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夜に駆けるとYuNiと私

 私が初めて『夜に駆ける』を知ったのは4月の終わり頃、「自粛期間」真っ只中の頃だったと思う。当時は暇だったのでYouTubeで「歌ってみた」を聴き漁っており、その一環でこの曲の存在を知ったので、まずは原曲を聞こうと思ったのである。

 初めて聴いた時、激しい衝撃を覚えた。「体に激震が走る」などと言われることも多いが、その感覚を本当に生で味わったのを覚えている。その段階では具体的に何がいいのかを言葉で表すことはできなかったが、それでも「この曲はずば抜けている」と肌で感じたのだった。

 そしてその後、この曲の原作小説である『タナトスの誘惑』の存在に気付く。

 この小説を読み終えた時、私の体には再び激震が走った。自殺願望のある女が、仲良くなった男性を巻き込んで、心中する。たったそれだけの、深い意味もなさそうな儚い小説であるが、美しいメロディを奏でるような文体は私を虜にするまで1秒もかからなかった。

 そして次第に私は『夜に駆ける』の泥沼に沈んでいく。コンポーザーAyaseによって成された、イントロの激しいピアノサウンド、従来のJ-POPに捉われない斬新な曲構成、落ちサビから大サビにかけての転調の使い方。ボーカルikuraによる、一音一音を大切に拾うような、優しくて、それでいてどことなく力強い歌唱。そして何より、星野舞夜によって創造された小説の儚くも美しい世界観を、Ayaseが繊細に歌詞とメロディに詰め込み、そこにikuraが魂を吹き込み完成させた。「神によって生命が誕生する」という神話のような工程を彼らが現実世界で行ったのではないかとさえ思えるような、高品質の世界観がそこにはあった。

 決定打となったのは間違いなくTHE FIRST TAKEでの歌唱である。原曲よりBPMを落とされた音源に対し、ikuraは優しく寄り添っていた。緻密にコントロールされた息遣いは、『タナトスの誘惑』に登場する男女二人が会話の中で行った息遣いの再現ではないかとさえ考えた。

 その後私はYOASOBIの二人の世界観にどっぷりとハマっていった。AyaseはYOASOBIのみならず他の歌手への提供曲にも転調を用いるが、そのどれもがドラマティックに仕上げられている。そのため、心の中では彼を「転調の魔術師」と呼ばせていただいている。ikuraこと幾田りらはYOASOBIのブレイクによりCMソングなどのゲストボーカルにも参加しているが、彼女が歌うCMが流れると思わず耳を傾けてしまう。秋頃に開催されたぷらそにか(彼女が参加するアコースティックセッションユニット)のライブも拝見させていただいたが、彼女自身が奏でるアコースティックギターとともに響く彼女の歌声は、YOASOBIとはまた違う魅力を感じられた。

 それでもやはり、私はYOASOBIとしての二人が好きである。「小説を音楽にする」、この行程は一見簡単に見えるが、実際には難しいことであるはずである。そして彼らはそのクオリティを上げ続けていることにも驚きだ。最近は『ハルカ』がお気に入りである。この曲は複雑に転調しているのだが、これは鈴木おさむによる原作小説『月王子』で描かれる、少女「遥」の成長譚をマグカップが回顧するという物語とリンクしている。物語を4分程度の楽曲に落とし込む能力を持つのがAyaseであり、そして複雑な物語性を歌いこなせるのがikuraなのだ。

 ここまで書けば私がYOASOBIを、特に『夜に駆ける』を推しているのが伝わったかと思う。人生でここまで1つの音楽にのめり込むような体験をしたのは初めてであった。



 話は5月ごろに舞い戻る。ここで私のもう一人の「推し」、YuNiとの出会いについて語っていく。

 といっても、私とYuNiの出会いはYOASOBIのものほどはっきりと覚えていない。先ほども書いたが、私が「歌ってみた」を聴き漁っていた頃に巡りついたのがYuNiである。どの「歌ってみた」からYuNiの世界に入ったかは記憶していないが、間違いなく私の心臓にグサリときたのが『シャルル』だと記憶している。一回だけ見せるがなりの使い方、原曲に寄せるサビの歌い方、そしてラスサビのフェイクアレンジなど、「原曲に寄せつつ自分なりの解釈を作るのがうまい」方だと認識した。しかも、これが生歌のクオリティであるというのだから恐れ多い。

