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【連載小説】無職の僕が大企業の社長を選ぶ話(第11話)

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【前回までのあらすじ】
 堤 孝晴は暇を持て余すエリカに付き合って街へ遊びに出掛け、近くに刑部グループが開発した温泉地があることを知った。

 結局、駅前には遊ぶようなところは無く、僕たちは商店街周辺をぶらぶら見て歩いただけだったが、エリカさんには気晴らしになったようで終始機嫌が良かった。
 僕たちが邸に戻ったのは午後三時を少し過ぎた頃だった。僕が執務室に戻ってみると、スミさんは一人で黙々と資料整理を続けていた。それに引き換え、僕は一日中遊んでいた訳だから、さすがにちょっと気まずい。
「ただいま」
「お帰りなさい」
 僕をチラリと見て、スミさんは直ぐに作業に戻ってしまった。やはり機嫌が良くないらしい。
「孝晴、また後でねー」
「うん、宜しく」
 エリカさんは僕に手を振り、自分の部屋に戻っていった。
「何ですか」
「あ、いや、何でも無いです」
 僕はスミさんの問いをはぐらかした。やはり、隠し事はちょっと後ろめたさがある。
 僕はここで奥の手を投入する。
「スミさん、お土産買ってきたので」
 紙袋を手渡すとスミさんが中を覗く。
「あ、水ようかんですか。駅前の甘味処へ行ったんですね」
「よく分かりましたね。あの辺りには、他に女の子と行けるようなところが無くて」
「あの店は私もよく行きます。あんみつが美味しいんです」
 スミさんの表情が少し柔らかくなった。
「じゃあ、今度行きませんか。あんみつ食べに」
「良いですよ。時間のある時に」
 さっきまであんなに機嫌が悪かったのに、優しい目のスミさんはあっさりOKした。甘い物の威力は絶大だ。ありがとうあんみつ。
「折角買ってきてくださったので、今からこれを頂きましょうか。私、お茶を入れてきます」
 スミさんは棚から紅茶の茶葉とティーカップを一つ取り出した。茶葉はスミさんの私物で、いつも飲んでいるものだ。普段と同じようにティーポットに紅茶を用意する。
 僕はソファに無造作に積み上げられている資料を端に寄せ、テーブルの上を片付けた。
 スミさんがティーポットから、ティーカップと、愛用のマグカップに紅茶を注ぎ、水ようかんと共にテーブルに並べた。
 水ようかんは上品な甘さと滑らかな口当たりでなかなか美味しかった。夏場には冷やして食べると更に旨いはずだ。スミさんも気に入ってくれたようだった。

◇◇◇

 スミさんは水ようかんを食べながら駅周辺について教えてくれている。
「あの辺りで遊ぶようなところは無いですね。少し行くと温泉地がありますけど」
「ああ、刑部のリゾート会社がやってる温泉ですよね。エリカさんに聞きました」
「エリカさんと行ったんですか」
 スミさんの表情が険しくなった。
「行ってませんよ。行ってたらこの時間に帰って来られないでしょう」
 僕の言葉に、スミさんの目つきが少し柔らかくなる。
「分かっていると思いますが、エリカさんは後継者候補の一人です。堤さんが特定の候補者と、その、親密な……関係と言うのは、あまり、その……」
 言葉を選びながら話すスミさんは、顔に少し赤みが差すと、そこで口ごもって、目を伏せながらカップの紅茶を口に含んだ。もちろん言わんとすることは僕にも分かる。さすがに気にしすぎだろうと思った僕は、つい余計な一言を言ってしまう。
「エリカさんはそこまで考えてないと思いますよ。一緒に寝ようとは言われたけど」
 ぶーーっ!
 今度はスミさんが紅茶を盛大にぶち撒けた。むせたらしく激しく咳き込んでいる。
「あああっ、資料が! 書類がああ!」
 濡らしてしまった書類を見て慌てふためくスミさん。この人、その手の話に耐性がなさ過ぎじゃないかな。
「ちょっと気にし過ぎじゃない?」
「堤さんが気にしなさ過ぎなんです!」
 水ようかんで折角直ったスミさんの機嫌は完全に損ねてしまったようだ。スミさんは濡らした書類を無言で拭き取り、片付けている。
「失礼します」
 午後五時になった途端、スミさんは逃げ去るように帰ってしまった。

◇◇◇

 エリカさんの計らいで、今日から三姉妹と夕食を同席させてもらうことになった。もちろん、このことはスミさんには内緒だ。
 美香さんと柚香さんが帰宅するのを待って、エリカさんが僕を呼びに来た。
「スミちゃん、慌てて帰ったけど、何かあったのー」
「さあ」
 僕ははぐらかしたけど、半分はあなたのせいだと思うんですよ。
 僕はエリカさんに付いてダイニングルームへ向かった。
 ダイニングルームには、凝った作りの八人掛けのテーブルが置かれている。白いテーブルクロスが掛けられ、席には人数分の銀のカトラリーがセッティングされている。
「ごめん、遅くなった」
「孝晴さん、お疲れ様」
 美香さんと柚香さんがやってきて、着席した。
「今日からお世話になります」
 全員が揃ったところで給仕が料理を運んでくる。コース料理ではないが、料理はどれも手の込んだ旨そうなものばかりだった。食器は全て白磁で、金で模様が描かれている。
 今度は給仕がワインを運んできた。各々のグラスに赤ワインを注いで回る。
「あたしたち、いつもはお酒を飲まないのだけど、今日は特別よ」
 美香さんは僕に気を遣ってワインを用意してくれたようだ。心遣いはありがたいが、僕は居候の身だ。特別扱いは困る。
「僕も、今日だけ特別に頂きます」
 美香さんは僕の意向を汲んでくれたらしく、目で合図してグラスを構えた。本当に聡明な人だ。
「それじゃ、乾杯」
「乾杯」
 美香さんの音頭で各々がグラスを掲げた。

【本編ここまで。次回に続きます】

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