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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第12話)

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【前回までのあらすじ】
堤 孝晴はエリカと街へ遊びに出掛けた。スミは孝晴が後継者候補である三姉妹と親密になることに苦言を呈する。一方、孝晴はエリカの計らいで三姉妹と夕食を共にする。

 夕食は久し振りに楽しいものとなった。
 独りで黙々と食べるよりは、大勢で食べるほうが楽しいに決まっている。ましてや三人の美女に囲まれての食事だ。楽しくないはずがない。
 美香さんは時折仕事の愚痴を言い、柚香さんは静かにそれを聞いている。
 僕の向かいに座るエリカさんは、何かと僕に話しかけてきた。
 僕はビーフシチューを一口食べて、思わず目を見張った。何だ、このビーフシチューは。何時間も煮込まれたであろう肉は口に入れるだけで融けるように崩れて、旨みだけが残る。こんなの初めて食べた。これがビーフシチューなら、今まで食べたものは一体何だと言うのか。当たり前と思っていたビーフシチューひとつでも僕が知っているものとはまるで違う。本当に世の中には知らないことだらけだと思った。
「ねえ、おいしいー?」
 エリカさんが僕に尋ねた。僕は頬張ったまま、言うまでもない、と表情で返した。
「まだお代わりあるよー」
 エリカさんはニンマリ笑って僕を見つめる。
「頂きます」
 僕は即答した。
 エリカさんに焚き付けられて、僕は二回もお代わりしてしまった。美香さんは目を丸くして驚いている。
「意外。堤くんはもっと小食かと思ってた」
「美味しいからたくさん食べられますよ」
 とは言ったものの、調子に乗って食べ過ぎたかも知れない。明日からは自重しよう。
 僕は添えられていた、焼きたてのような良い香りがするライ麦のパンを手に取ると、少しちぎってホイップバターを少し付け、口に放り込んだ。これも、いつも食べていたコンビニのパンとは全く別物だ。
 食事の最後に果物を食べ終えた。
「宜しければ、明日の朝食もご一緒にいかがですか」
 柚香さんが提案してくれたが、朝は皆忙しいだろうし、そこまでお世話になるのも悪い。
「ありがたいですが、それは遠慮しておきます。スミさんにバレると大変なんで」
 僕はスミさんをダシにして柚香さんに断りを入れた。
 柚香さんは終始微笑んでいた。いつも優しい微笑みだが、この人は逆に、他人には内面を見せないようしているのかも知れないな。
 短い食事の時間であったが、三姉妹の様々な側面をうかがい知ることが出来た。

◇◇◇

 夕食を終えて、僕は寝室に戻って来ていた。
 僕はベッドに入ってからも、天井を眺めて考え事をしていた。
 いずれ三人、いや四人か、の中から後継者を決めなければならない。皆、心根の親切で良い人ばかりだ。僕が後継者を決める事で、姉妹の仲を引き裂くようなことはしたくない。だがそんな考えで後継者を決めてしまって良いのか。それでは会社の為にならない気がする。会長はどうして、ズブの素人の僕にこんな役目を与えたのだろう。
 漠然とそんなことを考えていた僕の、スマートフォンに着信があった。小林弁護士からだった。
「夜分にすみません。お休みでしたか」
「いえ、大丈夫です。何でしょうか」
「実は、お見せしたい物がありまして、明日の朝、そちらへお伺いしたいのですが構いませんか。お時間は取らせませんので」
「朝ですか。構いませんよ」
「それでは明日、八時頃に伺います。宜しくお願いします」
「わかりました」
 小林さんは、それだけ伝えると通話を切った。一体何だろう。この時間に電話してくるからには、余程重要なことに違いない。何か胸騒ぎがする。

◇◇◇

 美香さんと柚香さんは毎日、午前八時少し前に出勤していく。
 入れ替わりに、一台のタクシーが邸のエントランス前に停まった。小林さんが到着したのだ。
 昨日の電話での通り、午前八時ちょうどにやって来た小林さんは、執務室のソファに腰掛け、僕が淹れたインスタントコーヒーを飲んでいる。
「堤さん、後継者選定の進捗はいかがですか」
 進捗も何もない。どうしたら良いかも分からない状況だ。
「まだ何も。今は候補者の周辺についての情報を集めているところです」
「周辺、ですか」
「性格や人となりや、人間的な評判などです。業務上での評価や実績なら調べればすぐに出てきます。でも、会長が敢えて僕に後継者選定をさせるのは、そう言うことではないのではと思って」
「なるほど。面白い着眼点ですね」
 小林さんは頷いたが、逆に僕にはそれしかない。会社や経営のことなんて僕には分からないのだから。
「堤さん、今日、私がここに来た件なんですが」
 小林さんは飲み終えたコーヒーカップをテーブルの端へ避け、カバンから封筒を取り出してテーブルに置いた。
「これからお話しすることは、誰にも口外しないでください。誰にもです。もちろん刑部姉妹にも」
 小林さんの改まった態度に、僕は固唾を呑んだ。姉妹について念を押すと言うことは、何か姉妹に関する話なのだろう。
「あ、ちょっと待って下さい」
 僕は小林さんの話を遮ると、ドアを開けて廊下を覗いた。誰もいないことを確認してドアを閉め、鍵を掛けた。
 美香さんと柚香さんは出勤したが、エリカさんがいる。エリカさんは普段この時間に執務室に来ることはないが、念の為だ。姉妹にも知られてはいけないのだから。
 僕がソファに戻ると、小林さんは封筒から書類を取り出して僕に向けた。

【本編ここまで。次回に続きます】

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