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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第13話)

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【前回までのあらすじ】
 堤 孝晴は刑部三姉妹と夕食を共にし、姉妹の側面を伺い知った。翌日、孝晴を小林弁護士が訪ねてきた。内密な話があると言う。

「これは、お見せするかどうか悩んだのですが」
 小林さんは書類を指さしながら僕に説明する。
「これは美香さんのDNA鑑定結果です」
「美香さんの? 一体どう言う事です」
 僕は驚いて声を上げた。どうしてそんなものが出て来るんだ。
「会長が存命中に、何らかの意図を持って、美香さんのDNA鑑定をおこなったようです」
「会長が? この鑑定結果はどこにあったものですか」
「刑部記念病院の院長から出た物です」
「刑部記念病院、と言うのは」
「刑部記念病院は刑部グループ系列の総合病院です。本社敷地内にありまして、従業員の健康診断などをおこなっています。あの近辺では一番大きな病院で、一般外来や救急搬送も受け入れています。本来このような福利厚生施設は弘済会の管轄なのですが、院長は会長の旧知でして、会長直属の施設とでも言いましょうか」
 会長直属の病院。弘済会の干渉を嫌ったのなら、余程重要な調査だったのだろう。
「鑑定は会長からの内々の依頼によっておこなわれ、鑑定結果については固く口止めされていたそうです。この度、後継者を決めるに当たって重要な資料になるのではないかとの事で、私に連絡がありました」
 後継者を決めるのに重要……と言う事は、つまり……いや、そんなはずは。
「鑑定結果はどうなってるんですか」
「はい、鑑定によれば、美香さんと会長に血縁は無いと」
「そんな……!」
 一瞬、その結果がちらついたが、僕は感情的に否定していた。美香さんは春樹氏の認知を受けている。その美香さんが会長の孫じゃないなんて。
「この鑑定結果は信頼できるものですか」
「この鑑定には法定の立会人がありませんので、法的な効力のない私的鑑定です。しかし院長は会長の懇意で、鑑定は会長直々の依頼によるものです。鑑定自体は専門の鑑定会社に依頼されています。信憑性は高いと思われます」
「しかし、そうは言われても、僕にはすんなり認める事が出来ません」
 僕はそれっきり言葉を失った。美香さんは以前、戸籍なんて何の意味もない、と言っていた。それはこの事だったのだろうか。美香さんは知っていたのか。
 正直なところ、僕は、後継者は美香さんでほぼ決まりだと考えていた。その美香さんに血縁がない事になれば、美香さんは後継者になれなくなってしまう。遺言状には、後継者は血縁の孫から選ぶ、と書かれてあるからだ。会長はこの事を知った上で遺言状にあの条文を書いたのか。会長は実力主義者だと聞いた。誰よりも実力のある美香さんを、そんな理由で外すだろうか。そんなむごい事を孫にするだろうか。
「小林さん、会長が他にも血縁を調べた人がいないか、調べて貰えませんか」
「他にも、ですか」
「はい。僕はこの鑑定が美香さんを決め打ちしたものとは思えません。会長は何かの調査をしていて、結果的に美香さんの事が判ったのではないかと思うんです」
 うーむ、と小林さんはしばらく考えたが、
「分かりました。やってみましょう」
 小林さんは僕の頼みを聞き入れてくれた。
「あと、この鑑定結果は小林さんが持っていてください」
「宜しいのですか」
「はい。もし、ここに置いておいたら、誰かに見られるとも限りませんから」
「わかりました。では私はこれで」
 小林さんは書類をカバンに仕舞うと、ソファから立ち上がった。
 小林さんがドアを開けた時、ちょうどスミさんが出勤して来た。
「あ、小林先生。おはようございます」
「おはようございます、スミさん」
「今日、小林先生が来られるとは聞いていませんでしたが」
「近くを通りかかったもので、様子を見に」
「近くを……そうですか」
「では、失礼します」
 小林さんはスミさんを上手くはぐらかすと、待たせていたタクシーに乗り、帰って行った。
「おはようございます。小林先生はどうされたんですか」
 スミさんの声のトーンが低い。まだ怒っているのかな。
「おはようございます。進捗を見に来られたそうですよ」
「そうですか」
 スミさんは素っ気なく答えて自分の席に着いた。

◇◇◇

 僕は、今朝の事が気になって、仕事に身が入らない。筆頭候補だと思われていた美香さんに後継者の資格がないなんて、あんまりだ。僕はため息をついた。
「どうしました」
 スミさんが僕に声を掛けた。
「いや、朝から何もする気が起きなくて」
「いつもの事じゃないですか」
 相変わらずスミさんは手厳しい。いつもなら何か言い返すところだが、そんな気すら起こらない。
「そうですね」
 僕はそれだけ返した。
「本当にどうしたんです」
 スミさんも何か違うと感じたのか、ちょっと心配そうに声を掛けた。
「大丈夫ですよ」
 僕は生返事を返した。
 十時を過ぎて、いつものようにエリカさんがやって来た。
「退屈だよー」
 エリカさんは僕の後ろに回り込み、首に抱きついて胸を押し付ける。頬ずりをしたり、耳元に息を吹きかけては僕の反応を楽しむのだ。エリカさんの過剰なスキンシップをスミさんが咎めるまでがここ最近の日常だ。
「エリカさん、堤さんはお仕事中ですので」
 と、スミさんが言いかけた時、
「何か反応薄いねー」
 エリカさんも気付いたようだ。
「飽きたんじゃないですか」
 珍しく毒を吐くスミさんに、エリカさんが応戦する。
「ほらほら、スミちゃんより大っきいよー」
 再び僕の背中にぐりぐりと胸を押し付け始めるエリカさん。
「資料では八〇となってます」
 情報を元に反撃を試みるスミさん。しかしエリカさんはニヤリと笑う。
「あれは古いの。今は八五だよー」
「ぐっ」
 スミさんは情報戦に敗れた。
 スミさんが言葉を詰まらせると、さらにエリカさんは追い打ちを掛ける。
「スミちゃんはどう見ても八〇無いよねー」
「大きなお世話です」
 返す言葉の見つからないスミさんの握った拳が震えている。エリカさん、そう言うのを日本じゃ「死体蹴り」って言うんだよ。
「それともスミちゃんのサイズのほうが良いのかなー」
 調子づいたエリカさんは、ますます僕へのスキンシップを過激化させた。
 一方、耳まで真っ赤になったスミさんは胸を押さえ沈黙している。
 女の戦いはエリカさんの圧勝に終わった。根が真面目なスミさんでは、この勝負、色んな面で分が悪すぎる。ここは取り敢えずスミさんを助けよう。
「ごめんねエリカさん。また今度」
「えー、つまんないー」
 エリカさんは僕の肩を押すと、ぶつぶつ文句を言いながら執務室を出て行った。

【本編ここまで。次回に続きます】

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