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「分身」(本編)

「あ~、人生詰んだな」
エイジは、ベッドに寝転がり天井をみつめている。

どんなに頑張ってもこの先自分が思い描いているような未来はやってこない。今のエイジにはそう思えてならない。
目が覚めたのにベッドに寝ころんだまま、枕元にあるスマホに手を伸ばす。ネット上には、億万長者の動向や、芸能人の結婚出産のニュースが並んでいてうんざりする。ついでに3年前に別れた恋人ミハルのSNSをチェックすると、左手薬指にリングをはめた写真に『婚約しました~!』と、言葉を添えて投稿していた。思ったよりもショックだった。未練があるわけではない。口惜しさからじんわりと涙ぐむ。
「乙女かよ!」
寝返りをうち、布団を抱きかかえて、ひとしきり落ち込んだ後、二度寝した。窓から入る日差しがまぶしくなってきて、再び目が覚めたのは、11:00を過ぎたころだった。

エイジは昨年失業した。失業してすぐの頃は、次の仕事を探して頑張っていたが、コロナ渦、リモートワークからの失業で、再就職活動は苦戦した。3か月も成果が出ないと、だんだんとやる気を失い、ニート化してしまった。失業している上にコロナ渦ということもあって、これまでの人付き合いも避けていたら、あっという間に疎遠になった。
せっかく時間があるのだからと、しばらくは夜更かしし放題で、自堕落生活を満喫した。しかしそれも飽きてきたのか、楽しめなくなってきた。毎週楽しみにしていたVチューバーの動画配信視聴も、読書も、ひとりでできる趣味でさえ、今では何をやっても楽しくない。そうやって時間だけはたっぷりある生活になって既に半年になる。
そろそろ貯金もきつくなってきたので、アルバイトでも始めなければと思うのだが、なかなか重い腰があがらない。実家に帰るのも、高齢のじいちゃん、ばあちゃんがいるから、なかなか気が引ける。
「俺、こんなんで感染して倒れてても、誰も気づかねぇんじゃね?」
そんなことをふと思うと、自分がものすごく孤立している気分に襲われる。そんな状況から「あ~、人生詰んだな」なんて言葉がふと出てしまうのだ。

やっとベッドから起き上がり、遅い朝食をとる。すべてコンビニで買ったものだ。ごみを捨てようと立ち上がったついでに、足の踏み場だけでも確保しようと、しぶしぶ片づけを始める。
床の隅っこに積まれた古い雑誌や本の山が目に入った。だいぶたまっていたので、捨てようと思って昨日の夜に部屋の隅にまとめて積み重ねたのだ。
「捨てるのもめんどくせ~」
ぼやきながら、どかしたものを置くスペースを確保するために、ビニール紐を取ってきて、括ろうとしたその時、積み重なった本の上に小さな生き物が乗っかっていた。
身長10cm位のその生き物は、うさぎとカンガルーと犬をかけあわせたような見たことのない生き物だった。
(とうとう幻覚が見え始めたのか?)
目をこすり見直すと、その生き物はエイジを見上げて、右手をあげて挨拶をした。
「お前、もしかして妖精か?」(いや、妖精って確かちっちゃいおじさんの姿をしてるんじゃなかったっけか?)
よくわからないのか首をかしげている。それから、何かをみつけたらしく、エイジの腕に飛び乗り肩をつたい、テーブルに降りると、朝食の残りのマフィンを食べはじめた。小さな手でちぎり、口元に持っていき、もぐもぐもぐ。
(か、可愛い・・・)

その日からエイジはその生き物と一緒に暮らすことになった。
エイジはその生き物を妖精と思うことにして、「ヨウセイ」と呼んだり、「お前」とか「おい」とかいう言葉で対応して、名前をつけないことにした。

ヨウセイは話すことはできない。エイジは、ジェスチャーや簡単な言葉で、なんとなく意思疎通をする。犬や猫とコミュニケーションをとるのと似ているかもしれない。
ヨウセイは食いしん坊で、甘えん坊で、無邪気だ。部屋の外へ行きたがるので、リュックサックのポケットに入れて散歩をしたり、公園へ連れていき、人のいないところでちょっと遊んだりした。周りに誰もいないから、マスクを取って深呼吸する。エイジは久しぶりの感覚が気持ちよかった。沢山日光浴をして、よく眠れるようになった。

