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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第5話)

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【前回までのあらすじ】
 刑部グループ後継者の選定が始まり、堤 孝晴をサポートするため白石スミが邸にやってくる。孝晴は刑部美香からスミの意外な一面を聞いた。

 僕は執務室となった客間で、スミさんが持ってきた資料に目を通している。
 資料の入った段ボール箱には、それぞれ目録が貼り付けてあり、会社の組織や業績、過去に扱ったプロジェクトなどの資料が揃っていた。
 資料によると、刑部グループは全世界に三百二十社もの関連会社を持つ大企業だが、それを統括する本社は非公開の同族会社で、刑部家によって経営されているらしい。
 元々はこの町で小さな町工場を経営していた会長は、時流に乗り、多角化経営、企業買収、合併を繰り返すことで現在の会社を作ったそうだ。
 別の箱から僕が適当に手に取った資料は、何と三姉妹の個人情報だった。パラパラと資料をめくってみたところ、これがとんでもない代物だった。
 何せ資料には三姉妹の経歴と言った基本情報はもちろん、スリーサイズなどの身体的特徴や病歴などの健康状態、過去に交際した男性のことまで書かれている。こんなのどうやって調べたんだろう。弘済会ってヤバすぎやしないか。
 でも考えてみると、交際中の相手がいたり、過去に交際していた相手と関係が切れていない場合、交際相手の意見が会社の方針に影響するかも知れないから、後継者の選定と言う点では重要な情報となり得るのだろう。知らんけど。
 資料によると、三姉妹は全員母親が異なるらしい。いきなりのハードな展開に面食らう。
 先ずは長女の美香さんから見てみよう。
 美香さんは現在三十二歳。刑部グループ取締役で関連会社社長。会長亡き後、刑部家を取り仕切っている中心的存在らしい。現在まで交際経験は無し。
 あんなに美人なのに交際経験無し。あの人の事だから、きっと仕事一筋だったんだろうと容易に想像が付く。この資料の存在は本人には言わない方が良いだろう。知られたら激怒するに決まってる。わざわざ美香さんに嫌われる事をしたくはない。
 続いて次女の柚香さんだ。
 柚香さんは現在二十七歳。刑部グループ取締役。本社の広告塔でメディア出演多数。マスコミや経済界に顔が広いらしい。交際経験は、高校では先輩、大学ではサークル仲間、卒業後はサッカー選手、青年実業家、現在は交際相手無し、か。
 おしとやかな外見に反して、意外と恋多き女性のようだ。この性格は社交性に繋がっているのかも知れないな。
 最後は三女のエリカさん。
 エリカさんは現在二十一歳。刑部グループ執行役員で海外法人の役員。母親は外国人。海外の大学を飛び級で卒業。経営については修行中らしい。
 見た目で若いとは思ったが僕より四つも年下とは。でも飛び級で大学卒とは凄い。交際経験は不明、か。さすがに弘済会も海外までは調査出来ないらしいな。
「興味本位で個人情報を覗くのは感心しません」
「うわっ」
 声に驚いて仰ぎ見ると、目の前にスミさんが仁王立ちしていた。
「スミさん、戻られたんですね」
「ドアをノックしても返事がありませんでしたので」
 スミさんは汚物でも見るような目でこちらを見下ろしていた。壁の時計に目をやると、午後一時を過ぎていた。
「すみません、資料を見ていて気付きませんでした」
 興味本位とか、そんなつもりは無かったのだけど……と言い切れないのがつらい。
「へー、詳しく調べてあるんだねー」
「きゃっ」
 今度はスミさんが驚いて声を上げた。いつの間にか入り込んだエリカさんが資料のファイルを見ていたのだ。
「エリカさん、入室の際はノックをしてください」
 スミさんはエリカさんに注意したが、エリカさんは意に介してない様子だ。
「かなり正確だねー」
「勝手に資料を見られては困ります」
「良いじゃない、自分たちのことが書いてあるんだしー」
 さすがのスミさんも奔放なエリカさんには苦戦している。
「交際相手のことも書いてあるんだー。でもわたしのことは書いてないねー」
「エリカさんは交際している人はいないの?」
 エリカさんの発言に引っ張られて、僕はつい、うかつなことを訊いてしまった。
「堤さん!」
 スミさんは僕をにらみつけている。あーあ、これでしばらく口を利いて貰えないかも。
「今は居ないかなー。興味も無いしー」
 エリカさんは退屈そうに、そう答えた。

◇◇◇

「ねえ孝晴、どっか遊びに行かないー?」
 エリカさんが僕の腕を引っ張る。ここへ来たのはどうやら退屈しのぎらしい。
「どっかって、どこに? てか、エリカさん、仕事はもう良いの?」
「わたしは遺言状の事で呼ばれただけなんだよー。本当はすぐ帰るつもりだったのにー、あと三十日もいないといけなくなっちゃったんだー」
 それは確かに退屈だ。それでなくても、この邸の周囲には若い娘が遊べるようなところなんて無い。
「でも、僕も後継者選びの調査をしないといけないしなあ」
 僕は、そう言ってスミさんのほうをチラリと見た。そっぽを向くスミさん。やっぱりさっきのことを怒っているらしい。
「それじゃあさー、本社へ行こうよー」
「本社?」
「うん。あの周りだったらお店とかもあるしー、美香姉が仕事してるところも見られるよー。こんな資料を見てるより分かり易いかもねー」
「ああ、なるほど」
 一理ある。さすが飛び級で大学出る人は違う。だけどスミさんは何と言うだろうか。
「あのぉ、スミさん、そう言う訳なんだけど、どうでしょう」
 スミさんはゆっくりこちらを向くと冷静に告げる。
「もうすぐ三時です。今から本社に行っても見学する時間はありません。今日は資料の整理をして、明日にしましょう。明日は私も同行します」
「分かったー。わたしから美香姉に話しておくよー」
 エリカさんは嬉しそうに部屋を出て行った。

【本編ここまで。次回に続きます】

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