『大切なモノを作る』#7

≪前へ 次へ≫


 子猫を拾ってから、1週間が経過した。
 あの夜の翌日すぐに病院に連れていき、医者の指示に従って猫の世話を続けると、子猫の様子は少しずつ回復していった。
 ミミはそれをとても嬉しそうに見守りつつ、僕が出かけている間の猫の世話をしてくれている。子猫が心配だったが、家にいつもミミがいてくれることによる安心感は強かった。

「そういえば、名前どうしようか」

 太陽の照りつける外界から避難し、自室でごろごろ、ミミと子猫と共に過ごしているとある休日。
 バイトがないから出かけようか、なんてことにもならず、2人と1匹でクーラーの恩恵にあやかっていた。

「名前?」

 先程の僕の唐突な言葉にミミが首をかしげる。膝の上では猫がミミに撫でられるがままになっていた。ミミの撫で方が余程気持ち良いのか、とてもリラックスしているように見える。

「子猫の名前。つけてなかったと思って」

 僕の言葉に、ミミはきょとんとした表情をする。

「飼うんですか?」

 続けて出てきた言葉は、少し予想外のものだった。

「飼わないならなんだと思ってたの?」
「えっと、一時的な保護のつもりだったのかと……飼い主が見つかったら預けるんだと思ってました。だから名前もつけないのかな、と」
「それだったらこんなに猫グッズ揃えないでしょ」

 呆れたような溜息が出る。この家には、猫のトイレやミルク、猫用爪切りなど、子猫を飼う為に必要なものが徐々に揃いつつあった。飼う気がなければ、必要最低限のものにとどめる。

「前も言ったと思うけど」
「はい」
「白猫を飼わなかったとき、後悔したんだよね。中途半端なことしちゃったって。だからその子猫を拾おうと思ったときから、絶対面倒見るって覚悟は決めてた」

 ミミは以前僕がした話を思い出したらしく、なるほど、と頷いた。

「そっかぁ」

 そう呟いて、ミミは僕に向けていた視線を子猫に落とす。よしよし、と優しく子猫を撫でている。
 少しの沈黙が流れる中、なんとなく、ミミがこの話に対してこんなに静かになるとは思わなくて違和感を覚えた。もっと、喜ぶかと思ったんだけど。
 どうしたのか、聞いてみようか。でも、何をどう聞けばいいんだろう。嬉しくないの? なんて聞き方もおかしい気がする。

 僕がそんなことを悩んでいる内に、ミミはまた視線を僕に戻した。

「この子の名前、私が考えても良いですか?」

 そう聞いたミミの表情はいつもと同じ笑顔で、やっぱり考えすぎかな、なんて思い直す。

「いいよ」

 もともとそのつもりだったし、と告げると、ミミは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「じゃあ、メメがいいです!」
「親バカじゃん」

 出てきた名前の案にすぐツッコミを入れてしまう。ミミとメメ。似すぎだ。

「だめですか?」

 僕の言葉にすぐにミミはしゅんと落ち込む。相変わらず喜怒哀楽が激しい。
 こういうところが、見ていて飽きないんだよなぁと実感する。

「面白いからいいよ」
「やったー!」

 ミミはパァッと笑顔に戻った。そして子猫――改め、メメを抱っこしてうりうりと顔を寄せる。

「メメー、今日から君の名前はメメになりましたよー」

 それまで気持ちよさそうにまどろんでいたメメは、突然ミミの動きが変わったことに少々驚いているようだった。手足を動かして少々暴れているようにも見える。

「えへへー、メメー、彰久さんと仲良くするんですよー」
「なんだそれ」

 ミミの少々意味のわからない発言に、ツッコミを入れる。メメがにゃぁ、と小さく鳴く。
 ここ最近で当たり前になってきた、穏やかな日々。
 この時の僕は本当にバカで、何も深く考えないままに、なんとなく、この日々が続いていくんだと思っていた。
 僕は大事なことを、忘れていたんだ。


 ――夢を見たのは、その日の夜だった。

「……ミミ?」

 周りは真っ白な空間に包まれている。物も何もない。
 ただ目の前に、ミミの背中があった。最初に出逢ったときのような、白いワンピースを着ている。
 どこか上の方を眺めていたミミは、僕の問いかけに、彼女は振り返る。長い黒髪が、揺れた。

「彰久さん」

 ミミは笑っていた。しかしその笑顔は、どこか悲しそうなものに見えた。

「貴方にとって大切なモノは何ですか?」

 出逢ったときと同じ問いを投げかけられる。あのときの僕は、何も頭に浮かばなくて何も答えられなかった。
 けれど、

「今、思い浮かびましたね?」

 大切にしたいと思ったモノは頭にあった。
 メメと、ミミ。2人と1匹で過ごす日常が僕の頭に浮かんだ。

「良かった、嬉しいです!」

 ミミは笑った。しかしその言葉と表情とは裏腹に、一筋の涙が頬を伝っていた。

「メメと仲良くしてくださいね」

 そう告げると、ミミは僕に背中を向けた。
 僕は追いかけようとしても、声も出ないし、身体も動かなかった。
 ミミは遠くへ走っていった。

 走っていくうちに――少女の姿は、白猫へと変わっていった。
 その白猫は、半年前に僕が餌を与え、亡くなってしまったあの白猫だった。


 ――目が覚めると、ミミの姿はどこにもなかった。


≪前へ 次へ≫


皆様のサポートが私のモチベーションに繋がります。 よろしければ、お願いいたします。