ヨウセイの世話をすることは楽しく、部屋を掃除して、ベッドサイドテーブルに小さな寝床を作ってやり、並んで一緒に寝起きした。
ヨウセイは手作りのごはんが好きで、お菓子も大好きだ。特にチーズケーキとクッキーが好きで、エイジはクッキーづくりのキットを買ってトースターで焼いて作ってやったり、炊飯器でチーズケーキを作ったりした。

ヨウセイのために毎日散歩に行くようになり、自炊もして、エイジは健康的な生活をするようになった。一緒にご飯を食べて、ゲームをしたり、動画を見たり、マンガも一緒に読んだりと、ヨウセイとの生活で、エイジは笑顔を取り戻していった。

元気を取り戻したエイジは、お菓子を作る道具を増やしたり、食材を吟味してお金をかけるようになってきた。資金をつくるべく、再び仕事を探し始めた。
ある面接で趣味を訊かれて、お菓子作りをすると話したら、そこから話が広がり、いい感じで面接を終えることができた。これを機に自身がついて、その後のいくつかの採用面接では、自然に笑顔をみせられるようになり、好感触を得られるようになった。

やがてエイジは仕事が決まった。お菓子製造メーカーの営業だ。今までやったことのない営業職に就くなんて、これまで考えもしなかったエイジ。
「ヨウセイのおかげだな」
と、採用通知をもらった日は、チーズケーキを作って2人でお祝いをした。
ヨウセイはおいしそうにチーズケーキを平らげて、おなか一杯になると、エイジの手を枕にして、うとうとし始めた。その姿にエイジは頬を緩めるのだった。

初出勤はうまくいった。同僚や上司ともうまくやっていけそうな雰囲気に安心した。ヨウセイへのお土産に、自社製品のお菓子を持って帰宅した。
「ただいま~。お土産買ってきたぞ~」
ヨウセイのために、小さなスタンドは常夜灯をつけたままにしている。そのあたりを見たが妖精はいない。
「お~い、ヨウセ~イ」
と呼びかけるが出てこない。寝床の小さなブランケットをめくってもいない。エイジは部屋の中を探しまくった。片付けの途中でヨウセイが現れた場所、積み重ねた本の束を崩して探していると、その中の一冊、見覚えのある古びた絵本が目にとまった。その表紙には、ヨウセイそっくりの絵が描かれていた。

エイジは中を開いて絵本を読んでみた。みるみる幼少の頃の記憶がよみがえる。これは親にせがんで買ってもらった絵本だった。その絵本の題名は「スヌーの森」。森に棲む小さな妖精『スヌー』が、人間の家にあがりこんでお菓子を頂戴したり、自分でチーズケーキを作ったり、コーヒーを淹れたり、森で遊んだりするお話だ。スヌーは、まるでヨウセイそのものだった。
エイジは絵本を買ってもらってから、スヌーを友達に見立ててひとり遊びをしていた。そして幼稚園に入園した日から、パタリとその遊びをやめてしまったのだ。

エイジは思った。また幼少の頃の自分のように、ヨウセイは自分が創り出した空想の友達だったのではないか、と。ヨウセイと過ごしたこの数か月のことを振り返った。
外を散歩したい、おいしいものが食べたい、誰かと一緒にご飯やお菓子を食べたりしたい、無邪気に遊んだりして楽しく過ごしたい・・・。ヨウセイがしたがったことは、俺のやりたかったことだ。ヨウセイは俺の気持ちそのものだったのだ。

ヨウセイは、俺の分身だったんだ。

エイジは、絵本「スヌーの森」を棚の上に飾った。
「捨てようとしてごめんな」
そう言って、絵本の表紙の絵をそっとなでた。

翌朝、エイジは出勤のための準備を済ませ、戸締りや火の元、電源の指さし確認をした。そして部屋を見渡した時、絵本の方をみて挨拶した。
「行ってきます!」
エイジが外へ出て、玄関のドアが閉まると、絵本の表紙のヨウセイ(=スヌーの絵)が、いってらっしゃいと言っているかのように手をあげていた。

おしまい。

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