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仕事の流儀1 自分的始めの話(長いよ)

専門学校や大学で展開してきたボクの講義、講座について話し行きたいと思います。
漫画の「先生」として10年やってきました(漫画家ではなく)。先生をやれるのは長くてもあと10年くらいでしょう。それより先は、若い才能を指導するには多分感覚が追いつかない。巴里夫先生が70代くらいまで少女マンガの新人育成に関わっておられたそうですが、巴先生は長く編集にも関わっておられた。だからできたのでは、と思います。
もともと少年漫画でデヴューしたのが少年漫画家としては高齢でした。講談社がいまのビルになる寸前頃、ボクは何年か週刊少年マガジンに持ち込みに行きました。マガジンの薄暗く細長い応接室に何度も何度も通いました。
ある時、自分の担当が奥の方にいるのに気が付きました。少年ぽい人と打ち合わせてる模様。そちらの打ち合わせが終わってボクの席にやってきた彼に、あの人はいくつくらいなのか尋ねました。
たしか18歳、見込みあるよ
との答え。こりゃあ大変だ、と思ったボクはその時30歳を超えていました。一周り違う相手と競うわけですから。

その後、なんとかかんとか下駄履かせて貰ってデヴューしました。その時あの少年もそのひと月ほど前にデヴューしたのを知りました。その少年が真島ヒロさんです。いまや海外でも最も人気ある漫画家の一人です。

その時に、
少年漫画は描き始めの年齢がすごく大事だな
と、感じました。真島さんのような絵も話も絶対に描けないなあ、と思いました。あれは瑞々しい感性を持つうちから始めないと無理。
漫画の学校に集まるのは少年漫画を現役で読み、少年漫画家になるという人が多いです。彼らの感覚をすくい取れるのは、長くて10年だろうなと思っているわけです。

で、自分の「先生」の賞味期限が切れるに、「先生」としてのテクニックを残したいという欲求も湧いてきました。
専門学校というところは往々にして
講師は取り替えが利く
と思ってますが、そういう事はない。実際は。一人一人が創意をこらして授業を組み立てているので、取り替えは利かないのです。ならば、それらは一代芸ではなく伝承しながら磨き上げるのがいいのではないか。その方が後に続く人にも意味があるのではないか。
そう思いまして、まず自分から自分の講座のいろいろな要点を話してみようと決めました。
漫画の講師をなさる方、志す方、何かの参考にして頂ければボクは嬉しいです。

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