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刀郎の新曲『羅刹海市』が再生回数80億回超え、爆発的ヒットの原因は◯◯

中国四川省出身の歌手・刀郎(ダオ・ラン)が2023年7月19日にニューアルバム『山歌寥哉(さんがりょうさい)』を発表し、このアルバムに収録されている「羅刹海市(らせつかいし)」という一曲が、今中国で再生回数80億回を超える爆発的ヒットになっています。

「羅刹海市」はなぜ中国でこのような大ヒットになっているのでしょうか?今回はその原因を探ってみます。

刀郎はどんな人物

刀郎は本名を羅林(ルオ・リン)といい、1971年6月22日生まれ、四川省の出身です。

出典:http://www.wyyg.net.cn/7dc67mhc.html

地元の高校2年生、17歳の時から音楽の道へ入り、成都、重慶、チベット、西安といった各地を周りました。

刀郎は1991年から海南島で音楽活動していましたが、このとき新疆の女性・朱梅と知り合います。そして1995年には彼女に付き添って新疆に入り、現地の民族音楽を吸収していきます。

2004年、刀郎はアルバム『2002年の初雪』を発表し、このアルバムが約270万枚を売り上げる大ヒットとなりました。

2005年、『2002年の初雪』は第5回中国ゴールドディスク賞の「通俗類アルバム賞」を受賞し、さらに刀郎自身も華語音楽メディア大賞の「最も素晴らしい国語男性歌手賞」および「年度芸人賞」を受賞したことで、刀郎は一躍有名人物になりました。

新曲「羅刹海市」と中国古代の怪異小説『聊斎志異』

刀郎の新曲『羅刹海市』は、中国古代の短編小説集『聊斎志異(りょうさいしい)』に含まれる一篇の小説から曲名が取られています。

『聊斎志異』は神仙・狐・鬼・化け物などの怪異の世界と人間界とを交錯させて描く「中国怪異文学の傑作」と評される小説作品で、作者は蒲 松齢(ほ しょうれい、1640-1715年)です。

『聊斎志異』の一篇「羅刹海市」は次のようなお話です。

商人の子・馬驥(ばき)は生まれつき聡明かつ美男子だった。14歳で予備試験に合格し、世間に名を知られたが、父親から学問では食べていけないといわれ、役人になるのをあきらめて父親の後をついで商売の道に進んだ。

ある時、馬驥は船に荷物を積んで仲間とともに商売に出たが、嵐にあって船が沈み、ただ一人ある町に流れ着いた。そこの人はみな化け物のような異様な顔をしていたが、馬驥の顔をみると反対に鬼の顔でも見たかのように逃げ去った。

馬驥が流れ着いた国は「大羅刹国(だいらせつこく)」といい、役人になるのに「学問」ではなく「容姿」が重んじられる国であった。しかし、容姿の美しさの価値観が人間の国とは違い、大羅刹国の支配者はみな化け物のような醜い顔をしていた。

馬驥はそのままの顔では大羅刹国に受け入れられなかったが、自分の顔に炭の煤(すす)で張飛(中国の歴史小説『三国志』の英雄)の隈取(くまど)りをすると周囲の人から「美しい」と気に入られ、国王にも謁見でき、重用された。

しかし、馬驥の仮装はやがてばれるようになり、また彼は除け者となってしまった。馬驥は大羅刹国から離れることを決め、その後たくさんの商人や神々が集うという「海市(海上で開かれる市)」へと向かった…

役人になるには学問ではなく容姿が重視され、醜く自分を変えなければ重用されないという大羅刹国は、官界では立身出世が叶わなかった蒲 松齢が、現実世界のあり方を風刺しながら描いた国と理解することができます

中国ネット民の間で「羅刹海市」解釈が大沸騰

刀郎の新曲「羅刹海市」はそのキャッチーなメロディとは対象的に、歌詞は非常にわかりにくいのですが、およその内容は善悪や美醜等の価値観が転倒した世界を風刺(批判)している、と解釈できます。つまり、刀郎の新曲と『聊斎志異』の「羅刹海市」は非常に密接な関係があります。

そして、中国のネット民たちが刀郎「羅刹海市」の歌詞をそれぞれの立場から解釈し、歌詞内容に共感し、その思いをネットでシェアすることで曲の再生回数が爆発的に伸びているようです。

では、中国のネット民たちは刀郎「羅刹海市」をどのように解釈し、またどこに共感しているのでしょうか?下のようないくつかの説があります。

  1. 刀郎は芸能界でかつて他の有名歌手から音楽性についての批判を受け、「不公平」な扱いを受けた経緯があり、その事件(かつての批判者たち)に対する報復として「羅刹海市」が作られ、共感を呼んでいるという説。刀郎のファンや彼をよく知る人たちにこの説を唱える人が多い。

  2. ネット民が現実生活でいろいろな不条理を味わい、価値観の転倒した国・羅刹で除け者にされた馬驥に自分自身の姿を投影させ、共感しているという説。

  3. 善悪是非をかえりみない、現実世界の腐敗した中国の汚職役人たちを批判した歌詞として捉え、共感を呼んでいるという説。

  4. 特定の国家や民族のみにとどまらない、世界レベルでの価値観の転倒(対立)や不公平な扱いを批判した歌詞として捉え、共感を呼んでいるという説。

  5. ネット民がネットで見聞きしたニュース内容と「羅刹海市」の歌詞の一部とを結びつけて共感しているという説。

刀郎の「羅刹海市」の歌詞は「価値観の転倒した世界」をキーワードに、聞く人それぞれの立場からさまざまな解釈を行うことが可能です。「羅刹海市」は中国のネット民から歌詞が多様に解釈され、いろいろな立場の人からの共感を受けたことが成功の原因にあるようです。

まとめ

刀郎の新曲「羅刹海市」が大ヒットしている原因について考えてきました。「羅刹海市」はメロディが印象的なのはもちろん、『聊斎志異』ともリンクした「価値観の転倒した世界」を風刺した歌詞がネット民から多様に解釈され、その共感を受けたことが爆発的ヒットの原因にあるようです。

中国古典小説の内容をヒントにしながら現代中国人に共感される楽曲を作り出す刀郎の才能には脱帽ですね。

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