 そして、私がふんわりとYuNiの魅力に気づき始めた頃に開催されたのが6月14日の『YuNi 2nd ANNIVERSARY 生放送!』である。まだ全然ハマっていない頃ではあったが、最近よく聴いてるから、という軽い気持ちでこの放送を見ることにした。

 この放送内でYuNiがTVアニメ『宇崎ちゃんは遊びたい!』のエンディングテーマ『ココロノック』を手がけること、ワンマンライブ「UNiON WAVE」を開催することが発表された。そして、その配信内で、YuNiは視聴者にこう呼びかけた。

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 この言葉を聞いた時、私は不思議と安心感を覚えた。まだファンと呼べるほど魅力に気づいていなかったはずなのに、私の直感がこう判断したのだ。「この子についていったら、きっと面白いことが起きるぞ」と。

 そこからYuNiのオリジナル曲もチェックし始めた。特に『透明声彩』は耳が擦りきれるほど聴いた。「歌声の透明感がすごい」と呼ばれる歌手は山のようにいるが、YuNiの透明感は単に透明なだけではない。クリアカラーを歌声の一音一音に散りばめたような繊細さを持っているのだ。本曲はその歌声の世界を歌詞やサウンドに散りばめられた構成をされており、もちろんそれに乗せるYuNiの歌声も『透明声彩』そのものである。

 続く8月14日の放送では、YuNiがTOY'S FACTORYからメジャーデビューすることなどが発表された。これには正直驚いた。メジャーデビューとはすなわち、YuNiがプロのアーティストたちと同列に扱われるということだ。彼女がこの世界に行くまでの間に、一体どれだけの人を魅了し、陥れてきたのだろうか。そんなことをふと考えてしまうほど、この発表により私はますます彼女の魅力に気づかされていく。

 続いて公開された『ココロノック』のMVで、私はまた胸を打たれることになる。この曲は『宇崎ちゃんは遊びたい!』の世界線において、とても重要な役割を果たしている。桜井真一に対して、隠しきれない恋心から逆にからかい続けてごまかす宇崎花という人物の物語を描いているのだ。

 一方でこの歌は、YuNiの世界線を象徴する歌でもある。「ココロのトビラ」を叩き、ドアを開けるという行為は、メジャーデビューしたYuNiが次なる世界へと足を踏み入れるということに他ならない。MVでは普段の衣装のYuNiとポニーテール姿のYuNiの二人が登場し、前の環境から次の環境へと変わっていく様子を描いている。特にドアノック音からの転調するシーンは、その様子を克明に表している。

 そして私は、YOASOBIとYuNiのある共通点に気付いた。それは、「物語の世界線に寄り添うことが上手」であることだ。YOASOBIの場合は小説の世界線であり、YuNiの場合はアニメの世界線であり、そしてYuNi自身の世界線である。物語、サウンド、歌声が1つになったのが彼・彼女らの音楽であるのだ。



 私はそこからさらにYOASOBIとYuNiの虜になっていく。『夜に駆ける YOASOBI小説集』も買った。アルバム『THE BOOK』も予約した。シングルCD『ココロノック』も買った。「YuNi 3rd VR Live eternal journey」も見た。グッズも買った。「Virtual Music Award 2020」も見た。ゆにチル(YuNiファンの名称)と繋がりたくて、Twitterも始めた。1つ1つのファン活動をするたびに、私の中ではYOASOBIとYuNiが大切な存在となっていった。

 その中で、私は彼・彼女らに、2つの期待をし始めた。

「『夜に駆ける』をYOASOBIに紅白歌合戦の舞台で歌ってほしい」

「『夜に駆ける』をYuNiにカバーしてほしい」

 どちらも無謀な願いだと最初は思われた。CDを発売していない、完全にネット上の人気だけで天下を取ったYOASOBIが紅白に登場することは難しいだろうし、実際11月2日の出場者発表時にYOASOBIの名前がなかったことに目を疑ったが仕方のないことだと考えた。また、YuNiの『夜に駆ける』はとても似合っていそうではあるが、これまでも自分が歌いたいと思った歌だけをクオリティ重視で歌い続けているYuNiが果たしてこの難曲を歌うだろうかと考えた。



