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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第3話)
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【前回までのあらすじ】
会長の遺言状には堤 孝晴が四人の孫から後継者を選ぶよう指示されていた。孫の一人、窪川陶弥は行方不明。
解散となった後も、各々が今後の事を話し合っていたが、僕は一人呆然としていた。会社も経営も分からない僕が、見ず知らずの人たちの中から後継者を決定するなんて、どう考えたって出来っこない。会長はどうしてそんな無茶な遺言を残したのか。直感で選べとでも言うのか。世界的大企業の後継者だぞ。いくら何でもそんないい加減な事は出来ないだろう。ここはやはり辞退すべきだろうか。辞退すれば後継者は取締役会で選任される。そのほうが良いだろう。やはり会社や経営に詳しい人が後継者を選ぶのが適切なのではないか。
「堤君だったかな。少し、良いかね」
そんな事を考えていた僕に、声を掛けて来たのは理事長だった。
「えっ、あ、はい」
僕が気の抜けた返事を返すと、理事長は畳みかけるように話し始めた。
「我々弘済会は、この度の後継者選定に全面的に協力させて貰う。必要なものは何でも用意しよう。遠慮なく言ってくれたまえ」
理事長の唐突な宣言に慌てた僕は、先程まで考えていた事を伝える。
「待ってください。僕には会社や経営の事は分かりません。それに後継者候補の人たちの事も何も知りませんし。いきなり後継者を選べと言われても……」
「しかし、君が後継者を決めないのであれば、君は相続分の株式を受け取れなくなるが」
「そんなもの要りませんよ。大体、僕に相続があるなんて思ってもなかったし」
これは僕の本心だったが、理事長は信じがたいとでも言いたげな表情で会話を続ける。
「ふむ……まあ良いだろう。君も、いきなりこんな役目を与えられた訳だから、無理もない事だ。期限までは三十日ある。じっくり考えると良いだろう。君のサポートとして、この白石君を担当させる。必要な物や困った事があったら何なりと彼女に言って欲しい。できる限りの協力をしよう」
理事長の後ろで会釈するスミさんは無表情だ。
「あ、ありがとうございます」
言葉に詰まった僕は形式的な礼を言うのが精一杯だった。
◇◇◇
僕は小林さんと客間へ戻って来ていた。ソファに腰掛け、小林さんに今後の事を相談する。
「後継者を、本当に僕が決めてしまって良いのでしょうか」
「遺言状では、そうなってますね」
「でも僕は……」
「会長には何らかの意図があって、そのように遺言されたのでしょう。堤さんが誰を選定し、結果がどのような事になっても、それは会長のご遺志通りだったと言えます。堤さんが気に病む事はありませんよ」
小林さんにそう言われると少し気が楽になった。期限までに出来る事をやってみて、後継者が決まればそれで良いし、どうしても無理なら辞退すれば良いのだ。どうせ今の僕は無職だ。やりかけの仕事も、周りに気兼ねする事もない。
「分かりました。やれるだけの事はやってみます」
僕がそう答えると、小林さんは満面の笑みを浮かべた。
「堤さんには早速明日から後継者選定に取り掛かって頂きます。その間、この邸に滞在される事になると思いますが、その際、この部屋をお使い頂いて構いません」
「この部屋を、ですか」
一流ホテルのスイートルームのようなこの部屋を好きに使えと言われても恐縮するばかりだ。
「もちろん、宿泊費などは頂きませんよ」
小林さんは僕の不安を見透かしたように、そう言った。
◇◇◇
「これから私は、この件について取締役会に報告して来ます。今後、御用の際にはこちらに電話をください」
小林さんはそう言ってポケットから名刺を取り出し、僕に差し出した。
「分かりました」
僕はそう答えると、スマートフォンを取り出して名刺の電話番号に電話を掛け、着信音が鳴ったところで切った。
「これが僕の電話番号です」
小林さんは着信履歴を見て、慣れた手つきで僕の電話番号を自身のスマートフォンに登録した。
小林さんが部屋を出て行こうとしたちょうどその時、入れ替わりに三姉妹が入って来た。小林さんは三姉妹に会釈すると、後ろを気にしながら部屋を出て行った。
会議室では気付かなかったけれど、三人とも、まるでモデルのようにスラリとした長身、抜群のプロポーションだ。しかも美人でお金持ちで世界的大企業の後継者候補なのだ。天は二物を与えず、と言うが、天も相手によっては二物も三物も与えるらしい。
「先程はどうも」
僕は何とか挨拶の言葉を絞り出したが、三人に反応はなかった。
美香さんが三人掛けのソファに腰掛けると、柚香さんとエリカさんも同じソファに腰を下ろした。静寂の中、美女たちの視線が真っ直ぐに僕に注がれ、息が詰まりそうだ。
「率直に訊くけど」
静寂を破ったのは美香さんだった。
「な、何でしょうか」
「あんたが窪川陶弥なんじゃないの?」
「は?」
美香さんの、あまりに突拍子もない問いに、僕は間の抜けた返答を返したが、すぐに我に返った。
「そんな訳ないじゃないですか。何でそうなるんです?」
「窪川は名前以外何も分からないんでしょ。今時そんな事あると思う? 偽名でも使ってなけりゃね」
美香さんの言う事はもっともだが、それは僕が窪川陶弥である理由にはならない。僕は間違いなく堤孝晴だ。
「十年以上も前に副社長だった方の息子さんが、今頃になって現れて後継者を決めると言うのも、腑に落ちません」
次の問いは柚香さんからだった。それは僕も全く同じ考えなのだが、残念ながら僕には答えられない。その答えは今は亡き会長しか知らないのだ。
エリカさんは僕の顔をじぃーっと見つめると、ニコリと微笑んだ。僕もエリカさんにニコリと笑みを返す。
「とにかく、僕は窪川陶弥じゃありませんよ。嘘だと思うなら戸籍でも何でも調べてください」
僕はそう言って話を打ち切ろうとしたが、美香さんはさらに食い下がる。
「戸籍なんて、何の意味もないわ」
「どう言う意味でしょうか」
「その気になればどうとでも出来ると言う事です」
柚香さんが美香さんの言葉を肯定した。
「お祖父様はすっごい能力主義者だったから、血縁なんて気にしないと思うけどねー」
エリカさんが柚香さんの言葉を補足した。この三人、性格も雰囲気も違うのに絶妙なコンビネーションが取れている。姉妹ってこんな感じなんだろうか。僕には兄弟がいないから分からないけど。
「そう……まあ、そう言う事にしておくわ。その内分かるでしょうし」
美香さんはそう言うと立ち上がった。続いて柚香さんとエリカさんも立ち上がる。
「それでは、ごきげんよう」
「じゃあねー」
三姉妹はそう言い残すと部屋を出て行った。一体何だったのだろうか。僕には、この先が不安だ。
結局この日、僕は、小林さんが勧めたように客間に泊まる事にした。豪華なベッドとふかふかの寝具だったが、僕はベッドに入っても一向に寝付けなかった。
ベッドの中で、僕はパソコンを開き「窪川陶弥」について検索してみた。珍しい名前なので、もしかしたら検索にヒットするかと思ったのだ。
「窪川 陶弥 くぼかわ とうや……」
検索結果を隅々まで眺めた。
「窪川……久保川……陶也……陶馬……やはり見つからないか」
そりゃそうか。そんな簡単に見つかるなら、とっくに小林さんたちが見つけているだろう。
結局、眠ったのは深夜になってからだった。
【本編ここまで。次回に続きます】
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