心理学っぽい日記、NISA損切民について

最初なのでちょっとジャブな感じで……

最近、新NISAが話題ですが、早速、損切民が出てきていると聞きます。

一応、NISAはオルカンとかS&P500とかに連動する投資信託をこつこつ買って、長期投資することで長い目で見ればほぼ確実に利益出てるよ、という売り文句だと思う。

ではなぜ損切民が発生するのか。余剰資金以上を投資したとか、いろいろ理由は考えられるけれど、とりあえず、心理学っぽい日記ということで行動経済学の観点から、ちょこっと解釈してみる。

プロスペクト理論という行動経済学の中で超有名な理論があるのだけれど、ざっくり言えば、10万円損するのと10万円利益が出るのとでは幸福感が対称的ではないという話。

心理学者の中で唯一ノーベル賞を取ったのがこの行動経済学の提唱者で、経済学という名はつくけれど、経済は感情で動いているという話です。

しばらく株高が続いていたけれど、ほんの少し下がっただけで、株価上昇の幸福に対して損失の不幸、不安の方が勝ってしまい、損失を少なくしようと損切りしてしまう。例えば10万円の遠く不確定だが可能性の高い利益を得ることより、目の前の5万円の損失が怖くて損切して安心しようとしてしまう見方もできるのかなと思う(金額はおおざっぱな例だけれど)。

ついでに言えば知能によって未来の大きな利益より直近の小さな利益を選びがちという実験がある。(これが行動経済学の範疇だったかは覚えていないけど)。
もっとも、この報酬についての実験はこどもに対して、おやつを見せて目の前の少ない量と、待てば(未来になれば)もっとたくさんおやつがもらえるという実験が根拠の一つになっている。しかし、この実験には欠陥があって、報酬を我慢できたこどもは家が裕福で、家に帰ればおやつくらいいくらでもあるから、目の前のおやつに飛びつかなかったのではないか、家が裕福だから教育水準が高かったのではないか、というような疑いもある。
(心理学の実験なんていい加減なものも多いという残念な現実もある)
「計算とかの流動性知能は加齢とともに低下するが、言語的な結晶性知能は加齢とともに低下することはない」という定説といえる話さえ、「昔の人は難しい文学とか古典の勉強を現代よりしてたからではないか」と言われるくらい、心理学なんていくらでも反証できてしまう。
「人間に関するものはすべて仮説だ」なんて言葉も聞いたことがあるけれど、心理学は反証される余地がかなり大きい。

話はNISA損切民に話は戻るけれど、やっぱりお金を稼ぐのは大変なわけで、お金に感情移入してしまいがちだと思う。プロスペクト理論を持ち出すまでもなく、1万円を失う不快は、同じ1万円の増加の快に比べて対称的でなく、不快の方がずっと大きくなる。
買った投資信託は、もうお金ではなくただの数字として考えるくらい、感情移入してはいけないと思う。
とはいえ、配当金だけで何億も稼ぐ富裕層に比べ、NISAの控除枠に飛びつく一般庶民にとって数万、数十万円稼ぐのは大金だと思う(かくいう僕も控除枠のアメには飛びつこうとしたが)

経営者にはサイコパスが多いなんて話があるけれど、サイコパスは感情に左右されないので、合理的な判断ができるということもあるのかもしれない。借入も計画的にできてそこに不安も感じなかったり、合理化による従業員の解雇に心が痛まないとかあるかもしれない。
凡人だけれど人情味のある人が経営者だったら事業拡大のための借り入れをしたら返済に不安を感じたり、生産性を上げても従業員の生活を考えて解雇を思いきれなかったりするかもしれない。
(経営については空想の域を出ないけれど)

凡人だけれど人間味のある人がNISA損切民なのかもしれないと思うと、なんとなく愚かの一言で片づけてしまいたくなくなる。

もっとも、損切民には他の経済指標を調べて計画的に手を引いた人もいるのかもしれない。

一概に心理学だけでは語れないけれど、敢えて心理学で解釈しようと思ったら、一つの考え方としてこんな見方もできるかな、と。

長々と書いたけど、ざっくり言えば経済の合理的な仮説に感情が持ち込まれて非合理的な行動をとってしまったという解釈。

そんな人間の不合理性はとても好きです。

ちょっとちぐはぐな感じとか、うろ覚えなところもあるけれど、そう大きくは間違っていないと思う。早朝に起きてよく頭が回っていないかもしれない。

こんな感じで続けていければいいな。

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