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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第2話)

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【前回までのあらすじ】
 堤 孝晴は小林弁護士の要請で刑部グループ会長の邸を訪れた。小林は遺言状に孝晴の名前があると言うが孝晴には全く身に覚えが無かった。

 午後一時になる少し前に小林さんが迎えに来て、僕は客間を出た。小林さんに付いて向かった先は、一階にある会議室だった。会議室には既に、関係者と思われる人たちが集まっていた。僕らの他には先程会った二人と、女性が三人だ。
「皆さんお揃いですね」
 小林さんが中の人たちに声を掛け、僕を空いている席に促した。僕の着席を待って、小林さんが話し始める。
「皆さん、お待たせしました。これより刑部厳之介会長の遺言状を開示いたしますが、その前に、ここでは面識の無い方もいらっしゃいますので、私、小林から皆様を紹介させて頂きます」
 小林さんが、三人の女性の内、左に座る人を指して紹介する。
「先ずは会長のお孫さんであられる、長女の刑部美香(みか)さん」
 美香さんと呼ばれた女性は赤いブラウスに黒いレザーのスカートを穿いた気の強そうな感じの人だった。歳は僕より五歳は上だろうか。美香さんは背中まであるウェーブの掛かった栗色の髪の毛を掻き上げると、憮然とした表情のまま足を組み直した。きっと、ここに居る人たちで美香さんを知らないのは僕だけなのだろう。紹介など時間の無駄とでも言いたげな表情だ。
 小林さんは次に、美香さんの右隣の女性を指して紹介する。
「続いて次女の刑部柚香(ゆか)さん」
 会釈した、柚香さんと呼ばれた女性は肩まであるストレートの黒髪が美しい和服姿の人だった。歳は僕より二、三歳上と言う感じ。僕は前にこの人をテレビで見た事を思い出した。よく経済番組にゲスト出演している人だ。
 小林さんは柚香さんの右隣の女性を指して紹介する。
「三女の刑部エリカさん」
 紹介されてニコリと微笑んだ、エリカさんと呼ばれた女性は明るい茶髪と小麦色の肌の人だ。もしかしてハーフなのだろうか。歳は僕より年下に見えた。
 そして小林さんは僕を指して紹介する。
「堤 孝晴さん。堤さんは元・刑部グループ副社長の故・堤義晴氏のご子息であられます」
 僕が会釈すると全員の視線が一斉に僕に注がれた。
 小林さんは最後に、弘済会の二人を紹介する。
「そして刑部弘済会の原田理事長と、実務担当の白石スミさんです」
 二人は軽く会釈した。スミさんは秘書ではなく実務担当なのか。そう言えば有名な才媛だと小林さんが言っていたっけ。そんな事を考えながら僕はスミさんに視線を向けていた。スミさんは一瞬、僕のほうを見たが、僕の視線に気付くと、すぐに視線を窓のほうへ逸らせた。

◇◇◇

「それでは、遺言状を開示いたします」
 小林さんが遺言状を読み上げる。
「遺言状
 遺言者 刑部厳之介は次の通り遺言する。
 一、遺言者は、所有財産の内、刑部グループ株式会社株式を除く全財産を、孫である刑部美香、柚香、エリカ、窪川陶弥(くぼかわ・とうや)に均等に相続させる」
「ちょっと待ってちょうだい」
 小林さんを制したのは美香さんだ。
「私たち三人以外にも孫がいると?」
 三姉妹は一様に動揺した素振りを見せて、小声で何か話し合っている。
「その事については、後ほどご説明申し上げます」
 小林さんがそう告げると、美香さんは腕を組み、椅子に腰掛け直した。小林さんは続けて遺言状を読み上げる。
「一、遺言者は、刑部グループ株式会社の後継者について、血縁の孫から指名する事とし、その選定を堤 孝晴に一任する」
「ええっ?」
 今度は僕が大声を出してしまった。全員の視線が僕に集中する。慌てて取り繕ったが、まだ心臓がドキドキ言っている。どうして僕が後継者を決める事になるのか、全く意味が分からない。
「一、堤 孝晴は、遺言状の開示の翌日から三十日を期限とし後継者を選定する事。
 一、堤 孝晴が期限内に後継者を選定し得た場合、後継者たる者には株式の三〇パーセントを、その他の者には各々二〇パーセントずつを相続させ、堤 孝晴には株式の一〇パーセントを相続させる」
 室内のざわめきが一層大きくなった。三姉妹は緊張した面持ちで僕を見ている。
「一、堤 孝晴が期限内に後継者を選定し得なかった場合、全株式を刑部弘済会に寄贈し、取締役会にて社長を選任する。この場合、美香、柚香、エリカ、窪川陶弥、堤 孝晴には株式を相続させない」
 弘済会の名前が出た事で、理事長とスミさんも緊張した表情で何か話し合っている。
「一、相続人に相続を辞退する者がある場合、その相続分は他の相続人が均等に相続する。
 一、相続人全員が相続を辞退する場合、財産は刑部弘済会に寄贈する。

以上が遺言状の内容であります」
 遺言状を読み終えた小林さんは、ふうっ、と一息ついた。
「これは大変な事になったねー」
 口を開いたのはエリカさんだ。
「で、もう一人の孫の事だけど」
 美香さんが小林さんに先程の疑問を投げ掛けた。
「はい。窪川陶弥氏について我々も調査いたしましたが、氏名以外の所在、経歴などは現在のところ一切不明です。しかし、会長は窪川氏が孫である何らかの確証を得ていたと思われます」
「それでは、相続はどうなるのでしょうか」
 言葉を発したのは柚香さんだ。
「窪川氏が現れなかった場合、氏の相続分については財産管理人を置いて管理する事になります」
 小林さんと柚香さんの視線が僕に向けられる。
「つまり、期限までに窪川氏を探し出すのも僕の役目と言う訳ですか」
「そう言う事になりますね」
 僕の問いに小林さんは即答した。

【本編ここまで。次回に続きます】

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