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年末年始と本のあれこれ ~本の思い出&ジェフリー・フォード「最後の三角形」感想文

 2023年~2024年の年末年始、ささやかですが個人的に本についての話題や思い出が湧いたので、せっかくなのでしたためておきたいと思います。




1.ノートパソコンか単行本か

 この年末年始、私は普段暮らしている家とは別の場所で過ごすことになっていました。荷造りをしながら考えたのは、年末年始のお供に持ち帰るのをノートパソコンにするか単行本にするか。

 自分は普段、旅をするなら出来る限り荷物を少なくします。それでも最低限+αのものを持って行くこともありますが……。

 そして選ばれたのは自分としては異例な単行本、ジェフリー・フォード『最後の三角形』でした。旅のお供に単行本を持って行くのは初めて。こういうの、なんだかワクワクしますね。

持ち運ぶ本のカバーは外します。かっこいいデザイン。

 この本についての思い出は、「3」で綴りたいと思います。


2.親世代が口にした「あの人、転生しちゃいそう」

 無事に移動し、『最後の三角形』と共に年を越した私。1月1日に開催されたニューイヤー駅伝をテレビで見ていたら、選手の一団が通り過ぎた後の通りを横切る見物客の姿がちらっと画面に映りました。
 すると、一緒にテレビを見ていた親世代の人がこんな一言を。

「あの人、あんなに強引に道路を渡ったら車に轢かれて転生しちゃいそう」

 転生……?

 まさかその世代の人からそんな言葉が出るとは思わず驚きました。よくよく聞いてみると、元々読書家だったご夫婦が今ではライトノベルや漫画を嗜んでいるそうです。
 例えば、「転生先で戦の前に準備運動をするようになったら勝率が上がった話」。転生もの以外でも、「妖怪が住んでいるマンション」や、「女の子がイケメンだらけな和菓子屋さんで暮らす話」……など。

(最後の一つは、『わが家は祇園の拝み屋さん』だと思います。)

 かつては難しい推理小説や論文をたくさん読んでいた人たちが、彼らにとっては新しいジャンルであるこうした本に接して楽しんでいると聞いて、なんだか嬉しくなりました。

 私も数十年後には、その時の新しいジャンルの本を読んでいるのかな。その時、どんな本が流行っているのかな。数十年後の私が、今まで触れて来なかった新しいジャンルの本に積極的に手を伸ばせる精神性を持っていればいいな。
 そんなことを思ったお正月でした。


3.悲しい三が日を乗り越えるための『最後の三角形』

(1)悲しい三が日

 1月1日、私は新幹線に乗っていつも暮らしている街に戻りました。自宅に到着したのは16時手前。帰宅後の作業をあれこれして落ち着いた頃、まだ名前が付く前の大きな地震が起きました。
 それから何が起きたのかは、多くの方がそれぞれの立場でよくご存じでしょう。私や家族は幸い被害のない場所に居て、すぐに無事が確認できました。

 テレビをつければ、NHKのアナウンサーが必死に津波からの避難を訴えていました。普段はどのテレビ局のアナウンサーよりも冷静沈着な人が叫び続ける声、緊急地震速報の音……。命を救うための音を聞きながら緊張し、安全な場所に居たのですが一先ず非常持ち出し袋を準備していました。 

 しかし翌日には羽田空港での事故、その翌日には北九州の火災や秋葉原の刺傷事件……。とにかく心休まらない三が日。

 被害に遭われた方、ご家族やお友達が被害に遭った方々の心身の安全・平穏を祈りながらも、自分もどこか心がしんどくなっているのを感じました。
 自分と少しだけ縁がある場所が被災地になり、大好きな空港で死者が出る事故が起きたのも影響していたのかもしれません。(実は私が各所で使用しているアイコンは、羽田空港で撮影した景色なのです。)

 そこで取り出したのは、年末年始を一緒に過ごした『最後の三角形』。
 自分が居る場所の安全がわかった時点で、情報を過剰に摂取するのは私にはあまり向いていません。だから耐えきれなくなる前に、本を読むことにしました。

(2)私とジェフリー・フォード

 私がジェフリー・フォードを知ったのは2023年のこと。『最後の三角形』の刊行が決まった際、表紙が格好いいなと思ったのがきっかけでした。『最後の三角形』発売までに期間があったので、先んじていくつか作品を読んでいます。




(3)特に好きな収録作2つ

 そして満を持して読んだ『最後の三角形』。短編集ではありますが、読みごたえのある作品ばかり。どれもこれも、映画になりそうだなあと思いながら読みました。

カバー付きの姿はこんな感じ。かっこよくて好きです。

 言い古された表現をするなら「高熱が出た時に見る夢」のような物語たち。だけどそこに、「角砂糖で作ったお城がほろほろ崩れて行くような脆さ」があって、大変好きでした。
 大どんでん返し! と大騒ぎするわけではなく、これまでに積み上がって来たものが、最後のページで静かに崩れ落ちるあの感じ。驚きの事実が判明する時、結構あっさりと事が進む妙なリアルさ。

 特に好きだなと思ったお話を、2作品ご紹介しましょう。

 まずは、いわゆる因習村とも言える田舎町を描いた『ナイト・ウィスキー』
 主人公の語りだけでは何をしているのかさっぱりわからない導入から始まり、“不気味でシュールだけど深く考えなければ呑気に暮らせそうなお酒にまつわる風習”の全体像が分かります。そして待ち受けていたゾッとする展開、「夢を殺せるか?(279頁)」という問いかけ。主人公の成長譚でありながらも、全体的に不気味さ・残酷さが拭えません。
 この何とも言えない後味は、私がジェフリー・フォードの作品を好きだと思う理由の一つです。

 もう一作品好きなのは、収録作の中でも比較的短めの『ダルサリー』。「瓶の中の都市のことを耳にしたことがおありだろう(321頁)」で始まるのですが、おありじゃないぞ。
 だけど作中では、瓶の中の都市は御伽噺や魔法の産物ではありません。ジェフリー・フォード、ファンタジーでもありSFでもあるお話を書いてくれるので本当に楽しいです。(なんとなく、自分が好きなチャーリー・カウフマン脚本の『脳内ニューヨーク』を思い出しました。)
 さて、この小さな小さな街はどうやって作られてどんな結末を迎えるのか……。ぜひ、本作をお読みになってご自身の目と頭の中の景色で確かめてみて下さい。

 ジェフリー・フォードの不思議な世界に足を踏み入れることで、心が守られ静かに回復していくのを感じました。ありがとう、本。やっぱり本っていいものですね。


 私と本の年末年始はこんな塩梅でした。心穏やかとは言えない年明けでしたが、本のおかげで救われたところも多かった次第です。悲しいことばかりではないはずだと信じて、私は私なりの日常を続けて行こうと思います。
 2024年は、どんな本との出合いがあるかしら。楽しみですねえ。



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