映像・演劇関係のハラスメント告発者にマンスプしているバカが多いので思わず書きなぐった日記~告発はしてよかったに決まってるだろ~

どうも。石塚です。

事情があり、SNSの投稿をセーブしています。ただ、届いたDMはチェックするので、1日に何度かタイムラインをうっかり見てしまうことがあるんです。気になる投稿を複数見かけたので、それについて書きます。

私は昨年あたりから映画業界を中心に、労働搾取やハラスメントを批判する文章を多く発表してきました。それらと並行し、自分が過去に行ったハラスメントについても、自己反省を続けています。

今年に入って、週刊誌やWebメディア、SNSなどで映像関係者、演劇関係者の問題が次々と暴露されてきました。非常にいい傾向だと思います。この状況にはメリットしかありません。今後のハラスメントへの抑止効果は絶大だといえます。

ところが、映画&演劇関係者の中にはこの状況に対し、「告発するんじゃなくて訴訟したら?」「メディアじゃなく弁護士や警察に相談するのが先でしょ」という連中がいます。僕も言われました。この場を借りて言い返しておきます。余計なお世話だよ、バカ。

すでに多くの方が連中に「マンスプレイニングだ」「二次加害だ」と的確な批判を浴びせているので、まあ、世間は傲慢な映画&演劇関係者が思うほど、頭は悪くないということです。でも、連中は何が悪いのか本気で分かっていないようなので、私がレクチャーいたします。これもマンスプの一種かもしれませんが、否定はしません。俺は連中を見下しているので。

そもそも、連中が「被害者の行動を支持したい」とか「この世から暴力をなくしたい」とか表明するより先に、「被害者はこうするべきだよ」と圧をかけてくるのは、加害者側に共感しているからなんですよ。

で、「自分が告発されたらどうしよう」と怯えているため、被害者に物申したくなるわけです。それをいうなら、僕もまた誰かに加害した過去はあります。反省に反省を重ねながらも、また人を傷つけてしまう。それは自分がそういう人間なのだと受け入れるしかありません。そのたび、「何が悪かったのか」を学び、修正していくしかない。「改善できなくなったら映画館を辞めます」とか言ったパワハラ支配人もいましたが、根本的に分かっていないと思います。

おまえが映画界を去ったところで、別の業界で同じことをやったら意味がねえんだよ、という話です。

つまり、被害の告発があった場合は、知ったすべての人間が自己を顧みる機会なのです。それなのに、告発者に何か言いたくなるという時点で、その人には認知のゆがみがあります。「加害者がかわいそう」「そこまでせんでも」という気持ちがあるから、「ねえねえ、告発は最後の手段にしときなよ」とか偉そうに忠告できるのです。

ここまでは大前提として、連中の無知がいかに危険かを書いてきました。では、告発を行った張本人の一人として、なぜ弁護士や警察ではなく、告発という手段をとったのかを説明します。

まずは、「時間が経ちすぎているから」です。僕の場合、勤務していた劇場で労働搾取とハラスメントを受け、告発までに7年かかりました。もっとかかった人も当然います。なぜこんなに時間がかかるのかというと、理由は様々です。僕の場合は、「自分が悪かった」という思いと、「もうあそこにかかわりたくない」という思いがありました。

日常的に、「お前は映画愛がない」「金がないのは当たり前だ」と言われていると、「そういうもんなんだ」と思ってしまうんですよ。いわゆる洗脳状態に陥ってしまう。そこから「いや、支配人のほうがおかしくね?」と気づくまでに時間がかかります。で、気づいたとしても「あそこのことは口に出すのも嫌」という気持ちになっているので、わざわざ訴えたり、警察に相談したりできない。そうこうしているうちにますます時間は経ち、弁護士や警察が動いてくれるような証拠は消えてしまう。もしも、その状態から心のモヤモヤを晴らそうとするなら、告発くらいしか手段は残されていないわけです。

