封筒を出して、テーブルの上に置いた。
「それでは、皆さんお揃いですので始めたいと思います。ご存じの通り、今日が三十日目、最終日ですので、遺言状に従い、僕が選任した刑部グループ後継者を発表します。立会人として小林弁護士とスミさんにも同席頂きます」
 小林さんとスミさんが揃って会釈した。
 ここで美香さんが手を挙げた。
「原田理事長が来てないようだけど」
「理事長はお呼びしていません。弘済会への連絡はスミさんにお願いしています」
 遺言状に従い、僕がこの場で後継者を発表する以上、弘済会が関わる事は無い。もちろん、全員が辞退すれば別だが、恐らく、それは無いだろう。
「久保川の件はどうなったの」
「あとで詳しくお話ししますが、久保川氏は、ここにはお呼びしていません」
 すかさず柚香さんが話に割って入る。
「と言う事は、ここに居るわたくしたちの中から後継者を選ぶと言う事かしら」
「そうなります」
 三姉妹は無言で頷いた。
「後継者を発表する前に、皆さんにお話ししておく事があります」
 僕はスミさんをチラリと見た。スミさんの顔色が変わる。
「スミさんは理事長から、後継者選定を妨害するよう指示されていた事が分かりました」
 スミさんはこの発表を予想していたようで、態度の変化はあまり見られない。小林さんは少し驚いたようで、僕とスミさんの顔を交互に見ている。
「ひどいわ、あたしたちをだましていたなんて」
「ほんとうなんですか。わたくし、かなしいです」
「わーひどいよー」
 三姉妹は口々に驚きと嘆きの声を上げた。びっくりするほど棒読みで。実は昨日の夕食後、この事を三姉妹に予め伝えておいたのだ。その時の反応は「そんな事だろうと思った」で、三人とも驚きもせず大して気にもしていなかった。
 先程の三姉妹の発言は理事長対策として打ち合わせたものだ。この場に理事長は呼んでいないが、万一、理事長が強引に立ち会いを要求してきた場合、ここで理事長の策略を暴露する手はずだったのだ。だが幸いにも理事長は来なかった。理事長は今頃、計画が失敗した時の為に、安全に逃げられるよう、何か策を講じているのかも知れない。
 事実を知っている者から見ればバレバレの三文芝居だが、この事を知らされていなかった小林さんとスミさんは、三姉妹の芝居にかなり驚いている様子だ。特にスミさんの動揺は激しい。本当に真面目な人なんだな。
 スミさんは立ち上がると深々と頭を下げた。
「皆さん、ごめんなさい。孝晴さんのおっしゃった通りです。私は、弘済会に都合の良い人物が後継者になるよう工作しろと理事長から指示されていました」
 スミさんは再び深々と頭を下げた。
 僕は更にスミさんに追い打ちを掛ける。もちろん芝居だが。
「事情があったとは言え、僕たちを裏切った事は事実ですから、スミさんには相応のペナルティを受けてもらいます」
 ペナルティと聞いて、スミさんの顔が明らかにこわばっている。
 一方、美香さんたちはスミさんの態度を見て調子に乗り始めた。この人たちの悪い癖だ。
「聞いた? ペナルティだって。孝晴くん、スミさんに何かエッチな事する気ね」
「女の子の弱みに付け込んで、孝晴さん最低ですね」
「孝晴ひどーい」
 本当にこの人たちは、こう言うときには抜群に息が合うんだよな。打ち合わせもしてないのに。見ろ。スミさんが本気にしちゃってるじゃないか。
「それで孝晴さんの気が済むなら、私……」
 スミさんはうつむいたまま、耳を赤くしている。
 ダメだ。これでは本当に誤解されてしまう。
「そんな事しませんよ! まあ、別の意味では大変な目に遭うかも知れないけど」
「もしかしてSM? SMなの?」
 いや美香さん、ちょっと待って。
「鞭で打ったりするんでしょうか」
 柚香さんが乗ってきた。
「うわー、痛そうー」
 エリカさんも来た。ダメだこの姉妹。人をおちょくる時には容赦が無い。
「何でそんな発想になるんだよ!」
 僕は全力で否定したが、スミさんは肩をすくめて身構えている。小林さんは吹き出しそうになるのを肩をふるわせて必死に堪えているようだ。
「そんな事はしませんよ。スミさんは、この事を僕に打ち明けてくれました。そして自分は責任を取って弘済会を辞めると言ってます。その覚悟に免じて、スミさんに、やって貰いたい事があります。それで、この件は許しましょう」
 スミさんは顔を上げて、少し潤んだ目で僕に懇願する。
「私に出来る事だったら何でもします。どうか償いをさせてください」
「それは話が早い」
 僕はニヤリと笑った。
「スミさんには……社長になって貰います」

【本編ここまで。次回に続きます】

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