見出し画像

【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第38話)

【本編無料】
 小説本編は無料でお読み頂けます。
【前回までのあらすじ】
 堤 孝晴は後継者を発表した。刑部三姉妹、白石スミは、それぞれの思惑を持って行動していた事を語る。

「お祖父様の目的は、スミさんを後継者にする事だったのでしょうか」
 柚香さんが僕に訊いた。
「いいえ。もし会長がスミさんを後継者にしたいなら、最初から遺言状に書いておけば良いはずです。それは他の孫でも同じです。ですが、そうはしませんでした。会長はスミさんを後継者レースに参加させるまでが目的だったんです。そうすれば、スミさんは少なくとも遺産と株式を手に入れる事は出来ます」
 柚香さんが頷き、それを見て僕は話を続ける。
「会長は四人の内、誰が後継者になっても良かったんですよ。と言うか、四人で後継者になって欲しかったんです」
「どう言う事? 意味が分からないわ」
 不満げに問う美香さんに、僕は相づちを打つと説明を続ける。
「僕は最初、もっとも優れた人を候補者に決めれば良いと思っていました。でも、それならこんな手間を掛ける必要が無い。それで、もしかしたら会長は自分で後継者を決められない理由があったんじゃないかと考えたんです」
 お弁当の事でエリカさんと話したときの会話がヒントになった。一人が飛び抜けていても他の評価が低ければ、全体としては低い評価になる。最も優れた者を選ぶだけでは後継者選定としては不十分だったのだ。
「もし会長が、孫から一人を選んで後継者に指名し、株式を全部渡したらどうなるでしょう。選ばれた人には、会長が直々に指名した後継者と言う肩書きが付いて回ります。もし、その人が失敗したり、進む道を誤ったりしたときに、他の人たちは助言できるでしょうか。会社は軌道修正出来るんでしょうか」
「もしかして、それはお義父様の……」
 美香さんの考えは当たっている。これは春樹氏が辿った不幸を孫たちに辿らせないために会長が仕組んだセーフガードだ。
「選ばれた人に、会長が選んだ後継者と言う枷を作らないために、後継者を選ぶのは会長本人ではなく、他の誰か、しかも会社や経営に関与しない人間に任せる必要があったのです。また、株式は孫たちにほぼ均等に配分されています。重要な決定事項は孫全員の合議で決める事になるでしょう。これは四人が揃って後継者と言う意味でもあるし、誰か一人に責任を押し付けないと言う意味もあるのでしょう」
「そっか……お祖父様は最後まで、あたしたちを公平に扱ってくれたわけね」
 美香さんはそっと目を閉じ、指で目尻を拭った。美しい光景だと思った。本来の美香さんの姿なのだろう。だが美香さんは僕の視線を感じたのか、すぐに腕組みしていつもの表情を作った。
「スミさんを後継者に選んだのは僕の独断です。理由はスミさんを理事長の束縛から解放するためです。理事長の策略を最もよく知るスミさんが後継者になれば、理事長の居場所は無くなります。理事長は反会長派の取締役と結託しているそうなので、上手くやれば、そちらも一掃出来るかも知れません」
 スミさんは唖然とした顔で僕を見ている。
「理事会と取締役会を両方ともぶち壊そうって言うの。あんた、さらっと恐ろしい事を考えるわね」
 美香さんは呆れた風に言ったが、顔はニヤついている。
「孝晴さん、策士ですね」
「孝晴、怖ーい」
 柚香さんとエリカさんも乗って来た。いつもの三姉妹の姿だ。
「でも、孝晴くんが理事長に脅されたりして後継者が決められなかった可能性だってあったのよね」
「その時はスミさんが会長の孫だと暴露して、反理事長派の理事を抱き込み、理事長を追い落とすつもりだったんでしょう。ですよね、小林さん」
 話を振られた小林さんは、
「さあて、仮定に基づく質問にはお答え致しかねますなあ」
と、政治家の答弁のような事を言いながら、愛用のカバンから封筒を取り出すと、中の書類を出してテーブルに置いた。
「やっぱり」
 それはスミさんのDNA鑑定書だった。もちろん、会長と血縁であるとの結果が書かれている。
「小林さんには、僕たち見事に手のひらで転がされてしまいました」
「……一体何の事でしょう」
 小林さんはとぼけたが。
「遺言状は会長と小林さんとで作った物ですから、スミさんの名前の読み方を小林さんが知らないはずが無いんですよ」
「あーっ!」
 と、美香さんたちが一斉に声を上げた。
「この計画は全て会長が立てたものですよ。私が名前の読み方を間違えたのが切っ掛けでね」
「僕が窪川霞さんの消息調査を依頼した時に、あまりにも早く居所が分かりました。小林さん、最初から知っていたんですよね」
「いいえ、私は知りませんでしたよ。ですから、あのあと弘済会へ行って、スミさんの緊急連絡先を訊いたんです」
「緊急連絡先……あっ」
 今度はスミさんが小さく声を上げた。
「一般的に、緊急連絡先には実家を登録している場合が多いですからね。何だか探偵みたいで楽しかったですよ」
 小林さんはとても満足そうに笑った。やれやれ、もっと早く気が付くべきだった。この人が全ての黒幕だったんじゃないか。
「あの……お話は分かりましたが……やっぱり私が後継者なんて……困ります」
 スミさんは俯きながら小さな声で言った。まだ決心が付かないらしい。
「あんた一人に全部押し付けたりはしないわ。もし理事長や取締役会が何か仕掛けてきたら、あたしたちが守ってあげる」
「そうですよ。わたしくしも異論はありませんわ」
「そうだよー。決めたのは孝晴だから、何かあったら全部孝晴のせいにすれば良いんだよー」
 何か最後に凄い事を言われてるぞ。大丈夫なのか僕。
「皆さん……ありがとうございます。私、やってみます。会長……お祖父様の期待に添えるか分からないけれど」
 皆の説得で、やっと決心が付いたスミさんは笑顔でそう答えた。やっぱりこの人には笑顔が似合う。
「スミさんなら上手くやれますよ」
「もう……無責任な事言って。もし失敗したら責任取って貰いますからね」
 そう言ってスミさんははにかんだ笑いを見せた。
「と言うわけで、遺言状に従い、後継者にスミさん、白石陶弥さんを指名します」
 僕はテーブルの上の封筒から、昨日作った証書を取り出し、皆に見えるように置いた。もちろん、証書には後継者としてスミさんの名前が記されている。
「立会人として確かに承知しました」
 小林さんはにこやかに宣言し、証書の立会人欄にサインした。続いて美香さん、柚香さん、エリカさんが証書にそれぞれサインした。
 こうして刑部グループの後継者が決定したのだ。

【本編ここまで。次回、最終話です】

ここから先は

447字
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?