性暴力になってくると、加害者に立ち向かおうと決心するまでに時間がかかるのは珍しくないですよね。でも、ただでさえ密室で起こることの多い事件なので、少しでも時間が経てば物的証拠はほぼ残っていない。つらい思いで弁護士や警察に相談しても、無駄足になってしまう可能性が高い。それならば、せめて告発という形で安らかになりたいと考えるのは切実な願いであり、上から目線で説教するような行為ではないと思います。

ちょっと考えればわかりそうなことじゃないですか。そこに思いが至らない人は、自分の中の加害性と向き合うべきです。

次に、「経済的・精神的負担」です。裁判には金も時間もかかります。しかも、映像や演劇界の加害者には、それなりの権力者も多い。持久戦になれば、訴えた側が不利になります。結局は納得できない条件で和解したりとか、最悪、裁判で敗訴するリスクも大きいわけです。

そもそも、裁判で何度も心の傷をえぐられ、被害者と顔を合わし続ける状態を望まない人も多いでしょう。

これはぜひ知っていただきたいんですが、ハラスメントの被害者が裁判で得られるものって少ないんですよ。金で心の傷は埋まりません。被害者が懲役食らって刑務所に入っても、それで「すっきりした」となるわけではありません。だって、被害の事実は永久に消えないから。

被害者の多くは事件が世に広く知られ、加害者が正当に批判され、同じような事件が防がれることを望んでいます。そのための手段は金と時間のかかる裁判でなくていい。よって、告発が選択されるのです。

あと、弁護士や警察をみんな信用しすぎじゃないですか?普通に生きていれば、性暴力とかストーカーとかの事件で、法律が何もしてくれなかった事例はいっぱい目にしているじゃないですか。「組合に話せばいい」「支援団体があるはず」とか言う人もいます。これは僕の意見ですが、少なくとも映像業界や映画館業界において、この手の団体は「話を聞いてくれるだけ」です。なぜなら、団体の目的は「働いている人の生活向上」であって、「犯人の告発」や「犯人への懲罰」ではないからです。

まあ、とあるミニシアター支援団体の呼びかけ人とか見たら、ヤバい奴の名前がずらりとあってビビりますよ。そういう奴らが支援団体の中枢にいる以上、自浄作用は期待できないのが映画界隈です。それならば、外部に糾弾してもらえばいい。被害者が週刊誌やWebメディアを頼るのはごくまっとうな発想です。

こういう考えを理解できない映像・演劇関係者連中は、一度も被害者の立場を想像せず今のポジションに来たという意味で、かなり危険だと思います。俺は連中の名前を覚えるようにしているし、目を光らせています。

ダラダラ書きましたが、僕は「告発のハードルは低ければ低いほどいい」と考えています。誰でも簡単に告発される可能性がある。だから、ハラスメントはやめよう。給料はちゃんと払おう。そんな世の中になれば、旧時代的な体育会系メンタルのハラスメント候補生たちも、大人しくしなくてはならない環境が整います。

「それじゃあ、罪もない人が、嫌がらせで告発されてしまうじゃないか」「逆恨みで告発されるようなケースもあるのでは?」という意見もあるでしょう。まあ、一理あります。だから極力、告発するなら、知名度のある週刊誌やWebメディアを頼った方がいいです。

本当にどこも聞いてくれないなら、僕を頼ってください。どこまでやれるかは分かりませんが、できるだけの手は尽くします。
syuichi.ishizuka0213(アットマーク)gmail.com

でも、メディアにもなかなか聞き入れてもらえず、苦しくて苦しくて吐き出さずにはいられなかった人を僕は何人も見てきています。加害者への怒り、憎しみで衝動的に告発したくなることもあるでしょう。ぶっちゃけ、俺はしょっちゅうです。そういう人たちがSNSで声を上げたとき、したり顔で説教かまそうとする連中は最悪だし、それが被害者と近い業界の人物だとすれば、「その他人事感はなんなの?」と軽蔑します。

ある意味、うさんくさいオンラインサロン主宰者のように、隙あれば他人の揚げ足をとることばかり考えている奴ら。で、少数派ながら「正論だ!」と右に倣う信者。地獄みたいな光景を見ながら、まだまだ日本の映像・演劇界が改善されていくには時間がかかりそうだな、と再確認しました。




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