【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第37話)
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【前回までのあらすじ】
遺言開示から三十日目の日、刑部三姉妹、白石スミ、小林弁護士を集めて、堤 孝晴は後継者を発表した。
「えーっ!」
スミさんと三姉妹は揃って声を上げた。
「それってどう言う事……」
と、美香さんが言いかけて、すぐに、
「あー、なるほど。そう言う事ね」と言い直した。
「そうだったのですね」
「ほえー」
柚香さんとエリカさんも真意を悟ったようだ。さすがは刑部の才媛たちだ。
スミさんは立ち上がっていた。顔をこわばらせ、握った手はぶるぶると震えている。僕はスミさんのほうに向き直り、話しかける。
「スミさん、僕は窪川霞さんに会って来ました。あなたのお母さんに」
スミさんは全てを理解して無言で俯いた。
美香さんが僕に確認を求める。
「スミさんが窪川陶弥だったのね」
「そうです。陶弥と書いてスミと読みます。スミさんの出生時の名前は窪川陶弥(スミ)。その後、お母さんが結婚されて、白石姓になったそうです」
「なるほどね。お祖父様がどうしてスミさんをいつも気に掛けていたのか。そう言う事なら合点が行くわ」
美香さんがスミさんのほうを見たのに合わせて、僕たち全員がスミさんのほうを向いた。スミさんは震えながら言葉を絞り出す。
「いけません。私にはそんな資格ありません。私は、お世話になった刑部グループに恩を返したくて今まで勤めてきました。知らなかったんです。自分が会長の血縁だったなんて」
「スミさんは、遺言状の公開時に、初めて自分の名前が書かれている事を知ったんですね」
「はい。名前を聞いてすぐに自分の事だと分かりました。その時は驚いたけど、行方不明と言う事になっていたので、それなら、そのまま黙っていようと思ったんです」
「それで、僕のサポートをする事になったときに、資料を改ざんした」
「どうしてそれを……」
驚いた顔のスミさんに、僕は黙って頷いた。スミさんも頷いて続ける。
「私は理事長から、美香さんを後継者にしない為の工作をするよう指示されていました。その時、資料を調べていて、母の名前と写真を見つけたんです。それで資料から、それらを削除しました」
「でも、美香さんの資料は改ざんしなかったんですよね」
「はい。以前から、私は理事長のやり方には反対でした。美香さんを後継者にしないように言われた時も、逆に美香さんが後継者になれば、理事長の横暴が止められると思ったんです。だから私は後継者になれません。美香さんになって頂きたいんです」
スミさんは美香さんのほうを向いて懇願する目で見つめている。
腕組みして聞いていた美香さんが口を開く。
「悪いけど、あたしは後継者になれないのよ」
「えっ」
スミさんには、美香さんの返答は予想外だったようだ。
「美香さん、知ってらしたんですね」
「まあね。自分の事だし。あんたも知ってたのね」
「すみません。調査の過程で知ってしまいました」
僕が頭を下げると、美香さんは、気にするなでもと言うように手で合図して、椅子に座り直すと組んだ足を組み直した。
「あの、一体どう言う事でしょう」
柚香さんが不安げな顔で問い、美香さんが答える。
「あたしはお祖父様の血縁じゃ無いの。遺言状では後継者は血縁者から選ぶ事になっているわ。隠す気はなかったけど、もし後継者に選ばれたら辞退するつもりだった」
「そんな……」
そのまま柚香さんは絶句してしまった。
「お義父様が、あたしを自分の子では無いと知りながら認知した理由は今となっては分からないけれど、もしかしたら貧しかった母を助けたかったのかも知れないわね。外からは色々言われてるけど、あの人は元々そう言う人なのよ」
美香さんはサバサバした物言いだ。まるで何か吹っ切れたようにも見える。
「血縁を理由にしたくなかったから、一層刑部の為に働いてきたつもりよ。例え周りに敵を作ってもね。あたしの仕事ぶりはお祖父様も評価してくれていたし、今でも間違ってるとは思ってないわ」
そこまで語った美香さんの目が少し陰ったように僕には見えた。美香さんは苦笑いを浮かべる。
「でも、ちょっと残念ね。あれほど能力主義者だったお祖父様も、最期には血縁に頼るなんて……」
「それは違いますよ」
思わず、僕は口を挟んでいた。美香さんが驚いて僕を見ている。僕は、今までの調査で分かった会長の真意を話す事にした。
「遺言状に血縁の条件を入れたのは、スミさんを何としても後継者選びに参加させるためです。スミさんが自分の出生を知れば黙って辞退する事を会長は想定していました。そこで遺言状で血縁を強調し、僕にスミさんを探させるよう仕向けたのです。美香さんは既に認知されていますから、今更血縁を疑う人は居ません」
美香さんは目を閉じて僕の話を聞いている。
「ところで……」
僕は柚香さんとエリカさんのほうを向いた。
「柚香さんとエリカさんには申し訳無い事になりました。お二人は美香さんを後継者にしたかったんですよね」
柚香さんとエリカさんの顔色が変わり、二人は目線を送り合っている。美香さんは目を開くと二人のほうを見る。
「そうなの?」
「エリカさんは、僕の動向を柚香さんに伝える役だったんですよね」
「……そうだよ。いつ分かったのー?」
「エリカさんが僕に夕食の世話をしてくれたとき、柚香さんに話しておくと言いました。この家を取り仕切っているのは美香さんなので、本来なら美香さんに話をするはずです。この時、僕はエリカさんから柚香さんへ連絡する流れが出来ていると直感したんです」
「あちゃー」
エリカさんは両手で顔を押さえ、指の隙間から僕を見ている。
「皆さんの仕事ぶりを見ようと言ったのもエリカさんです。美香さんの仕事はしっかり見せて貰えたのに、柚香さんの時は渋りました。見学の手続きの問題なら別の日にすれば良いだけです。あれば柚香さんの仕事を見せたくなかったんですよね。テレビの収録では、柚香さんは最初、論客の質問をのらりくらりとかわしていましたが、あれは僕に本来の姿を見せたくなかったからでしょう。柚香さんの言動が普段と違う事に気付いたプロデューサーや論客が、番組を盛り上げるため論点を変えてきたので、柚香さんも対応せざるを得なくなった。それが後半の論戦です」
「孝晴さん、あの短い時間でそこまで気付いていらっしゃったのね。その通りです。プロデューサーや論客も、番組の為にわたくしの事を研究しています。テレビでいい加減な事は言えないので、対応せざるを得なかったんです。孝晴さんには、わたくしはただの広告塔という事にしておきたかったの」
柚香さんはいつもの微笑を浮かべているが、心なしか気まずそうにも見えた。
【本編ここまで。次回に続きます】
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