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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第8話)

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【前回までのあらすじ】
 堤 孝晴は柚香のテレビ出演に同行し、柚香の博識に驚く。孝晴は空き時間を利用して本社を見学することにした。

 僕らは本社の最上階に来た。ここは他のフロアとは違い、厳重なセキュリティで守られており、入室するには特別なカードが必要だという。スミさんは総務に申請して、カードを受け取っていた。
「ここが資料室です」
 僕らはスミさんに付いて、その部屋に入った。
「過去十年分の、会社に関するあらゆる書類が収められています。完了したプロジェクトに関するものがほとんどです。これ以前のものはデータ化されて保管されています」
「僕が見ても大丈夫ですか」
「構いません。社外秘ですが、堤さんは特別です。もちろん持ち出しは出来ません」
 スミさんの許可を得て、僕は手近なファイルを取り出し、開いてみた。何かの公共事業に関する書類だったが内容までは理解できない。
 別のファイルを手に取ってみる。これは新製品の開発資料のようだった。試作品に対しての改良点などが図面に殴り書きされていた。
「白石君」
 突然の声に僕らは振り返った。入口にスーツ姿の男性が立っている。
「冬川専務」
 スミさんは会釈したが、専務は構わずにスミさんを叱責する。
「ここに部外者を入れて貰っては困る。君も知っているはずだが」
「申請は出していますし、許可も頂いています。柚香さんに確認して頂ければ」
「何? それでは彼が……」
「堤孝晴さんです」
「そうか、君が堤君の……」
 専務は僕を見て頷いた。

◇◇◇

 僕らは資料室を出て、ひとつ下の階の会議室に来ていた。
 丁度スミさんのスマートフォンに着信があり、スミさんは手短に応対した。理事長からの呼び出しだったらしい。
「お話が終わったら連絡をください」
 スミさんは退席し弘済会へ戻って行った。
「退屈だからわたしも柚香姉のところに戻るねー」
 またエリカさんの退屈病が始まった。こちらの返事を待たずにエリカさんは出て行ってしまった。会議室には、僕と冬川専務だけが残された。
 ごく短い時間の沈黙の後、先に口を開いたのは冬川専務だった。
「私は堤君とは同期だった。まさか、彼の息子にこんな形で出会う事になるとはな」
 僕も内心驚いていた。父の事を知る人が目の前に現れたのだ。訊きたい事は山ほどあるが、ここは仕事を優先させなければならない。
「ご存じかと思いますが、僕は後継者選定の調査でここに来ました。その件で何か知っている事があれば話して貰えませんか」
 専務は苦笑する。
「父親に似て、君は真面目だな」
 専務は、僕が父の事を訊くと思っていたようだ。
「誰を選ぶかは君の自由だが、後継者を選定する前に、三姉妹の父親の事を知っておいたほうが良いだろう。元社長の刑部春樹君の事だ」
「春樹……社長ですか」
 僕はその名前だけは資料で知っていたが、その人については正直あまり調べていなかった。もうずいぶん前に亡くなっている人だし、社長職は会長が亡くなるまで兼任していたから、後継者選びにはあまり関係がなさそうと思ったからだ。
「もうずいぶん前の事になるな。今ほど会社が大きくなかった頃だ。会長は春樹君を社長に据えて、自分は一線を退いた。春樹君はまだ二十代だったが実力は十分だった。我が社は実力があれば若い者でも登用する社風があるからね。社長になった春樹君は早速大きなプロジェクトに取りかかった。今思えば、それが彼の不幸の始まりだった」
「失敗したんですか」
「その逆だよ。彼は大きなプロジェクトを三つも立て続けに成功させて自信を持った」
「凄いじゃないですか」
 それがどうして不幸の始まりなんだろう。
「仕事なんてものは社長一人が頑張ればどうにか出来るようなものじゃない。その陰には大勢の社員達の働きがあった。君のお父さんや会長のサポートも」
「それは、そうでしょうね」
「春樹君もそれは分かっていたが、彼はそれを由と出来る環境にいなかった。歳が若かった事もあって、周囲はどうしても厳しい見方をする。春樹君はそんな世間の目を変えたかったんだろう。早く独り立ちしたくて功を焦ったのだ」
 僕にはよく分からないが、どんなに結果を出しても親の手柄として見られてしまうって事なのか。確かにそれはつらいな。美香さんたちも、そんな重圧に日々耐えているのだろうか。
「春樹君は新規事業に次々と進出した。元々企業買収は我が社のお家芸だし、景気にも助けられ、失敗があってもすぐに挽回できたから初めのうちは大きな問題にはならなかった。だが、わずかずつだが負債は着実に増えて行ったんだ」
 ああ。これは、あかんヤツや。この後の展開は大体想像が付く。
「やがて巨額の負債が明るみに出て、春樹君は社長を解任された。会長が社長を兼任し、副社長に堤君を据えた」
 ああ、やっぱりそうなってしまった。父は、傾いた会社を立て直す為に副社長になったのか。
「会長と堤君の尽力で、何とか会社は持ち直す事が出来た。しかし、その時の無理がたたり堤君は病に倒れた。会長は一生その事を悔いていたよ」
「そうでしたか」
 父と会長との間にそんな事があったなんて知らなかった。会長が僕を後継者選定役に選んだのも、それが理由だったのだろうか。でも父と違って僕には何も取り柄はないのに。
「その後、春樹君は失踪した。会社の金を持って海外に逃亡したとの噂があるが、真相は分からない」
「海外……もしかしてエリカさんは」
「ちょうどその頃、現地女性との間に生まれたのが彼女だ」

【本編ここまで。次回に続きます】

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