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息子が少年野球チームに入ったら人生変わった VOL:6 大荒れコーチ会③

「何を言っているんですか! 別にうちの息子のことじゃないですよ」

Xさんは、ヘッドコーチの反撃を受けて立ち上がって叫んだ。場がシーンとなった。私が初めて出席したコーチ会は、Xさんがチーム批判を展開したことから殺伐とした雰囲気になり、多くの人はうつむくように下を向いた。ヘッドコーチは言葉を続けた。

「今日のスコアブックはこれです。また、昨年の出場データも持ってきました。先ほど監督も言ったように、長期的に見ると出場機会に差はありません。打席数を比べてみてください。ただ、一番少ないのはXさんの息子さんです。ここに不満をお持ちですか?」

「だから、うちの息子のことではありませんよ。みんなを均等に…という意味で言っているんです」

「もちろん監督も私も均等に出場機会をと考えています。しかし、Xさんの息子さんの場合、塾に通っていることもあって欠席が多いでしょう。もちろん休んでも構わないんです。休んだから出さないなどと考えたこともありません。出席の日は、なるべく出すように配慮もしているんです。しかし、すべてを補って他の選手と同じ数にするのは、なかなか難しいですよ」

「ですから……」

「もし、あの欠席日数を補うとしたら、もうXさんの息子さんを中心にオーダーを組むしかない。そうなったら、それこそ『他の子の気持ちを考えているのか』という話になってしまいます」

「うちの息子はどうでもいいんです」

「では、どの選手のことですか? 具体名を言ってくれれば善処しますよ。言ってくれなければ、今後も同じ状況になってしまうかもしれない。それでは子どもに申し訳ないでしょう。どの選手ですか?」

ヘッドコーチは、Xさんの逃げ道をふさぐように追い詰めていった。正直、私は「さすがに言い過ぎじゃないか…」と思ったが、あとでMさんに教えてもらったところでは、Xさんは普段からチームの不満を口にしており、コーチ会のたびにXさんは監督に食ってかかっているので、今回ヘッドコーチはとことん話す道を選んだのだろう。ちなみにXさんの息子は中学受験の準備のため、塾に通っていて、チーム活動は休みがちとあり、Mさんは「半分ぐらいしか来られないんじゃないかな。それにしたら出場数も多い方なんですけどね」と話していた。

ヘッドコーチの質問には答えず、Xさんは話題を切り替えた。

「監督とヘッドの子はいつも出ていますよね。それはなぜなんですか?」

「いつもではありませんよ。打席数を見てもらえば、彼らも同じぐらいでしょう。現状でバッテリーができる選手が少ない。2人がピッチャーやキャッチャーをやる機会が多いので目立つところはあるでしょう。ただ、練習では他の選手にもバッテリーの練習をしてもらっていますから、少しずつ色んな選手に経験させていきますよ」

「打席数、打席数って、それで比べられるんですか? フォアボールが多ければ打席数も減るでしょう」

「いや、フォアボールやデットボールで数えないのは打数です。打席数は試合で打席に入った数ですから、出場機会を比較する一つの材料にはなると思っています。もし他に比較材料があれば教えてください」

「そうやって野球経験者ぶらないでくださいよ。学生時代に野球をやっていたのが、そんなに偉いんですか?」

「いやいや、打席数と打数ぐらいは野球をやっていなくても分かるでしょう」

最初は冷静に対処していたヘッドコーチもかなり興奮していた。Xさんが反撃材料を探すためか、一瞬口ごもった瞬間、ムードを変えるように監督が口を挟んだ。

「今日は新コーチが参加してくれているから嬉しいですね。これから何か思うところがあったら、ぜひ言ってくださいね。全員が納得できるチーム運営というのは難しいところがありますが、それでも話し合って少しでも善処していきましょうよ。うちは地域の子どもたちが集まるチームで、勝利よりも成長の場なんです」

初めてコーチ会に参加している私への言葉だった。ムードを変えるべく、私もすぐに答えた。

「でも、強いチームだって評判ですよね。息子もついていけるか不安はあるみたいです」

「たまたま体が大きい子が集まった年代に優勝したことなどはありますけどね。毎年、練習で鍛えて…というチームじゃありませんよ。勝利を目指して全力でプレーしますけど、勝利だけが目標とは思っていません。野球に熱中する子もいるけど、他の競技と掛け持ちの子もいるし、中学受験を目指す子もいる。そういう色々な子が集まっているのが地域のチームなんですよ」

この会話をきっかけに、黙っていたコーチ陣も次々に口を開き、雑談の様相になった。もう単なる飲み会だった。Xさんも仏頂面をしていたが、近くの席に座るメンバーが明るく話しかけているうちに、笑顔で話すようになっていた。

しばらく歓談した後に、監督が「明日も練習ですから、このへんでお開きにしましょう。これからも全員で力を合わせてがんばりましょう!」とまとめて解散になった。午後10時だから4時間ほど飲んでいたことになる。

帰宅すると妻が「どうだった? 話についていけた?」と聞いてきたが、Xさんの顛末を話す気にはなれなかった。

「Mさんとスコアラー&記録係になったよ。明日にでもルールブックを買ってこないとなあ」

「ええー、大丈夫なの? 野球分かるの?」

「いや、分からないよ。でも、役についたなら仕方ないじゃん。Mさんに全部を任せるわけにもいかないしね」

「結構はまっているんじゃない? ねえ、コーチ」

妻は私が野球チームに参加することを望んでいるのは明らかだった。

「いや、やりたくない気持ちは変わらないけど、自分の息子がやる気になっているわけだからね。今日の試合で2打席目にバットに当たったときは、正直うれしかったよ」

「そうだね。アウトでうれしいんだから、ヒット打ったら叫んじゃうね」

「あいつがうまくなるかは分からないけど、結果にかかわらず、応援してやりたいんだよね」

「そうだね」

翌朝も弁当作りがあるからと、妻は先に寝室へ入っていった。私はもうちょっと飲みたくなって冷蔵庫からビールを出してテレビをながめていた。しばらくすると、眠ったと思っていた妻が出てきた。

「ねえ、変なメールが来ているよ。寝る前に明日の予定変更はないかと思ってパソコンのメールをチェックしたら…」

見ると、Xさんからだった。

「今日のコーチ会をどう思いましたか? 監督とヘッドコーチは独善的で、他のメンバーは不満を持っています。皆の意見を集約したいので、明日の夜、数人でもう一度集まる予定です。ぜひ参加しませんか? このまま黙っていると、入会が遅かった息子さんもベンチばかりになってしまいますよ」

コーチ会でヘッドコーチにやりこめられたXさんは、さっそく反撃に出ようというのだろう。心配そうな顔をしている妻に向かって私は言った。

「明日の練習に行って断るよ。意見がどうこうではなく、明日の夜は予定があるから参加できないと言う」

しかし、Xさんはどうしたいのだろうか。純粋な印象しかなかった少年野球チームにもドロドロした部分があるものだと驚きながらも、まあ、人間が集まれば当然起きることだと納得もした。たかが少年野球、されど少年野球…である。

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