見出し画像

日本の城の起源とされる環壕集落 吉野ヶ里遺跡

 佐賀県にある吉野ヶ里遺跡に行ってきました。吉野ヶ里遺跡は、約700年間も続いた弥生時代の全ての時期の遺構・遺物が発見された学術的価値の高い遺跡です。また、国指定特別史跡です。

吉野ヶ里遺跡とは

 吉野ヶ里遺跡は弥生時代に存在した環壕集落です。
 弥生時代中期後半、紀元前一世紀頃に富を巡る戦が起こり、外敵に備えて周囲に二重三重に壕や柵を巡らせた「城」の祖型である環壕集落が誕生し、後期になると国内最大規模の環壕集落へと発展したと考えられています。
 現在、大規模に整備されて、物見櫓や主祭殿・竪穴住居などの建物が復元されています。

竪穴住居

 竪穴住居は中に入ることが出来ます。

アクセス

 吉野ヶ里公園駅から徒歩約15分です。駅前に観光案内所があり、そこでレンタサイクルや荷物も預かりなどを行っています。私は荷物は預けて歩いて行きました。料金は1個あたり200円でした。
 思った以上に吉野ヶ里遺跡は広くて疲れたので、レンタサイクルを使えば良かった……と後々後悔しました。

スタンプの場所

 吉野ヶ里公園東口・西口にあります。入場券を購入する場所にありました。

遺跡

 入場料を払ってさっそく入場。九州の学校の人は遠足や修学旅行で必ず訪れる場所らしいので、この日も学生の団体がいました。
 入るとすぐに門がありました。

 門をくぐって南内郭へ。こちらには集落や物見櫓がありました。

集落

 南内郭は王や支配者層の人々が暮らしていたと考えられています。櫓は登ることが出来ます。ここから兵士が不審な外来者を監視して、王や支配者を警護していました。

櫓からの景色

 櫓を登ると遠くまで見渡すことが出来て、景色はけっこう良かったです!
 こちらは集落で一番偉い、王の竪穴住居です。柵で囲われた中にありました。

竪穴住居

 広さはあまり他の住居と変わらない気がしました。

住居

 王なだけあり寝床は豪華です。武器も置いてありました。

住居

 こちらは煮炊屋です。

煮炊屋

 こちらで食事を作っていました。

煮炊屋

 ここで作った食事を王などへ運んでいました。
 南内郭を出た後は倉と市へ。ここは吉野ヶ里の「クニ」の交易の中心部の考えられています。

 倉庫の中には麦が保管されていました。

 ネズミなどの動物に食べられないように、建物の作りも工夫してあります。当時の様子が分かって良いですね。
 近くには水田がありました。

水田

 こちらは実際に苗が植えられていました。体験なども行なっているらしいです。
 水田を訪れた後はハス池へ。

ハス池

 ちょうどハスの見頃であったので、大賀ハスが綺麗に咲いていました。

大賀ハス

 ハスを見た後は南のムラへ。

南のムラ

 こちらは「下戸げこ」と呼ばれる一般の人々が住んでいた区域です。

南のムラ

 竪穴住居や高床倉庫などが復元されています。こちらでは、実際に麦を狩る体験などを行なっていました。

 そんなこんなで遺跡を周りましたが、とにかく吉野ヶ里遺跡は広いです!園内にはバスも運行しているほど広いです。体験なども楽しそうだな、と思いましたが、さすがに時間が無くて断念……。
 ですが、実際に竪穴住居の中に入ることが出来たりと、弥生時代の様子を知ることが出来て良かったです。是非1度は訪れて欲しい場所です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?