中国の超ヒットアニメ映画『長安三万里』と「歴史修正」問題
今年の7月8日に中国・唐時代の詩人の生涯を描く歴史アニメ映画『長安三万里』が公開され、8月14日までにその興行成績が17億元(約340億円)を突破しています。
『長安三万里』は中国のアニメ映画史上トップの興行成績（50億元）を誇る『ナタ～魔童降臨～』（2019年）に続き、アニメ映画の興行成績ランク第2位に入りました。
『長安三万里』はまさに2023年夏の中国アニメ映画を代表する作品となっていますが、最近になって映画の内容が「歴史事実とは異なる」という指摘が専門家からなされ、ネット上で議論が沸騰しています。
そこで、この記事では『長安三万里』の一体どんな点が議論を呼んでいるのかを検証してみました。
長安三万里とは？
『長安三万里』は中国のアニメ制作スタジオ「追光動画」により制作された歴史アニメ映画です。
詩が最も繁栄したとされる盛唐期（712～765年）の中国を背景にし、755年に起こった「安史の乱（安祿山、史思明の朝廷に対する反乱）」の後、その身に危機が迫っていた詩人・高適（こうせき）が自身と李白・杜甫との間の友情や出来事を振り返る、というストーリーです。
映画『長安三万里』は中国古代の歴史に基づくアニメ映画となっています。
「史実とは異なる」と指摘された部分
8月16日、洛陽（らくよう）市隋唐史学会はウィーチャット公式アカウントにおいて次のような主旨の声明を発表しました。
『長安三万里』は歴史知識の普及に貢献し、中華民族の自信回復に積極的な役割を果たしている。
しかし、一部のエピソード内容は史実とは符合せず、歴史上の人物の誕生地や事件が起きた場所について青少年に誤解をもたらし、その土地の人々の感情を損ねている。
洛陽市隋唐史学会は河南洛太弁護士事務所に依頼し、『長安三万里』の制作者、監督、脚本家たちが誤りを修正し、謝罪の声明をを出すように求める。
洛陽市隋唐史学会が声明で主に強調しているのは以下の二点です。
一、映画『長安三万里』は歴史事実に基づくアニメ作品で、全くのフィクションであるわけではない。
二、『長安三万里』の多くのエピソードは史実と全く符合していない。例えば以下の通り。
李白と杜甫が最初に出会った場所は洛陽であり、映画で描かれているような長安ではない。
杜甫が初期に生活したのは洛陽であり、長安ではない。
「一日三絶」は洛陽の天宮寺で起こったエピソードであり、揚州で起こったのではない。
郭子儀を救ったのは李白であり、高適ではない。
洛陽市隋唐史学会は上のようなアニメと史実とが異なる箇所を指摘した上で、「『長安三万里』のエピソードと史実とが一致しないことをめぐる論争が洛陽と西安（昔の長安）のネット民の間で特に炎上している。映画制作サイドは論争を見て見ぬふりをするのではなく、歴史を尊重して映画の誤りを修正し、洛陽の人民感情に配慮してほしい」、と訴えています。
中国ネット民の反応
『長安三万里』の制作陣による歴史エピソードの書き換え問題について、中国ネット民は下のようなコメントを寄せています。
歴史作品は史実を尊重すべきだ。しかもアニメ作品を見るのはほとんど子供たちなので、容易に誤解する。
それならば、「作品は参考にしかできず、李白も必ずしもアニメのような風貌とは限らない」と子供たちに教えなくては！ドキュメンタリーでさえも100％の再現は不可能なのに、アニメ映画にそれをさせるのか？
やりすぎだ。だれがアニメを歴史の教科書にするというんだ。
子供ならアニメを歴史の教科書にしうる。
歴史を修飾はできるが改変はできない。映画作品は青少年への影響が大きいので、歴史に基づき修飾すべきだ。
映画制作サイドは映画の冒頭で「この作品は歴史に題材をとっている」と簡単に声明すればよい。
まとめ
中国の歴史アニメ映画『長安三万里』の歴史書き換えの問題ついて検証してきました。
『長安三万里』は現代のアニメーション技術を用いて中国唐代の詩人たちが体験したエピソードや歴史背景、そして彼らの詩作品を現代の子供たちにわかりやすく伝え、共感を引き起こすことに成功しています。
しかし、作品を面白くする過程で李白と杜甫が出会った場所を「洛陽」ではなく「長安」に改める等、歴史上の事実関係が文献ではっきりしている部分もあえて書き換えており、この問題がネット上で論争に発展（炎上）する事態になっています。
正史『三国志』と小説『三国志演義』のように歴史とそれに基づく歴史フィクションの関係はおなじみの問題ですが、事実がはっきりしてる出来事をアニメ（エンターテイメント）だからという理由でどれだけ書き換えてよいのかは中国でもまだ意見が分かれているようです。
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