ライン通話

 家で昼寝をしているとライン電話がきた。Aだった。出てみると電話のなかから、「ひさしぶり」と声がした。こんな声だったろうか。電話口の声は、電話会社によって作られた声だとよくいう。だから変に感じるのは自然だが、それにしても、変な声だった。いやに高い。こんな声だったろうか。彼とは高校時代同じ部活だったが、それ以降は年に一度飲み会で会う程度で、特別な関わりがない。

 黙っているとAが、論文の執筆に協力してほしい、と言った。彼は大学で社会学を学んでいるという。私は大学に進まず、コンビニバイトで食い繋いでいた。まったくもってAの力になれる気がしなかった。断ろうと口を開いたとき、Aが、「協力っていっても、名前を貸してもらうだけ」

 Aは論文にて、自分の過去を0才から振り返るらしかった。そのなかで何人かの重要な人物、つまり両親や恩師をピックアップし、それらと自分の関係性について論考するとのことだったが、その親友枠として、私が抜擢されたというわけだった。正直なところ、意外だった。彼とは近年顔を合わせてもいなかったため。しかし悪い気はしなかった。協力することを伝え、なにかアンケートに応えるなどすればいいのか、と訊くと、いや、そんなものはない、とAは言い、

「承諾がほしいだけ。承諾だけは電話口で取らなければいけなかったから、いま電話したんだよ。だからこれでもう目的は完遂したということになるな」彼の声は高かった。高校時代からこんな声だったろうか、と思ったが、確かめる術はない。「ああでも最後にアレがあった。名前と電話番号、それに住所を訊かなければいけないんだ。もちろん論文に名前を出しはしないよ。なにかあったときの確認用。『なにかあったときの確認』、これが論文にはとても多いんだ」

 申し訳なさそうに声を潜めるが、そんな申し訳なさそうに声を潜めるな。私は気分がよかった。住所くらいいくらでも教えてやりたい。

「まったく問題ない」と私は言った。「俺の苗字と名前はラインに表示されてるから、あとは電話番号と住所だな、これをいまから文面で送るよ」

 そして終話するため画面に指を伸ばすと、携帯のなかから、

「あ、ごめん下の名前なんて読むの?」

 Aの焦ったような声がした。

ハワイが危機になったらハワイキキなんですかね?