 しかし、奇跡というものは起こりうるものである。

 12月23日にYOASOBIの紅白出場が決定したのだ。やはりこの登場の仕方は、ビルボードランキング年間1位を獲得したYOASOBIにふさわしいと考えた。

 そして、YuNiも同日にラジオで「29日に新作歌ってみたが出る」と告知した。なんとそれは誰でも知っている今年の曲だと言うではないか。必然的に思い浮かんだのは、やはり『夜に駆ける』である。高まる期待と不安を胸に、私は29日の19時を待った。



 予想は当たった。『夜に駆ける』の文字を見た瞬間、私はパソコンの前でリアルに倒れた。まさか。願いが叶うと思っていなかったからだ。

 そして、そのクオリティは私の予想をはるかに上回るものであった。ikura同様繊細にコントロールされた歌唱の中に、一筋に光る細かなビブラート。ラスサビの転調後の歌声は、『夜に駆ける』を初めて聞いた時と同様の感動を覚えた。

 歌声もさることながら、私はその美麗なMVにも魅了されていた。どんな人の『夜に駆ける』の「歌ってみた」でも、ここまでのクオリティで出してくる人はいなかったのではないだろうか。そして私は、あることに気づく。

「YuNiちゃん、原曲とは違う解釈をしているな。」

 ここまで作り込まれたMVを見ると、さすがにそう思わずにはいられなかった。すなわち、YuNiが『タナトスの誘惑』から『夜に駆ける』を作ったのではなく、新しい世界線から『夜に駆ける』を作ったのではないだろうか。それが私にはどう言う物語なのかはまだ分からないが、YuNiの「物語の世界線に寄り添うこと」の能力の高さを再びまざまざと見せつけられることになってしまった。全く、YuNiはこの先どこまでかけ離れた世界に行くのだろうか…

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 これを書いている時刻は12月31日時刻19時半である。3、4時間後にはYOASOBIの『夜に駆ける』が紅白で流れているだろう。YOASOBIが見せる『タナトスの誘惑』の世界にも、また大変期待している。



【2021年1月1日追記】YOASOBI紅白感想

 YOASOBIの紅白出場を生放送で視聴した。やはり、予想以上のクオリティのものを作り上げており、大変感動した。

 まずイントロでアレンジを入れてきて度肝を抜かれた。耳に残るイントロフレーズから入ったのち、そのイントロフレーズのを音程上へ持ち上げるというかっこよすぎるアレンジを見せてくれた。おそらく曲の始めをボーカルのikuraに合わせようとすると、それにバンドメンバーが合わせようとするのが難しいからなされたアレンジであろうが、THE FIRST TAKEでも見られなかった大胆なアレンジは恐らく多くの人が意表を突かれただろう。

 バンドメンバーも大変素晴らしい働きをしていた。生放送という特異な場においては、ベースの音がしっかりと響いていた気がする。Ayaseもキーボードとマニピュレーターを担当し、ノリノリで演奏していた。

 そしてikuraの生歌も完璧というほかない内容であった。いや、むしろCD音源を超えた歌声だったのではないだろうか。1番Aメロの甘いボイスに、「嫌いだ」で見せた切ないエッジボイス、そして2度の転調にもブレずに歌い続ける能力。歌唱力オバケとはこのことだ。

 そして何より、スタジオの雰囲気が最高だった。角川武蔵野ミュージアム「本棚劇場」を利用して作られた、本棚に囲まれたセットは「小説を音楽にする」というYOASOBIのコンセプトそのものであった。また、原作MVを手がけた藍にいな自ら手がけたモニターの映像も、『夜に駆ける』の世界観を強く補強させるものであった。そして何より「YOASOBI」が刻まれたサイバーパンクなネオンは完全にあの空間がYOASOBIだけのものであったことを鮮明に示していたように思う。


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