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言葉に傷つき、言葉に救われる

お祭りのボランティアに初参加した息子がヘトヘトになって帰ってきた。

暑い中、立ちっぱなしでゴミ拾いや清掃をして疲れただけでなく、見ず知らずの大人に心無い言葉をかけられ嫌な気持ちになったと言う。

話を聞きながら、「ひどいね」「悔しいね」と我がことのように感じてしまった。時間が経っても自分の中のモヤっとしたものが消えなくて、

「もしも自分が息子の立場だったら、なんと言い返せただろう」とか
「もしも現場にいたら、何かいい声かけができただろうか」とか
ああでもない、こうでもないと考え続けてしまった。

というのも、息子は数日前にも、高校のオープン・スクールでの大人の何気ない行動に憤っていて。「ルールを守らない大人にガッカリしたのではないか」と、同じ大人としての罪悪感?に、わたし自身が苛まれていたのかもしれない。



その夜、寝ていた時だろうか。半分覚醒しながら聞き覚えのある言葉を思い出していた。

「智に働けば角がたつ」
「とかくに人の世は住みにくい」

……この言葉は誰の言葉だったっけ? 

朝、目が覚めて検索してみた。


言葉の主は夏目漱石だった。

山路を登りながら、こう考えた。
 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通とおせば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画えが出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容げて、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降だる。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。

夏目漱石『草枕』


おそらく、わたしは息子を元気づける言葉を探していたのだと思う。息子が傷ついた出来事の周辺で言葉を探していて、いい言葉が見つからずにモヤモヤしていたのだと思う。

一方、『草枕』の言葉は、住みにくいと感じる出来事の周辺を潔く離れ、芸術の素晴らしさを説くのであった。

この世は生きづらい。どうやったって生きづらい。だけど、そんな世を生きる私たちには詩があり、絵があるじゃないか。

ってな感じに、生きる悲しみを、芸術を味わう喜びへの気づきに昇華させている。

ジトっと落ちていたわたしの重たい視点を、幸せな視点に上げてくれた夏目漱石よ、ありがとうございます。

『草枕』の冒頭の一節を息子のLINEに送ってみた。送信した直後、スマホを持った息子が寝室から降りてきて……。


「なんとタイムリーに。ありがとう」
と、言ってくれた。


心を傷つける言葉もあれば、傷ついた心を癒してくれる言葉もある。悔しいけれど、言葉に心を動かされ励まされたりできるのは、悲しい出来事があったからこそ、みたいなところもある。

人は言葉に傷つき、言葉に救われる。

悲しい出来事を憎しみではなく糧にして、美しい言葉を紡げる人になれますように。悲しい出来事があった時に、違う視点に切り替えられる人になれますように。




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