焼き鳥がニンニク醤油タレという破壊力

町と町をつなぐ田舎道を抜けると、そこは温泉街だった。

わたしの実家の隣町である現千曲市にある戸倉上山田温泉。
その一角に(施設が群集している県道側ではなく国道側にある)白鳥園という温泉施設があった。
いや、正確には今でもある。
というのは、わたしがかつて連れてもらっていた頃の白鳥園は『今となってはない』。
2015年にリニューアルされ、「湯のさと ちくま 白鳥園」という名称で現在も営業を続けている。
当時の建物の面影を知るすべはもはやなく、入口にあった超絶歪んだ謎の鏡や、昭和を象徴するピコピコ音のする遊戯場ももう見ることはできない。
何より、大衆演劇一座の興行が見れたあの大きなホールがない。
興行がない時は、爺さん婆さんたちのカラオケ大会が開催されていた、あのホールだ。
あそこで皆、風呂上りに一杯飲んだり、いびきをかいて寝たり、興行を見たり、カラオケを歌ったり、それぞれ思い思いの過ごし方をしていた。
わたしも家族で行っては、そんな過ごし方をしていたのだ。
いろいろな小さい頃の記憶がある中で、このことはよく覚えている思い出の一つだ。
なぜなら、ここで食べた『ニンニク醤油タレの焼き鳥』が抜群に美味しかったからだ。
味が思い出を繋ぎとめるというのはよくあるが、まさにそれなのだ。
ホールの横に厨房があり、そこで各自オーダーして自席で飲み食いするのだが、いろいろな食べ物があったはずなのだが、この焼き鳥以外は一切覚えていない。
この白鳥園の名物だっただけのことはある。
小さいながら、濃いめの味が最高に美味いと感じていたのだが、当時は酒のつまみとして食べればもっと旨いだろうな・・・と、大人を羨む感覚が全然無かったのは、今考えるとなんだか不思議に思う。
すりおろしにんにく、すりおろしたまねぎ、みりん、醤油、酒、そんな感じだろうか。
もしかしたら、すりおろしりんごも入っていたのかもしれない、長野だし。
ひとつ、訂正したい。
先程、『白鳥園の名物だっただけのことはある』と書いたが、間違いだ。
現在も営業している「湯のさと ちくま 白鳥園」でも、その当時の味を引き継ぎ、あの『ニンニク醤油タレの焼き鳥』を提供しているのである!
一度、コロナ前2018年、19年くらいに妻を連れて実家に帰省した際に、リニューアルされたという白鳥園に行って、これを食べたことがある。
何年ぶりだろう、あまりに懐かしく、あまりに美味しくて泣きそうなほど嬉しかった。
この時は車で来ていたため、酒のつまみとして食べることは出来なかったが、十分に大人になり酒をしこたま飲むようになった今では、この味は酒の肴としては最高の逸品だということが、痛いほどよく理解できた。
当時のわたしは、温泉に入るというよりは、これを食べるために白鳥園に行っていたといっても過言ではない。
それくらい大好きで、元気になる食べ物だったのだ。
昭和35年開業の白鳥園(当時の名称は「戸倉上山田ヘルスセンター」)。
わたしの生まれる20年も前だ。
子供のころ食べた記憶から、さらに20年ほど経ち再び味わった思い出の味。
施設のキャリア的には十分廃墟となっていてもおかしくなかった白鳥園。
リニューアルされ生まれ変わっていなかったら、当時の味を再び味わうことは出来なかったかもしれない。

もうひとつ、リニューアルされたのちも変わらぬものがある。
かつての白鳥園のロータリー辺りに置かれていた、岡本太郎(昭和34年制作)の「無籍動物」の彫刻だ。
愛されたものは、ちゃんと残るのだ。

#元気をもらったあの食事

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