優しくないバカと優しいゲス

昼休みの最中に先輩がオフィスの隅を見ながら言った。

「あの子はほんとに気が利かないな、ほらこの機材、片付けてもいいのにさ、やさしくないよね。こういうところなんだよな」

あの子とは入社一年目の後輩のことだ。そいつは部屋の隅のソファにかけてサンドイッチを食っていた。ひとりだ。オフィスには低い声や高い声が溢れているが、彼女はどこにも属せていない。

「こういうところに気づけない子はもう、ずっと伸びないと思うんだ。そう決めつけてこれから私は関わるし、そのせいで指導も冷たくなると思うけど、すでに既定路線、どうしようもないよ、優しくないのはあいつで、最初に傷つけられたのは私なんだから」

ぼくは箸を動かしながら、頷いてみせてやった。そうしながら考えていた。気が利く/利かないは、優しい/優しくないと同列で語られがちだが、本当にそうなんだろうかと。

たとえばその後輩が、機材を片付けていい、という知識を持たなかった場合、彼女のおこないは優しい/優しくないとは関係ない。

にも関わらず先輩は、どうしても後輩を「優しくない」ということにしたい。その言葉でおとしめたい。人格に問題があるってことにして自分を優位に立たせたいのだった。

先輩のものさしで言えば先輩は「優しい」。でもその優しさは、ちょっとどうだろう?

とぼくは考えたが、いちいち言葉尻に引っかかるのはもうやめよう。先輩も便宜上「優しい」という言葉を使っただけで、人格否定をしたいわけではないはずだ。

先輩はまだ後輩の汚点について喋っていた。その後ろに層を成して、ほかの社員の話し声がいくつも重なっていた。

「お勉強」とか「お姉さん」「お兄さん」とか、仕事場には気色の悪い言葉が多く飛び交っている。でもそれらにいちいち引っかかっているのは非効率だ。単語単語にまじめに向かい合うのはやめたほうがいい。昼休みは弁当を食べる。鐘が鳴ればパソコンを触る。それ以外要らない。後輩もそう割り切って過ごすといい。

とぼくは考えていたはずなので、急にぼくの腕が動き、二本の箸を両手で一本ずつ構え、先輩の両目を突いたのは、自分のためでも、まして後輩のためでもなく、単純に興味というか、趣味のようなものだと思う。


ハワイが危機になったらハワイキキなんですかね?