最強(たぶん)漫画で漫画術15

樹崎聖さんのイベントで思ったこと

11月10日表参道であった樹崎さんのイベントに行ってきた。樹崎さんは『カタルシスプラン』などで漫画のコマ構成を理論化して伝えようとしている人。著書は読んでいたがご本人の話も聞いてみたくなり出かけた。漫画の学校で教えてるボクにとっては一種の市場調査。
表参道では小雨の降ってる夜だった。

この日のイベントは『ワンピース』第一話のコマ構成を分析してみせると言う趣向。内容に関しては納得できるもので(と言うとえらそうだけど)今の漫画の専門学校、大学ならやるだろうレベルのものだった。もちろん、ボクにはボクの漫画観があるので合致しないこともあるけれど、納得は十分できた。
その分析よりも印象深かったのは樹崎さんがおりに触れて話すご自身のことだ。

漫画家ってのは漫画を描くモノである。漫画を分析していくのは自分の漫画のためであり、誰かに伝えるためではない。
そんなことわかっているのに、誰かに伝えないではいられない。ボクの中のそういう情動は止められない。樹崎さんの中にも同じような情動がおありのようだった。どうしてそうなっちゃうんだろう。

この日、樹崎さんの言葉を聞きながら
「ああ、そうか」
と得心した。その言葉をご本人はその文脈では使わなかった。自分の情動の理由を説明するために使わなかったが、聞いていてボク自身の中にある情動の理由に思い当たったのだ。それがとても納得のいくものだったのだ。
「多分樹崎さんも同じような理由なんだろうな」
と、帰り道、勝手に納得して歩いた。小雨は上がってた。

ここではその情動の理由について書かない。
なぜなら、そんなものどうでもいいからだ。
どうでも良くないかも知れないけど一晩考えて
「どうでもいいや」
って結論づけたから、どうでもいいのだ。
大切なのは情動そのものではなく、情動を受けてどうするか。
そう思った。

樹崎さんは情動を「ときわ荘プロジェクト」という形に結実してる。

じゃあボクはどうしていこうか。

そこです、そこ。

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