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靴下個体識別

リーマンになって20年、私を悩ませてきたのは、常に靴下である。
ほっておくと彼らは一足だけどこかに飛んでいってしまうのである。ペアでなくなればいいものを、何故だか毎度片方がなくなり、残されたのはもう片方、カタッポ君だけとなり、段々数が減っていく。

とりあえず、カタッポ君だけを入れるカタッポボックスに入れておき箱が一杯になった頃合いに、まとめてマッチングをするのだが、残念ながら、殆どのカタッポ君たちは、生き別れた相棒に会える事は極めて稀で、年末大清掃で捨てられる運命にある。

この大いなる無駄を排除する為に、私は一計を案じ、一度靴下を思い切って全処分し、全て同じ色、同じ大きさ、同じ柄の靴下を全部取り揃えることにした。そう、こうすれば、彼らは全て同一だからして、カタッポ君が2匹いなくなってもワンセットなくなるだけで、理論的には1匹以上のカタッポ君は生まれないはずである。

スタートした際は、完璧に思えた策略だったが、時の経過と共に綻びを見せる。そう、個々の靴下君たちに個性が出てきたのである。洗濯回数はもとより、一緒に洗濯されるモノや、乾燥時のコンディションにも影響されるのか、同じ時期に全くの同一靴下として、その人生を歩み出したモノとは思えない程に、各ペア同士で色落ちの具合も、ゴムの伸び方も異なり、完全に別物となってしまったのである。

こうなると、やはり明らかにDNA鑑定では100%同一と鑑識結果が出ていても、ペアにするのは心苦しく、カタッポボックスにてスタンバイをお願いすることとなる。

別の問題として、これとこれはペアなのか?という識別に時間を要するようになり極めてストレスフルな上に、時折嫁がダグアウトから飛び出しビデオ判定を要求して私の判断を勝手に覆したりするもんだから、判断基準が無茶苦茶となり、イップスになった私は、誰と誰がペアなのか全くもってわからなくなってしまった。

ああ、これではいかんと私は頭を抱える事数ヶ月、ついに私はコペルニクス的な発想の転換で全てを解決する方策を思いついた。そう、今度は完全に個体識別を行う事にするのである。具体的には、靴下ペアに名前をつけて、相棒なのか、もしくはペア違いの兄弟なのかを一目で判断できるようにしたのである。

そうと決まれば話は早い。私は再び靴下を全処分し、子供が幼稚園で使う服に使っているアイロンでくっつけられるちっさい名札を貼り付ける事とした。

肝心の名前であるが、普通に考えると数字が適当であろうが、これは今後完璧にこれが機能することを考えると、永久に名前が大きくなってしまい私がサラリーマン人生を終える頃には4桁の数字とかになり、「俺は靴下を買う為に働いていたのか」と思うような気がすると思うと今から滅入ってしまうので却下、ポチとかチロとかペット系の名前も考えたが、愛情が彼らに湧いてしまうと困る。愛着が湧けば沸くほど登板過多となり、権藤が肩を壊したように、すぐに指に穴が開いてしまい、好きなのに別れが早くなるという大いなる矛盾を抱えてしまう。物体的には私の足汗をたっぷり吸ってもらうウェットな関係であるが、精神的には無機質でドライな関係でいたい。

っというわけで考えに考えた結果、私は台風の名前をつける事にした。日本では馴染みが薄いが、実は世界的に台風には名前がついており、140種類の各国の気象庁が決めた名前を順繰りに使い回しているのである。

例えば1つ目は、カンボジアで象を意味するダムレイ、二つ目が、イソギンチャクを意味するハイクイというように、各国で動物とか植物の名前を出しているが、聞いても何の意味か全くわからないので、愛着も湧かないし、140個で一巡したら、また元に戻ればいいので、数字と違って増え続けることはない。

しかし、しかしである。今度は、完璧な個体識別制度が弊害となって、外見的にはカタッポ君同士、ペアリングしても全く問題ないのに、名前が違うため、ペアリングできなくなってしまったのである。

皆思い思いの名前を持つ大量のカタッポ君たちを目にして、私は少しでも残留孤児を減らす為、恩赦規定を設定する事とした。それは、名前は違うもの同士でも、カタッポ君の意味が二つペアで違和感なければOKという、文学的解釈に基づく私の独断の余地がある基準である。

っというわけで、早速台風の名前リストを引っ張り出して名前を確認する事とする。気分は、フィーリングカップルの5:5である。1組でも多くカップル成立となってほしい。

はい、候補一組目、まずは、9つ目のイーウィニャ君。彼は語感と違ってミクロネシアで嵐の神を意味するらしい。対してお相手の候補は、12個目の名前のプラピルーン君。意味は、、、おお、雨の神ですね、風神雷神みたいで、こいつらは最初からペアリングになる運命であったであろうということで満場一致でペアリング成立とする。

何だか嬉しくなってきて、私はテンションが上がって名司会者になりきって進行をすすめる。

はい、続きまして〜二組目!こちらも外見上は全く同じで瓜二つでございますが、お名前は、日本からのエンドリーでコイヌ、これはそのまま子犬を意味しており、星座から名付けられているんですねー。そしてお相手候補はダムレイとは、カンボジアで象を意味するらしい。子犬と象かー子犬と象・・・・いやこれは又違うお相手が見付かれるまでしばしカタッポボックスにて待機としておく事にします、残念!

そして3組目、はい、片方は中国からハイクイ君で意味はイソギンチャク。対するもう片方で似てるのは、、、、とおお何ともう一人ハイクイ君がいました!感動の再会です!しかし二人の顔に戸惑いの表情を浮かべていますが、どうしたのでしょうかー、、っと繁々と二つを見比べると、二人がどうにもこうにも似ていないですねー。恐らくたった一回だけ洗濯と乾燥環境が違っただけなのに、全く赤の他人となってしまったのですね。

っとなると、他のカタッポ君とのフィーリング5:5開始である。「イソギンチャクと小犬」、いやこれはおかしい、「イソギンチャクと象」なら、何か絵本とかでありそうな気もするか?ともはや似てるか似てるかはそっちのけで、完全に文学パズルゲームとなり相変わらず私の苦悩は深まるばかりである。

単身赴任の私に向かって、「毎日一人で夜何してんの?」といつだったかに娘に聞かれましたが、父は毎日こんな事しています。




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