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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第34話)

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【前回までのあらすじ】
 堤 孝晴は白石スミが作り失敗した弁当を手直しして食べられるようにした。刑部エリカはスミの弁当を褒め、結果を出す事の重要性を説く。

 期限まで、わずかな時間しか無いが、僕はまだ後継者を決めかねている。それは僕が会長の真意を掴みかねているからだ。恐らく僕が好き勝手に後継者を決めて良い訳では無い。必ず会長が何らかの答えを用意しているはずだ。
「スミさん、遺言状の写しを見せてください」
「遺言状ですか。ありますけど、どうして」
 スミさんが疑問に思うのは分かる。今更こんな物を見てどうするのかって事だろう。僕もそう思う。だが、会長の真意が分からない以上、最初に立ち戻るより方法が思い付かない。
「ちょっと、気になって」
 僕はそれだけ答えた。スミさんからファイルを受け取ると、もう一度遺言状の文面に目を通した。


 遺言状

 遺言者 刑部厳之介は次の通り遺言する。

 一、遺言者は、所有財産の内、刑部グループ株式会社株式を除く全財産を、孫である刑部美香、柚香、エリカ、窪川陶弥に均等に相続させる。

 一、遺言者は、刑部グループ株式会社の後継者について、血縁の孫から指名する事とし、その選定を堤 孝晴に一任する。

 一、堤 孝晴は、遺言状の開示の翌日から三十日を期限とし後継者を選定する事。

 一、堤 孝晴が期限内に後継者を選定し得た場合、後継者たる者には株式の三十パーセントを、その他の者には各々二十パーセントずつを相続させ、堤 孝晴には株式の十パーセントを相続させる。

 一、堤 孝晴が期限内に後継者を選定し得なかった場合、全株式を刑部弘済会に寄贈し、取締役会にて社長を選任する。この場合、美香、柚香、エリカ、窪川陶弥、堤 孝晴には株式を相続させない。

 一、相続人に相続を辞退する者がある場合、その相続分は他の相続人が均等に相続する。

 一、相続人全員が相続を辞退する場合、財産は刑部弘済会に寄贈する。


「これはやっぱり、僕に後継者を決めろと言ってるんだよな」
「そのように書かれてますね」
 僕の独り言に、スミさんが怪訝な顔で応じた。いや、それは分かっているんだ。問題もそこなんだけど。
「会長はどうして自分で後継者を指名しなかったんだろう。予め遺言状で指名しておいても構わないのに、どうしてわざわざ僕に選ばせるんだろう」
「それは……会長にしか、真意は分かりかねますね」
 後継者候補は皆、優れた人たちだ。誰が後継者になっても不思議では無い。もし会長が誰かを指名していたとしても誰からも文句は出ないだろう。何故指名しなかったのか。もしかして指名できない理由でもあったのかな。僕はもう一度遺言状の文面を読み返した。
「これは……」
 気になったのは株式の配分だ。僕への十パーセントはともかくとして、後継者には三十パーセント、他の人たちには二十パーセントずつ。どうして後継者に全部渡さないんだろう。財産を均等に分けるためだろうか。それなら株式以外の財産で調整すれば良いはず。一人に株式を全部渡せない理由があるのか。一人に渡さない理由……。全員に分配する理由……。あれっ、昼間にエリカさんがそんなような事を言ってなかったっけ。
(だって、おかずのひとつが飛び抜けて美味しくても、他が美味しくなかったら、お弁当としては美味しくないって評価にならないー?)
(だったら、ひとつひとつはそこそこでも、全体として美味しいほうが嬉しいと思うなー)
 ひとつ……。全体……。
「あああっ! それだあああっ!」
 僕は思わず絶叫した。横の机で作業しているスミさんがびっくりして顔を上げる。
「孝晴さん、どうしたんです」
「あ……ああ、すみません。ちょっと気付いた事があって」
「そうですか」
 興奮気味の僕に、スミさんは冷静に返答した。そして立ち上がると戸棚へ行き、いつもの紅茶を取り出した。
「お茶にしましょうか」

◇◇◇

 スミさんが淹れてくれた良い香りの紅茶を飲んで、僕は一息ついた。そしてスミさんに告げる。
「スミさん、後継者を決めました」
「えっ……!」
 今度はスミさんが驚いて、手に持ったカップの紅茶をこぼしそうになった。
「本当ですか」
「はい。やっと遺言状に隠された会長の真意が分かったんです。どうして後継者を僕が決めなければいけなかったのか」
「そう……ですか。良かったです。これで私も……」
「やっぱり会社を……辞めるんですか」
 スミさんは頷いた。
「今まで孝晴さんとお仕事出来て、とても楽しかったです。最初はちょっと頼りない人だと思ったけど、一緒に居る内に信頼できる人だと分かりました。だから、孝晴さんが決めた後継者なら間違いないと思います。私は孝晴さんを信じます」
 スミさんの目が少し潤んでいるように見える。
「スミさんがどうしても辞めると言うなら、僕には止める事は出来ませんが、あと一日だけ待ってください。明日の報告の時には、小林さんと一緒に立会人になって欲しいんです。そして、理事長に誰が後継者に決まったのかを伝えて欲しい。スミさんにはつらい事を頼みますが、それで全てが終わります」
「はい……わかりました。私も今日までの仕事をここで放り出す訳には行きませんから。最後のけじめを付けます」
「あと……」
「はい」
「落ち着いたらで良いんで、連絡をください。駅前の甘味処にあんみつを食べに行く約束をしてましたよね」
 スミさんはちょっと戸惑った顔をした後、直ぐに優しい笑みを浮かべた。
「はい」
「お弁当の御礼に僕がごちそうしますから」
「そんな……私がごちそうします。何度も食事をごちそうになってるし」
「いや僕が……」
「いいえ私が……」
 そんな押し問答がしばらく続き、ふと我に返った瞬間、見つめ合った僕らは笑わずにはいられなかった。

【本編ここまで。次回に続きます】

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