どうしてハーレイ・クインでこれをやらなくてはいけなかったのか?―『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』

『スーサイド・スクワッド』(2016)の失敗は、悪役たちによって結成された特殊部隊が以外にも倫理的な行動を繰り返すところにある。その点で、『地獄のバスターズ』(1978)や、その発展形である『イングロリアス・バスターズ』(2009)、『特攻大作戦』(1967)といった、同じ着想の作品に大きく差をつけられている。『スーサイド・スクワッド』がどこか煮え切らない印象を残す映画になったのは、エンチャントレスという作中もっとも無慈悲で冷酷なキャラクターを悪役に据えてしまったからだ。本物のギャングの前では中高生のヤンキーの凄味など半減する。同じ現象が『スーサイド・スクワッド』では起こってしまった。先述した傑作群が、荒くれ者と体制の対立という構図で映画を引っ張っていたのとは対照的である。

驚くことに、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』(2020)でも、この欠点はまったく解消されていない。本作はスクワッドの一員でジョーカーの恋人だった、ハーレイ・クインのスピンオフ作品である。ジョーカーにフラれ、孤独になったハーレイ(マーゴット・ロビー)は自暴自棄の毎日を送っていた。そして、彼女に恨みを持つ犯罪組織のボス、ローマン(ユアン・マクレガー)に捕獲されてしまう。彼女は自分の命と条件に、ローマンが求めている宝石の探索を引き受けるのだった。

と、このあらすじからして、本作がダークヒロインを描くつもりなどないのだと分かってしまう。誰がどう見ても、ハーレイよりローマンのほうが道徳を欠いている人物だ。相対的に、ハーレイは討伐者の役割をあっさりと引き受ける。ただ、『スーサイド・スクワッド』では唯一といっていい人気キャラクターとなったハーレイは、別に正義の味方だから愛されたわけではない。それなりに悪事を繰り返しながらも、最終的には観客の期待を裏切らないハーレイなど、誰が見たかったのだろうか。

そもそも、ハーレイ・クインとは狂気そのものだった。そして、ときには哲学的ですらあるジョーカーの狂気とは違い、ハーレイのそれはとにかく無軌道である。考えてみれば当たり前で、ハーレイはエリート学者がジョーカーに脳手術を受けて誕生したキャラクターなのだ。彼女にとっての絶対的な信仰はジョーカーのみであり、その他の事象になど興味はない。つまり、そんなハーレイの奔放さに、「ダイヤの探索」という目的を植え付けることで、本作は彼女の魅力を薄めてしまう。

『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』と似た構造として、『チャーリーズ・エンジェル』(2019)の失敗が挙げられるだろう。いずれの映画も、男性支配から逃れた女性の自立、という面を活劇の中で強調して描いている。ハーレイであればジョーカーとの精神的決別が話の核となっていたし、2019年に蘇ったエンジェルたちは男性の言いなりで任務をこなすお色気集団ではなくなっていた。こうしたテーマ自体は深く広くこれからも語られていくべきである。しかし、問題は、「ならどうしてハーレイ・クインやチャーリーズ・エンジェルでそれをやらなければならなかったのか」という疑問を避けられない点だ。

人気ジャンルやキャラクターの根底を覆すような作品が、これまでなかったわけではない。たとえば、クリント・イーストウッドはかつて西部劇のスターだった自身のキャリアを踏まえ、『許されざる者』(1992)を監督している。本作で描かれる西部は、英雄と信じられていた保安官が荒くれ者を擁護し、黒人や女性差別を放置しているディストピアだった。また、過去には人種差別的な描写を繰り返したうえ、ヒロイン像にも偏りがあったディズニーは21世紀に入り、多様性を擁護する作品を連発している。

こうした作劇により、特定ジャンルが含んでいた差別や偏見の贖罪が行われたのは映画史的に重要だ。そして、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』にも同じ意図が込められているのだろう。ただ、イーストウッドやディズニーの作品群が観客にも好意的に受け入れられたのは、歴史が生んだ闇を新しい作品の中で言及してきたからだ。過去の作品やキャラクターを現代的に調整して撮り直したわけではない。

ハーレイ・クインと同じく、アメコミ世界のキャラクターに目を向けてみよう。X-メンやブラックパンサーの登場を後押ししたのは1950~60年代の公民権運動だった。筋骨隆々とした白人ヒーローというテンプレートに疑問を抱いたクリエイターたちが、ミュータントや黒人を主人公にしたコミックを発表したのである。ワンダーウーマンもまた、「男性に守られる存在」としての女性像を打ち破るために作られたキャラクターだ。新しい価値観を普及するには新しい物語とキャラクターが必要になる。『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』の選択はやや安易と言わざるをえない。

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